ダイス-2





 せわしなく紫の瞳を動かし、口の中で何度か言葉を呟き。
「ここが、酒場なのね。意外と清潔感漂って湿り気のない場所ね」
 どことなく納得のいかなさそうな表情でクルトは半眼になった。
「どういう想像をしていたんだお前は」
 引き連れて来たチェリオは不満げな少女に小さく溜息をつく。
「えっ、どういうって……
全体的に暗くて湿っぽくて座ったら軋みあげそうなくらい古い椅子と机で。
 これ見よがしに怪しい人間が隅の方でお金や人様の命の取り引きをやってたり、とか?」
 人差し指を立て、真剣な口調で拳を握った。イメージの固定が偏りすぎている。
「嫌な方面で具体的だな。治安の悪い場所や闇取引があるような場所なら存在するだろうが、普通の酒場にそれを期待するな」
「そうか。残念」
 肩を落とすクルト。本気で残念がっているらしくしおれている。
「残念がるな。酒場は飲む場所だからな。暴力沙汰もあるにはあるが、そう大したもんでもない」
 暴力沙汰。殴り合い程度でこの少女がどうにかなる訳もない、言葉にするのは止めて飲み込む。
 暴漢の前に自分が吹き飛ばされてはたまらない。
「そっかぁ。まあ、いいや。あんまり物騒な場所だと噂を聞くどころじゃないものね。怪しい人間はチラホラ居ることはいるし」
 ちら、と視線を走らせる。鎧を纏った剣士、フードを被った怪しい人物が酔っぱらいに混じってそこかしこにいる。 
「それを言えば大通りでもそうだろう」
 通ってきた道を思い出す。筋肉隆々の大剣を持った明らかな豪傑に「やっほー」と片手を振り話しかけていた少女の笑顔が浮かぶ。
 知り合いだったのか、自慢げに胸を張り「どうよあの道具屋、お値段お手頃でしょっ」「ありがとなクルトちゃん」等と和やかな会話をして通ってきたが何かが間違っていた気もした。
 今度護衛頼むときは格安お願いねーとクルトは言っていたが、多分彼が居なくても魔物の数匹なぎ倒せるだろう。怖いので口には出さない。
「……まあ魔術師とか恥ずかしがり屋だから。特に呪術師は顔見せる人間少ないし」
「なんと言っても、人を呪うシゴトだからな」
「聞くなら村の外の人間が最適よね。あ、ちょっとそこの人達ー。ちょっと世間話とかどうっ? 聞かせてくれるなら面白い話が良いな〜。
 今なら目の保養になるくらいの笑顔サービスするから、ねっ!」
「……やっぱり俺の手は要らないだろお前」
「まあまあ。お酒飲みが側にいるだけでも場が和やかになるんでしょ。酒のセキって奴は」
「おじさん達外から来たんでしょ。うわさ話とかに興味あるなぁ」
「おう、嬢ちゃん。一人で――護衛付きか。まあいい、そうだな。もらえんのは笑顔だけか」
「そうね。話の中身によっては、お酌もしちゃうかも! どう、このサービスっぷり!」
「こういう場面ではカネとかで取り引きするんじゃないのか」
「ヤダおじさん俗物的すぎ! そう言うのは専門家がやるのよ。しろーとさんが勝手にやったら夏でも冷たい水に永劫浸かっちゃうのよ。気をつけなくちゃ」
(よく知ってるな)
「そ、そうなのか」
「第一こんな可憐な女の子から小銭を巻き上げる気なんて、酷い! この世は血も涙も情けもないのね」
「い、いや。ジョウダンだよジョウダン!」
「ホントかなぁ。じゃ、うわさ話とか聞いちゃおうっかな」
(あの母にして、この娘有り)
 既に相手を手玉に取り始めた少女を見つめ、チェリオは心の中で嘆息し。
 この調子だとやはり自分は必要ないだろう事と、クルトが腕の良い詐欺師に今すぐにでもなれそうであることを確信した。
「おお!? どうしたこの子は。お前の隠し子か!?」
「違う! 人聞きが悪い。うわさ話が聞きたいだとか」
「そうなの。聞きたいなぁ」
 少しだけ上目遣いになって小首を傾げる。考え方や中身はともかく、クルトの外見は一般的に言って整っている方でもある。美人か可愛いかと問われれば後者だが。
 紫の瞳を潤ませて、更に両手を合わせて「ね、お願い」オーラを放つ。中年男性達が呻くのが視界の端で確認できた。
 正体を知らなければかなり手強い攻撃だ。特に娘が居る父親なら一発で陥落されそうでもある。
「外のこと、すごぉく聞きたいな。駄目?」
 更にダメ押し。「くっ」と苦悶の声。
 ついでにトドメとばかりにじっと澄んだ紫水晶の瞳で見つめ続ける。魔物でさえ足を止める強力な視線は、人間相手にも違う意味で有効だった。
「わ、わかった! わかったからそんな頭を撫でたくなるような目で見るな!?」
「う、うちの娘もこんなふうに可愛ければ」
(いや、多分あんたの娘の方が可愛いだろう。中身は)
 取り敢えず声には出さず突っ込んでおく。この猫かぶりを駆使すれば老若男女関わらず商売で少女は生活に一生困らないであろう。
 クルトが自分の外見を気にしていなければ頻度は上がっていたに違いない。
「ホント!? やったー。で、で、最近の面白いお勧めどころは!?」
「食べ物屋でも聞く気か」
「違うの。面白い……えーと、外の。うーん、町の外の話を聞きたいのよ」
「面白いのかは分からねぇが。変わった魔物が最近モーシュの近場に現れているらしいぞ。
 それを見にわざわざ此処まで出向く奴も多いとか」
「おいおい。オレらが言えた義理じゃないだろ」
「えっ、おじさん達魔物を見に来たの!? この辺りにそんな魔物居るんだ」
「どんな魔物なんだ?」
「よせよせ、興味本位で近づくなって。あぶねぇって評判なんだぞ。嬢ちゃんが幾ら護衛付きでもなぁ」
「うー。そんなこと言って、おじさん達だって興味本位なんでしょ。良いじゃない、滅多に村の外に出られない可哀想な女の子に話すくらい。
 さっきの口ぶりだと地元の人じゃ無さそうだし。教えてくれたら、美味しい店教えるわよ?」
「そうきたか、やるねぇ」
「でっしょう。さ、白状白状。美味しいご飯も面白い話も熱いうちが美味しい、ってね」
「言うは良いが、まあ良くはしらねえんだが。なんかこのへんにクギラーとかなんとかがいるってクリラーだったか?」
「いや、クルギャーだろ。ん? クドゥウガだったか」
「偉く怪物らしい響きね。そんなの聞いたこと無いんだけど」
 小首を傾げるクルトの隣でチェリオは黙した。何か嫌な予感がする。この先を聞きたくないような。
「クルゴーとか何とかで――紫色の珍しい奴だとか」
 そしてその予感は当たっていた。
「くるごーで紫?」
「そうそう。見た目は人間らしいんだけど凶暴で暴れたら辺りが壊滅するって聞いたな。クルグゥだったか?」
 大分近づいて居るぞ、とは言わずに青年は目を逸らした。隣を見るのが怖い。
「それってもしかして、クルトとか言わない?」
「おーそれそれ! 知ってるじゃないか。後ろはランドゥールだったな。まるで人間みたいな名前だって評判だぞ」
 どういう覚え方をすればクルトがクルギャーになるのかを問いつめたかったが、チェリオは唇を噛んで耐えた。今突っ込めば少女の矛先がこちらに向きかねない。
「そう。クルト・ランドゥールは魔物って評判なのね」
 しかも見物人が来るくらいは知れ渡っているらしい。
「でもおじさん。それガセだと思うわよ。そんな魔物この辺には居ないもの」
 微笑んで告げる。その名を持つ人間はいるが。
「なにぃっ。折角クルスシティから来たってのに」
「そんな遠くから来たの……」 
 魔物うんぬんよりも、クルスシティまでクルト魔物説が伝わっていることに脱力する。
「おうとも、オレ達の街の側で暴れてたりとるサイレンスを打ち負かしたすげえ化けもんらしいからな」
 思わずクルトとチェリオは顔を見合わせた。
「りとる」
 久々に聞いた単語を少女は口の中で呟き。
「サイレンス」
 聞きたくなかったような顔をして青年が苦々しげに吐き捨てる。
 彼らが言うように確かにその魔物を倒したとはいえなくもない状況を作った覚えはある。
 しかし実際倒したと告げたのはチェリオであって少女ではなかったはずだ。
 そう考えてからクルトは更に思考を巡らせた。いや待て。こうなるべき、噂される要因はあったはずだ。そうでないなら此処まで知れ渡るはずもない。
 クルト自身確かに名乗った。だが、職種の希少性を考えるに強調されるべきは魔剣士であるこのチェリオの方ではないのか。
 …………そして思い出した。
 ことあるごとに魔剣士と自分の名前をフルネームで連呼する討伐を頼んだ雇い主を睨み、もうフルネームで言うなと釘を刺したのはチェリオ自身でなかったか。
 そして律儀にチェリオの名前や通り名は伏せられ、話の流れでもしかしたら少女の名前くらいは出たかも知れない。
 つまり、その口止めが原因で名前が回り回って髪の色の違いもあり、魔物扱いされたと。
「原因は、あんたかーーーー!」
 思わず青年の胸ぐらを掴み上げる。チェリオも想像がついたのか頬に汗が一筋流れた。


 




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