封印せしモノ-18






「あぁ、そうだ。レム。お母さんが箒弁償しろって」
 スレイやマルクの兄弟喧嘩を見慣れてしまったせいか、それともこの手の争いは放っておくに限ると判断したのか。クルトは収まりがしばらくつきそうにない不毛な姉妹喧嘩を放っておき、少年に視線を向ける。
 レムはしばし黙した後、ゆったりと腕を上げる。
「箒ってこれ?」
 ぱしん。森から飛び出た箒が小さな音を立てて彼の手に収まった。
「それ」
 箒を目で指しながら軽く頷く。後ろの方で悲鳴が上がったが、無視。
 冷たいようだが、彼女たちは腐っても姉妹。
 今まで生き延びてこられたのだから、何とか窮地を脱するに違いない。
 というか関わりたくない。
「じゃあこれを」
 差し出す少年の掌の中で、箒は家庭用品に逆戻りしたくないらしく、必死で掴まれた柄を反らす。見ようによっては瀕死の魚がのたうっているようにも見える。
 その姿を何処か遠い目で眺めながら、少女はぽつりと漏らした。
「ウネウネ動く箒は使いにくいから、レムが買って、持参してこい、ってさ」
「…………」
 一言で全てを察したか、レムの動きが止まった。重苦しい空気が漂う。
「……頑張って」
「分かった。今度時間を取るよ」
 少女が沈痛な面持ちで肩に手を置くと、レムは呻きまじりに頷いた。
「理解が早くて助かるわ」
 同情を交え少年を見る。
「じゃあ、これはどうしようか」
 後々の事を考えてだろう。少し疲れたように溜息を吐き出すと、レムは持て余し気味に箒を眺め、思案する。
 ふと、その視線が呪術師の少女に向いた。
 不思議そうに、だろう。カミラは首を傾け、
「なぁに?」
 妹を言葉でジワジワと追いつめるのを止めてレムを見返した。
「そうだ。マクグ……じゃなくて、カミラさん。
 これよければもらってくれると助かるんだけど」
 ピシアと混合するのを恐れてか、カミラの名前を呼ぶと、人に物を渡す態度とは思えないほど、投げやりにそう言って差し出す。
「あら、動く箒」
 カミラは渡された箒の柄を白い指先で掴み、瞳を細める。身をくねらせる箒は端で見ていて気持ちの良い物ではないが、呪術師の少女は別の感想を持ったらしい。大事そうに掴まえたまま何処か嬉し気に木製の側面を撫でた。
「お。レムがプレゼント。もしやカミラ先――」
「違う。ちょっとこの箒クセが強すぎて扱いづらいから、呪術師の彼女なら、と思っただけだよ。
 ここまで自我が強いと保管にも困るしね」
 口元に拳を当て、からかうように笑うクルトを軽く睨み付ける。
「本当。意志の強い箒」
 カミラは受け取った品をまじまじと見つめ、
「ありがとう。嬉しい。大切に飼う事にするわ」
 愛おしそうに箒を抱きしめる。
 よほど嬉しいのか、礼儀を欠いたレムの台詞にも全く怒った様子を見せない。
「別に、手に余っていたから。
 そんなに気にしてもらわ……飼う?」
 所在なさ気にそう言ってから、耳に入った妙な台詞に言葉を途中で止める。
「えーっと」 
 レム達から少し引いた場所に佇み、クルトは何を思ったか自分の耳に指先を突っ込んで、軽く捻った。何度かそれを繰り返し、指を引き抜いて軽くはたく。
 数度深呼吸した後、耳を澄ます。
 耳鳴り無し。雑音無し。音もクリア。
 良し、と言う顔でカミラを見る。掃除した耳の穴に、『飼う』と反芻する声が刺さった。
「飼うって先輩」
 気のせいにするのは無理だと悟ってクルトが絶望的な声を漏らす。
「飼うの。布で拭いてお手入れして。それから幾つかの魔力を与えて」
「……真面目に飼う気ですか先輩」 
 クルトの問いに呪術師の少女は何度も首を縦に振る。今まで控えめに首を振っていた事を考えると、大マジなのだろう。
少女は自分の紫水晶の髪を指に巻き付け、口を開こうと唇を動かし掛けて止める。
 視界の隅で譲渡された箒がうねり始めた。
 カミラはちらりと指先を見つめ、微かに口元を笑みの形に歪める。
「初めは、しつけが肝心」
 含んだ笑みにクルトがぞっと肩を抱く間もなく。呪術師の少女は無造作に腕を動かす。
 バシンッ! 上から叩きつけられるようにうねる箒が地に落ちた。
「先輩! 元は家庭用の箒になんて事を!?」
 箒に脅えていた事さえ忘れ、叫ぶクルト。かなり無造作な投げ方だったが、掛かった力は相当ありそうだ。
 柄の側面が地面に潜り込み、土が箒の全面に掛かっていて悲惨と言うほか無い。
「ふふふふふ。この位で壊れる箒は居ないわ」
「クルト、忘れてない? 魔力のこもった箒は鉄も上回りかねない固さになるって」
「あ、そう言えばそうね」
「……元気、ね」
再びうねうねと動き始めた箒を見て、カミラが頬に手を当てる。
(根性ね。気合いね。凄い! 先輩に刃向かうなんてあたしは真似出来ないっ)
 跳ね起きた箒にクルトは心の中で小さな賞賛を向けた。
「そんな!? ね、姉さんが一発で箒を静められないなんて。
 大体の箒はさっきのだけで大人しくなるのに」
「なるのかアレで」
 おののくピシアの言葉にスレイがぼそっと突っ込みを入れる。
「いや、幾ら箒だとはいえ意思があるなら、普通いきなり地面に叩きつけられたら怖いだろう」
 チェリオは言いながら、マントに付いた枯れ葉を指でそっとつまみ、取り外す。
「……カミラ先輩って過激なんだね」
感心したようなルフィの台詞。少しだけ驚いたような顔をしていたが、すぐに小さく微笑んでその場を取り繕う。
『…………』
 口々に呟く言葉を聞きながら、レムとクルトは小さく呻き目配せをする。
 既にレムからあれ以上の恐怖を味わっている箒にとっては、あのくらいの恐怖はどうもない。そのことに気が付いて。
「騒がないの。まだ手はあるから」
 箒を手放し、両掌を掲げる。
 チャンスを掴んだ箒が嬉々として飛び上がろうとした。瞬間。
 箒の動きが止まった。
「さあ。私の、言う事を聞くの……そうすれば……苦しく、ないわ」
 柔らかな仕草で指を動かす。だが、その動作とは裏腹に箒は震え、力強く束縛される。
 抵抗を続ける事に業を煮やしたか、カミラは先ほどよりも大きく腕を動かす。
 みし。そんな音が箒から聞こえた気がした。





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