封印せしモノ-24






 二人差し向かいに膝をつき、中央に置かれた本を見本にガリガリと土を枝で抉る。
 と言っても魔力供給はクルトがするため、少女がするのは主に魔力の余り必要ない部分だけ。
(なんか、さっきから、身体が、ちょっと)
 妙に動かしにくい腕を動かし、スレイは淡々と文字を描き続ける。
 先ほどから文字を刻むたびに身体の動きが鈍くなっていく。鉄の固まりのように感じ始めた枝を固く握り、顔をしかめながらも書くことは諦めない。
 何かに気が付いたようにクルトが顔を上げた。
「スレイ。言い忘れてたけど、結構疲れるらしいよ」
 うっかりしていた、とばかりにスレイを見ると、
「それ、はやく、いえ。からだ、おも……」
 枝を持っていない方の腕で身体を支えるようにうずくまり、油汗を流して起きあがろうと藻掻いている。今力を抜くと描いている文字に肩が触れるため、倒れることは堪えているようだった。少年の形相と、文字を見比べつつ持った枝の背で軽く頬を掻き、
「……あや。まあ、ガッツで乗り切って!」
 無責任な応援を送って自分の分の最後の仕上げにはいる。
 スレイは震える腕で無理矢理身体を起きあがらせ、
「む、無茶苦茶、な」
 肩で息をしながら続きの文字を気合いと一緒に描く。
 少女は立ち上がると服に付いた埃を落とし、
「んじゃ、あたしも始めるわよ」 
 つま先を軽く地に打ち付け靴のずれを直すと、ほぼ完成した陣の中に足を踏み入れる。
 スレイが枝を地から放す。陣の中、周り、樹の幹。全て均一に文字が刻まれている。
「良し。魔術文字は終わった。陣の最後の線を結べば多分お前の魔力がこの樹に行く」
「そうね」
 疲弊の混じった少年の声に、少女が静かに首を縦に振る。
「下手するとやばいとおもう。やんのか?」
 僅かに心配そうな、伺うような少年の表情に、
「覚悟の上よ。ここまでやって後には引けないわ。そういうスレイこそ実は文字書くだけで死にそーなんじゃないの?」
 意地の悪い笑みを浮かべて腕を組む。少女に対抗するように、少年も額から流れる汗を拭い口元を歪めて笑みを浮かべる。
「いったな」
「いったわよ」
 二人でしばし視線をかわした後、軽く掌を打ち合わせ、小さく笑い合った。 
「…………じゃ、用意はいいな」
 枝を握り直し、確認するように少女の顔を見る。口元を引きしめクルトは元気よく頷いた。
「いつでもどうぞ。こっちはいつでも準備万端よ!」
 言葉を合図に最後の線が引かれた。


 地面に押し付けられた身体を両腕で持ち上げ、立ち上がった。
「ぐ……ぅ」
 何かの拍子に力が緩み、がく、と体が傾ぐ。
 魔力を搾り取るとは知っていたが、ここまで重圧(プレッシャー)が来るとは思わなかった。
 上から圧力が来ているはずなのに、身体が浮くような違和感に襲われる。
「…………っ」
(これ、結構キツイかも)
胃液が逆流しそうなほどの不快感に小さな悲鳴が漏れた。
「あ、おい!?」
 初めに少女が叩きつけられたために呆然としていたスレイが、悲鳴に我に返ったか慌てたように陣の文字を消そうとする。術の規模で陣の消し方が変わる。普通に消したとしてもこの規模の魔術だとタダでは消せないだろう。それは彼も知っているはずだ。
 だが、それくらいの覚悟で消すつもりだと踏み、少女は吹き上がる魔力に負けないように声を張り上げた。
「駄目! あたしは平気だから。
 スレイが止めたら今あたしから抜けた魔力が無駄になっちゃう」
 言う間にも身体から力が抜け、内側からめくれ上がっていく錯覚を覚える。
「あ、うん。無茶すんなよ? やばかったら勝手に止めるからな」
「分かった。続けて」
霞む視界を無視して無理矢理笑みを浮かべ、少女は精一杯力強く返事を返した。
 吸い上げられる力が強まる。ぐらぐら揺れる意識を保ち、
「あたしの力でいいならあげる! その代わり結界になって。
 あたしはこの位、平気だもん。平気だから……」
 魔力を吸い続ける樹に向かい、喉が裂けんばかりの声量で言葉を吐き出した。
「馬鹿クルトお前、そんな魔力抜かれたら死ぬだ――」
「死なない」
 叫ぶスレイに目をやり、少女は不敵に微笑むと、自分から魔力を注入し始めた。
「この馬……くそ。消すからな。止められたって消してや――」
 少女を中心に力が風となって身体をなぶる。陣を消される前に搾り取ろうとするがごとく、魔力の吸収される勢いが強まった。 
「死なないもの。きっと、ね」
口の中で呟いて、クルトは静かに瞳を閉じた。





戻る  記録  TOP  進む


 

 

inserted by FC2 system