封印せしモノ-25





  (まく)が掛かった視界に映る景色が揺れていた。地震や大波が来るとこんな風になるのだろうか、と少女は鈍く動く頭を動かし考えた。
「おーきーろーぉーーーー」
 鼓膜を震わせる声量に、意識が急激に覚醒する。薄く瞳を開くと辺りの景色が揺れていた。
 いや、揺れている等と生やさしいモノではない。時折左右に揺らされ、激しく振られる。
 文字通りシェイクされていた。
 何処にこんな力が残っていたのかと思うほど少年は力一杯少女の襟首を掴み、揺する。
 ようやく覚めた意識と共に脳みそまで攪拌(かくはん)されそうになりながら少女はバタバタと藻掻く。その事に気が付き、スレイは動きを止め、手の力を緩めた。
 掴まれていた服が指の隙間から滑り落ち、
「あぶわ!?」 
受け身を取る間も体勢を立て直す暇もなく、勢いよく地面に顔面から落下した。
「し、死んだかと思っただろーーーーーーー!? む、無茶苦茶するなよお前ッ」
 顔を押さえ、呻く少女に向かって、スレイは悲鳴混じりの言葉を漏らす。
 少女は痛む顔を押さえ、一言文句を言おうと立ち上がり、
「な、なにも泣かなくても良いじゃないの」 
  相手の顔を見て言葉を濁した。叫ぶ彼の目尻にうっすらと涙が溜まっていた。
「泣いてねぇっ。泣くか!! ちょっとした汗が出たんだよ」
 牙のような八重歯を剥き出し、拳の背で拭うが、じわりとまた滲み出す。
 少女は、本当に汗ならかなりの汗っかきだ。と心の中で呟き、
「目、しみない?」
「しみるからちょっと涙目になってるんだよ!!」
 恐る恐る尋ねられ、少年は拭うことを諦めたのか汗を瞳にためたままやけくそ気味な言葉を吐く。クルトは珍しく弱ったように眉を寄せ、
「スレイ。言ってること無茶苦茶」
「無茶苦茶はお前だ馬鹿クルト! 心配かけやがってこのバカ」
「ば、ばかばか言わないでよ。ちょっと無茶したけどその代わり、ほら」
 バカを連呼されたことに少々ムッとしつつも、無茶をしたのは事実なので強くは言い返せずに首をすくめ横にある樹を指さした。
「あ」
 景色に飲まれたようにスレイの動きと口が止まる。
 それは魔力に目覚めて日が浅い少年でも、肉眼で確認できる位の薄い光を纏って佇んでいた。強風が吹けば倒れそうなほどか細かった幹が今はしっかりと地に根を張っている。
 初めて見たときより二回りほど大きい。少女は僅かに広くなった幹に手を当て、
「少しおっきくなった。それに……綺麗」
 瞳を閉じる。日なたのようだった暖かさが、魔力を込めた今では冷たさと暖かさの入り交じった不思議な感触がした。落ち着けるのだが、何処か落ち着けない気配。
 幹や葉に宿った魔力が樹と混ざり合っているのだろう。うっすらと色が瞬く。
 夜空の星々を見ているような奇妙な感覚。
 少女だけではなくスレイも。周りの生き物も感じているのだろう。先ほどまで騒いでいた獣や鳥たちが静まっている。
「ん、そう、だな。お前の魔力入ったんだな」
 クルトは落ちる葉を見つめ、 
「よし、これで良いわ。ぜーったい忘れちゃ駄目よ、スレイ」
 真っ直ぐに伸びた樹を仰ぐと少年を振り返った。
「忘れようにも忘れられねぇよこんなもん」
 後ろ手で頭を支え、呆れたようにそう言って半眼になる。内に含まれた言葉に気が付き、少女はばつが悪そうに軽く肩をすくめた後、
「約束、しよ」 
 小さな言葉を吐き出した。 
「なにをだよ」
 漆黒の瞳をキョトンと瞬き、首を傾ける。その様子を横目で眺めながら人差し指を立て。
「ここのことは二人だけの秘密。みんなには内緒」
 自分の口元に立てた指先を当てる。
「そら、そうだな。こっぴどくしかられるよなコレ」
 輝き続ける樹を眺めてスレイは大きく息を吐き出した。
 奥にあるとはいえ子供の足で往復一日足らずの距離。この樹が見つかればオオゴトになるだろう。が、のんき者揃いの村の事だ。証拠を綺麗に隠滅し、実害がないと分かればこの樹の事はみんなすぐに忘れてしまう可能性が高い。証拠が無くなって、口さえ割らなければ誰も二人を追及できないだろう。
 こっぴどいオシオキ内容を想像したのか少女は苦しげに眉を寄せ、
「う。それはともかく、えっと、それからこの樹が一大事になったとき守る事」
 誤魔化すように額の汗を拭って声を張り上げる。
「おう」
 頷くスレイを確認し、輝き続ける幹を目を細めて眺めながら静かに唇を開く。
「で、最後に。この樹が万一機能してて、魔物よけになってて。それで壊されたときは――」 
 いったん言葉を切り、スレイに向き直って右手を伸ばす。
「何が何でも直すか別の結界を創り出す。約束!」
「ああ。そう言うの無いのが一番、だけどさ」
 結界を完成させる直前にかわしたモノと、同じ笑みをたたえ、力強く右手を叩き合わせた。少女はにっと笑い、
「ん。そうだけど。二人だけの約束。やくそく、ね」 
 音が立つ程勢いよく叩き返し、その勢いのまま身体が傾く。
「おう。って、おい大丈夫かお前」
 スレイは頷きながら、慌てて倒れそうになる少女の腕を掴む。焦点の合わなくなりかけた目を必死に戻し、
「あは、はははは。あー……ちょっとふらふらするぅ。少ししんどいかも」
 ぱたぱたと片手を振って小さくから笑い。スレイは少女を支えながら、腰に手を当て、
「あんだけ吸わせりゃ当然だろ。ばか。自分からも目一杯注ぎ込みやがって大バカ」
 ぺて、と少女の頬をはたく。力は入っていないので間の抜けた音がした。
「寝れば治ると思うからへーきへーき……だいじょお……」
 大丈夫、と言いかけた身体が大きく(かし)いだ。
「うぉわアブねッ。何処が大丈夫だよ!?」
 地面に落ちる前に両腕で支え、引き上げる。少女は肩に力を込め、顔を僅かに浮かせ、
「ぶ、じゃない……かも」 
 情けなさそうにそれだけ言うと、もたげた頭を沈め、少年に身を預ける。
 先ほどまでなんとか立っていたようだが、無理がたたったか一気に反動が来たらしい。
 身体が上手く動かないらしく、少女の身体からぐったりと力が抜けており当分起きあがれそうにもない。
「……お前な」
「スレイ」
 少しだけ怒ったように告げようとした言葉が少女のか細い声に阻まれる。
「なんだよ」
 機嫌が良いとは言えない少年の声に、クルトは紫の瞳を閉じないように薄く開き、
「絶対絶対、忘れちゃ……駄目、なんだから……ね。やくそく、よ」
「ああ」
 絞り出すような台詞。怒る気も失せたのか、スレイは小さく頷いて少女に目をやった。
 笑っていた。身体は限界に近いはずだが、達成感が滲んだ気持ちの良さそうな笑み。
 見ている少年も、思わず口元をほころばせる。
「ふたりだけの、やくそくだから、ね」
 耳に響く掠れた言葉。意識が薄くなったのか、少女の身体が重くなる。
 抱きかかえた少女のツインテールの片方を軽く引っ張り、
「わかってるよ。ばぁか」
瞳を閉じて寝息を立て始めた少女に視線を向け少年は苦笑ぎみに笑うと、空に向かって小さく口を動かした。




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