ダイス-1






 その日は青年にとって厄日と言って良かった。ちょこまかちょこまかと視界の隅で揺れる紫の髪を見ないようにする。
「良いじゃない。ねえねえ、連れて行ってよ〜」
 休日に子供がねだる調子のそれで小柄な少女が潤んだ瞳で見上げてくる。
「嫌だ。一人で行け」
 時折ぶら下がられて鬱陶しい。
「か弱い女の子の乙女なあたしが一人でなんて行きにくいわよ襲われるわよ」
「好きなだけ襲われろ。そして倍吹き飛ばせ」
 一見無害に見える少女の本性を知っている為、青年は容赦ない。
「チェリオ。そう言わずに、酒場連れて行ってー」
 今にも喉を鳴らしそうな動きですり寄り、甘えてくる。
「酒場に何しに行くんだ」
 見た目は可愛らしい懇願にげんなりとチェリオは溜息をついた。
 失礼な話だが、少女――クルトが女の子特有の仕草をする姿を見るだけでとてつもない疲労感が襲う。
「情報聞くの。ああいうところとかいい話転がってるんでしょ。いっぺん行ってみたいのよ」 
 両手を合わせてきらきら煌めく紫水晶の瞳。
「酒場は『酒』を飲むものだ。一人で飲め」
「飲むと身体に悪いから飲まないわよ。ああいう所はチェリオが慣れてるんでしょ。上手になんか楽しそうなお話聞き出してよ」
 つれない返答にも少女はめげない。
「お前の方が多分上手いんじゃないのか。市で良く値切るだろ」
「市場と酒場はべつもんでしょうが。良いからとっとと連れて行くの!!」
 ぷうと頬を膨らませて、腰に手を当て牙を剥く。どうにも頼むという感じには見えない。
 そしてしつこい。
「……もしかして場所知らないのか」
 少女がやたら絡むときには何か理由がある。幾つか該当する項目を探し、ポツリと呟いた。
「だから連れて行けって言ってるんでしょ」
 分かれ。と言わんばかりの顔をして両腕を組む。
「それならそうといえ」
「察して貰いたいのが乙女心なのよ」
 遠い眼差し等をしてふっと息をついた。これだから男って奴は、とでも言いたそうな顔で。
「言え。分からん」
 キッパリ押しのけると目線で抗議する少女。
「場所は何かに描いてやる」
「チェリオ。あんた甘いわね」
「何がだ」
「この、クルト・ランドゥール様がなんでルフィと何時も遺跡に行ってると思うのよ!!」
 異様な迫力を伴わせ、自分の胸を示す。
「楽しいからだろ」
「それもあるけど! 地図の読めないことに関してあたしの右にも左にも出れる奴は居ないと断言するわ。
 なにせ、全ての教師生徒共々あたしの飲み込みの悪さにさじを投げた生粋の地図音痴よ!!」
「威張るな」
「大体そう言う場所は他の奴に連れて行って貰え。お前に甘いだろ」
「ルフィがそんな荒んだ場所知ってる訳ないでしょ。むしろ止める」
「裏に通じてそうなレムにでも頼んだらどうだ」
「馬鹿言わないでよ。仮にも教師のレムに頼める訳無いじゃない」
「……俺も一応教師の一人、だが」
「ただの護衛と剣術顧問でしょう。レムは雇われ住み込み教師だから立場悪くさせるのは駄目なの!」
「俺は良いのか」
「で、お願いします」
 にこっと微笑んだ少女に青年は溜息と顎をしゃくることで答える。
「やたっ。さっかばにっ行っくぞー♪」 
 ぱっと顔を輝かせ飛び跳ねる姿を見て、今日は大厄日だと再確認した。





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