封印せしモノ-7





 男は少女の行動を呆然と眺めていたが、はっと顔を上げ、唾を飛ばしながら叫ぶ。
「そんなことするか! 大体コイツに用があるのは」
「お、おい」
 横合いにいた仲間が、脅えたように声を掛ける。それを無視し、口を開く。
「別にかまわないだろう。コイツは薄汚い――」
 そこで、男の言葉がとぎれた。 
 かち、と金属音が耳をつく。
(かち?)
「し、失礼ね! レムの何処が薄汚いって……」
疑問が掠めたが、悪口を放置しておく訳にもいかない。肩を怒らせ男を睨み、そこで止まる。
何故か男が口に筒をくわえていた。アレは、何だろう。
 大きく開けたせいで顎が疲れたのか。歯が筒を噛み、がち、と硬い音を立てる。
 そこで、思考が動き始めた。
 彼はくわえているのでは無い。
 くわえさせられているのだ。
 何を? 何をくわえさせられている。
 顔を向ける。
 いつもの無表情のまま、レムが腕を伸ばし、男の正面に佇んでいる。
 その先には、先ほど見た黒い塊。それを額にでも突きつけるように、男の口に突っ込んでいた。
 拳銃……アレは、拳銃か。
 どうにも上手く思考が回らず、現実なのか夢なのか判断が付かない。
(拳銃。くわえる。口に……突きつけて)
 吟味するようにゆっくりと頭の中で言葉を繰り返し、ようやく風景と言葉が合致する。
(銃を。口、に)
 確認するようにその光景をもう一度、視界に入れる。
 あの時、あまりの早さに分からなかったが、男が喋ろうとした言葉をふさぐように銃身の先端が詰め込まれたのだろう。勿論、指先は引き金に掛かったまま。
 レムは表情をぴくりとも動かさず、ゆったりとした仕草で軽く腕を捻る。
 こちらには聞こえないが、恐らく男の耳には金属と歯が擦れる嫌な音が響いたはずだ。
 静かに、静かに口を開く。
「一つ教えてあげる。君たちを助けてあげたのはただの気まぐれ」
 息が詰まるほどの重みを含んだ沈黙。少し離れたところで見ているだけでも、胃が針金で絞られるような嫌な感覚を覚えた。
「たまたま彼女がそばにいたから、引き金を引いた。それだけ」
 僅かに瞳を細め、いいね? と幼子に言い聞かせるようゆっくりと告げる。
 水のような静けさと冷たさを帯びた台詞。
「う、う」
 男が声を出そうと口を動かした、言葉は苦しげな呻きに変わり唾液が銃の側面を伝い落ちる。
 レムの表情は変わらない。
「そして、忠告を一つ。それ以上その舌で余計な言葉を紡ぐつもりなら」
 ――殺すよ。
 言葉を途切らせて、冷え冷えとした眼差しを送る。
 だが、言わずともその台詞はその場にいた全員に伝わった。
 自分の言葉が浸透したか確認するように少年は辺りをゆっくりと見回し、
「周りの魔物みたいになりたくなかったら、ここで見たことを忘れて、帰りなよ。
 そうでなくても、結界が破れて魔物が入り込みやすくなってるんだから」
 片手に持った拳銃など無いような仕草で、空いた手を使い倒れた木を指さし告げる。
 隙が出来た、と思ったのか。数人の男達の瞳が細まる。
「後、虚言だと勘違いしている人も居るみたいだから言うけど、君達全員の頭を暴れられる前に打ち抜く自信あるから」
 前後の台詞と紛れてしまいそうなほど、普通に続けられた違和感のない制止代わりの言葉。恐らく比喩ではないのだろう。自然な口ぶりで告げられた言葉は、少年の言った事が真実だと分かる程確かな現実味を帯びていた。
 いつでも使えるように調整しているのか。男の口の中からかちり、とまた金属音が響く。
「試して、みる?」
 銃を引き抜こうとした腕を引き留めるように、口に鉛を詰め込まれた男は慌ててレムの袖口を小さく引く。辺りの男達も蒼白になって千切れんばかりに激しく首を横に振った。
「レム、あの」
 物騒な雰囲気に耐えかね、軽く背伸びをしてちょいちょいと少年の肩をつつく。
「ちゃんと忘れる事。いい?」
 静かに念を押す。がくがくと周りの男達が頷いた。
「レム。おーい」
「ん、何」
 耳元で呼ばれ、五月蠅げに腕を引いて視線を少女へ向ける。
「ひ、ひいぃぃぃっ」
 押されたように尻餅をつき、男はおぼつかない足取りで駆けだした。
 呆然と見つめていた他の者達も、我先にと出口へ向かい逃げ出し始める。
 それを暫く見送った後、
「あ。……いや、虐められるとかは無かったかなーって。
 あたしの気のせいかもしれないけど、今の脅しだったんじゃ」
 少女はレムを上目遣いで眺めた。
 特に後を追う気はないのか、同じように消えゆく後ろ姿を確認して、
「脅しだけど」
 懐から取り出した布で銃を丁寧に拭い、仕舞う。
 あっさりとした少年の言葉を聞きとがめ、
「何サラッと答えてるのよ」 
腰に手を当て睨み付けた。
「戦闘も出来ない人を長居させていても足手まとい。それにこの樹の事他の人に知られるとまずいんでしょ」
 貫くような紫の視線をサラリとかわし、逆に問いつめるように言葉を紡ぐ。
「うー。うん」
 少女は顔を僅かにしかめ、詰まったような声で頷いた。
 彼の言う通り色々な都合上、あまり大々的な噂になられても困る。
「レム、さっき怖かったわよ」
「そう? 別に怒っては居ないよ」
 そう言っていつもの無表情のまま、少女を見た。
 こめかみに指先を押し当て、
「いや、わめき散らされるよりそのままの表情で声のトーンすら落とさずあんな事言われる方が怖いと思う」 
 眉根を寄せる。
「そう」
「そうなの」
力一杯そう言いきり、首を縦に振る。
 レムは興味なさそうにそれを眺めた後、
「余計な事で時間使ったけど、これからどうするの」
倒れた木を見る。クルトは言いにくそうに僅かに顔をしかめ、
「悪いんだけど、レムって何か結界の修正の仕方とか引き継ぎ方とか知らないかしら」
 自分の頬を撫でるように触れ、少年を見る。
 レムは小さく頷いて、
「知ってる……けど、限定してもらわないと困るかな」
 少しだけ考え込むように口元に手を当てた。
「へ。どして」
 煮え切らない返答に、首を傾け尋ねる。
「結界といっても色々あるし、僕の知っているものは」
 そこでレムの言葉が僅かに途切れた。不吉な単語が滑り出てくるような、嫌な予感。
「もしかして、題名とか言わないと、無理?」
 苦みの混じった言葉を吐き出す。
「そうだね。属性ごとに分けられた結界。ある特定の魔物を寄せ付けない結界。
 人を隔離するための結界。強度は高くても持続力の続かない簡易結界。
 とか、ね。知ってるだけでも軽く二十は超えてるよ」 
  相手はあっさり肯定した後、指を折り曲げ言ってきた。思い当たるだけでこれだけの量があるのだ、結界だけでどのぐらいあるのか、想像するだけで目眩がする。
「せめて系統や効果の種類を教えてもらわないと」
 当然の台詞だ。確かにアテもなく探すには数が多すぎる。それに、掛けられる時間もあまりない。
「あう。駄目か……やっぱり地道にやれという事なのかしら」
 深々と疲れた吐息を漏らし、肩を落とす。残る選択肢は後一つ。
 現実逃避を図りかねない思考を叱咤するために、指先を軽く噛む。
「うう。凄く気が進まないけど、あの人に頼むしかないわね」
 思いのほか強く噛み付いてしまったのか、指先が小さく悲鳴を上げた。
 綻びた結界を長時間放置しておく訳にもいかない。出来る限り早急な対策を打たねばならないだろう。手段はあまり選んでは居られなかった。
たとえ頼む相手が普通では無くても。
 クルトの漏らした一言に、ぴく、と少年の片耳が立ち上がる。
「あの人、ってもしかして」
「レムは先生だから知ってるかも知れないわね。カミラ先輩」
 少年の反応にクルトは『ああ』とひとしきり納得して、
「呪術師なんだけど、知識の深さじゃ学園随一と影で言われてるの。
まあ、あの先輩に頼むと色々と問題とかあったり無かったりするんだけど、選り好みしてられる状況じゃ無いし」
そこまで言って頼んだ後に発生する『問題』を想像したのだろう。大きく息をつく。
少年も特に否定はしない。一度顔合わせをした事があったが、少女の言うとおり色々と問題のある性格のようだった。
 手伝う代わりに生け贄をやれ、等の要求を突きつけてきたとしても不思議ではない。 
 気を取り直すように頭を振り、
「さて、呼びに戻りましょ」
 気の進まなさそうな顔で少年を振り返る。
「…………」
 レムを見ると、何処か思案げに口元に指先を当てていた。
「イヤだっていっても無駄よ。歩くしかないんだから……どしたの」
 嫌がっているにしては妙なそぶりだ。訝しげに尋ねると、
「君の実家ってこの近くだったよね」
 良く分からない事を聞いてくる。
「うん、抜けてすぐの所だけど」
 取り敢えず頷いておく。家はこの森を抜けたすぐ側だ。
「試したい事があるから、寄ってくれない? もしかしたらその方が早いかも知れないし」
「良く分かんないけど、まあ良いわよ。寄っても困る事無いから」
 少しだけ唸った後、了承し、
「あ」
 突如引きつった顔ではた。と停止して、さび付いたゼンマイのような動きでレムを見る。
「どうしたの」
 向けられた疑問の視線に、
「……でもお母さんに用事言いつけられたらどうしよう」
 クルトは何処か追いつめられたような瞳で小さな言葉を返した。
「そ。その時は、その時考えるよ」
何故か、無視するという選択は、二人の唇からは出て来なかった。

 




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