十一章/策略者カリン

 

 

 

  




 最後の一言。それを告げた後は気まずかった。
 作戦自体は悪くないと思う。が、思いっきり皆の策のアラを叩き出し、いぶしだし。罵倒の勢いで改めさせた。
 間違っていないとは思うものの気まずいものは気まずい。
 兵の扱いを変えるだけで軍隊も今までとずいぶん勢いが違うだろう事は想像に難くない。
 それはそれ、これはこれなんだけど。
 基本的なやり方は兵法書を読んで覚えて貰う事にするから、きっと私が口出すのはこれが最後。
 プラチナ渋い顔で黙っているし。思いっきり下策だっていったもんなぁ。ああ、私ってキレるといけない。
 といっても策に文句を付ける訳でも無さそうだ。言い返したいが言い返せない複雑な気持ちなんだろう。
 軍師でも参謀でも何でもない私が口を出す事ではないからなぁ、確かに。
 いい加減この空気重い上に痛くて苦しいけど。私が重くした空気を変えるのは私自身でやるしか無いか。
「あ、そういえば鉄とかって貴重ですか?」
「あ、ああ。そうだな」
 尋ねると二杯目のお茶に口を付けるのを止めてプラチナが答える。なんとなく物憂げな表情だ。
「城の側に落ちている鉄勿体ないですね」
 慌てて更に空気をかき混ぜるように肩をすくめてみる。
「そうだな」
 ぼんやりと頷く彼女。く、空気がトン単位に感じる。怒りはないが、プラチナの双眸が空虚に映る。
 多分というか、絶対私の発言のせいだ。あの作戦自体この世界では珍しく、下策は上策として数百年伝えられた。
 それを根底から覆すどころか根こそぎ掘り起こした後ブラックホールに放り込んでしまったのだ。
 しかもそれは理にかなっている。呆然となるのも当然か。だけど司令塔のプラチナが抜け殻状態というのはまずい。
 よし、仕方がない。私は責任をとって道化になろう。
「瞬間移動でひょいっと爆弾と交換出来たら魔物にダメージ与えられるしすごいラッキーで一石二鳥ですけどねぇ」
 普段フレイさんが言いそうな台詞を言ってアハハと笑う。
 もう馬鹿すぎる発言ですが、恥ずかしいけれど。頑張って馬鹿にされよう。
「――馬鹿馬鹿しい」
 アベルが失笑する。う、狙って言ったとはいえむかつく。
 呆れを微かに滲ませ掛けたプラチナの瞳が鋭く細まった。
「いや、まて。そうだ、その手があったな」
 カップを置いて私を値踏みするように眺める。
「あ、そうだね。いいかもっ」
 手を合わせるマインの目が大きく輝く。
「へ?」
 付いていけずに間の抜けた声しか出せない。
「シャイス。すぐにアニスを呼べ」
「は、はい」
 おろおろする間にシャイスさんに指示が飛ぶ。
「アニスさんですか? 会議は」
 尋ねても、返ってくるのは含み笑い。
「会議は取り敢えず終わりだ。カリン、よく言ってくれた」
「ああいえ。ちょっと口出ししただけで」
 礼を言われて首を振る。
「それもだが、もう一つもだ」
「は?」
 もう一つ? 何だろう。
「お前は確か、魔法。苦手だな」
 正直に話せと言わんばかりの声に、うぐ、と呻き掛けた。
「は、はい」
 不承不承ながらも肯定する。プラチナだって分かっているはずなのに何を尋ねるのだろうか。
「良い事だ。期待しているぞ」
「……どこら辺が良い事なのでしょうか」
 現在そのせいで道具を作るとか目つぶしするとかで相手を翻弄するしかできないのに。
「そのうち分かる」
 に、と微かに笑うプラチナは。何処か子供のような悪戯っぽさがあった。


 食堂にアニスさんが来てそして丸一日経ち。私は動けなくなった。
「カリン様大丈夫ですか」
「死にました」
 心配するシャイスさんに息も絶え絶えに答える。現在虫の息。踏まれたら死ぬ自信があります。
 再び朝の食堂で、潰れるように倒れた私を見てプラチナが一言。
「で、どうだ。カリンは」
「凄いわ。ある意味才能ね、簡単にする方から使いやすく短いのに変えたら――百発百中失敗よ」
 嬉しくない。凄く嬉しくない。
 頬に手を当て、頷いてしきりに感心するアニスさんに泣きたくなる。
「特に結界とかの影響が激しいわね。結界のある場所の側は絶対転移しないのよ」
「それは重畳(ちょうじょう)
 綺麗な顔を嬉しそうに少しだけ弛める。笑ってる。
 なんか変な感じの微笑みだけど。企むような。
 私はあれからアニスさんに手を変え形を変え。内部拡張――つまりツボの中を広くする魔法を叩き込まされた。
 アニスさんが告げたように、私には全く向いていないらしく全部失敗。たまに成功するけれど、呪文を正式なものにしたら全滅。
 自分の駄目駄目っぷりを突きつけられていろいろと涙した。嫌がらせ? なんかの嫌がらせでしょうか。
「作戦準備は整っているな、マイン」
「完了。壁に穴開けても良かったよね」
 言ってる側面に穴空いてますよ。
 廊下に行く為だとしてもでかすぎる穴が空いてますよ!?
「そうでないと困るだろう、火薬庫も準備出来たか」
「おう、出来たらしいぞ。何する気だよ」
 なんか物騒なコトしてません。皆さん。
 これから何が始まるんですか。ホントに何する気なんですか。
「何となく理解出来るが、成功するか疑問だ」
 アベルが嘆息する。私にも教えて欲しい。
「今しかと聞いただろう。カリンは百パーセント、確実に失敗するのだと」
 本気で泣きますよ。何で嬉しそうなんですか。
「力のあるものはカリンの側にツボを置け。いいな、慎重にだぞ」
 皮鎧に身を包んだ兵隊さん達が椅子に座った私の隣に大きなツボを置く。
 えーと。これって、もしや。
 そーっと顔を上げると、にんまりとしか言いようのない感じでプラチナが口元を釣り上げた。
「さあカリン。大魔術師の腕の見せ所だ」
「もしかして、魔法。使うんですか?」
 震えそうになる声で尋ねる。足下というか目の前には人が入れそうな陶器のツボ。
 大魔術師って、嫌み以外の何者でもない。
「お前しかできない事だ。やれ」
 私の上司は、とても楽しそうにそう言ってくれた。

 ――絶対失敗するのにですか?
 
 それすら問わせないような迫力を伴って、私の肩を軽く叩いた。
「やるのだ。オトナシ・カリン」
 様々な意味で。
 ノー、等と言えるはずもなかった。
 

 

 

 

 

 

 

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