「どうした嬢ちゃん。護衛を揺さぶって」
「い、や。何でもないわ。はっ、ははは……なんでもないのよなんでも」
此処で『あんたのせいであたしが魔物になってるじゃない!?』と叫ぶのは簡単だ。
だが同時に同席しているおじさん達の和やかな空気が恐怖に変わることは想像に難くない。
魔物でないと分かっても、一度染みついたイメージはなかなか抜け落ちないモノだ。
とんだとばっちりだとすぐにチェリオの首根っこ掴まえて上下左右にシェイクしたい衝動に駆られたが鋼の精神でこらえる。
八つ当たりや不平不満をぶつけるのは後でも出来る。現在の平穏をわざわざ潰すことも無いだろう。
「そう難しい顔するなって。他にも色々あるぞ」
「そうだそうだ。こう見えてもオレ達はいろんな場所に行く方だからな」
「うわ、そうなんだ。あたし海とか見たこと無いの。聞きたい聞きたい!!」
二人に言われ、きらきらと期待に瞳を輝かせる。
「じゃあ海の向こうの話でもするか、そうだなぁ。近場だとボルドはどうだ、色々あったぞ」
「ボルド!? ボルドって西の大、大、大、魔導都市の!」
「おっ、よく知ってるな。まあ、有名だからなぁ」
「やっぱり竜が歩き回ってるの? そんでもってみんな空中浮遊してたりすんの!?」
「いやいやいや。幾ら何でもそんなことはなかったぞ。ちっとばかり変わった品と魔物の卵が揃ってるのと。街並みが豪勢なくらいだ」
とてつもない期待のこもった質問におじさんがたじろぎつつ、返答する。
「なんだ。そうなんだ。絶対普通に召還した魔物連れ回していると思ったのに」
「名前に過剰な期待はしないほうが良い」
「うー」
項垂れる少女を励ますように二人は各地の珍しい建物や酒等を話していく。
アルコールには興味がないため聞き流すクルトと違い、興が乗ったらしいチェリオが二、三質問すると何故か場が盛り上がった。
酒の席では酒の話もやはり重要らしい。
お酒の銘柄は分からないクルトは奢って貰ったオレンジジュースをちびちびと啜る。
ぼんやりと辺りを眺めると視界に黒い人影が掠めた。何処にでもいる人目をはばかる魔術師の姿。
背丈は少女と同じくらい、スッポリと漆黒のローブに包まれて性別は分からない。服からはみ出た長い朱色の髪が目についた。
(折角目立たない格好なのに、髪出てるから妙に目立つわね)
ローブの人物の意図がよく分からず、心の中で半眼になる。目立ちたくなければ髪ごと服に仕舞えばいい。
視線を彷徨わせているうちにひと区切りついた話に再び耳を傾ける為に、木製のカップを置く。
後ろで幾つかの足音、不意にざわりと空気が揺れた。反射的に振り返る。
先程の黒ローブに幾人か男がまとわりついている。理由は多分、悪目立ちのせいだ。
クルトも髪の色は目立っているが、堂々と顔は表に出して普通に振る舞っている。ローブや何やらで下手に隠そうとすると逆に目立つのである。
赤い髪は特に珍しくはないが、若いであろう黒ローブの魔導師は珍しい。
そして黒ローブを羽織った人間の中には魔導師でないモノもいる。か弱いお年寄りとか、女性とか。力のない青年等。
要するに、さっきの黒ローブは魔導師ではないと思われたようだった。
(まー、魔導師じゃないだろうけど)
置いたカップを取り。ずず、とぬるいジュースを飲み干す。
手ぶらで杖もない、小型の魔導書も携帯している様子も見えない。ついでに魔力感知する側から言わせれば側に漂う魔力も吹き散らせる程度。
見ればと言うか、側に寄らなくても魔導師でないことは一目瞭然。ネタばらしして不幸になるのはローブの人なので黙していたが、意味はなかったらしい。
「――!」
何か男達が因縁をつけている。交互にというか好き勝手に喚いているので話の中身は聞こえない。
次はローブを引っ張り始めた。
良いだろうとかなんとか言いつつ人様の服をはぎ取ろうとしている様子を見る限り、男達の気分も神経も酒で高揚しつつあるのは分かった。
「公開ストリップか?」
「その手には乗らないわよ。突っ込まないわよ。そんな訳あるかとか言わないわよ」
青年の茶々を聞きながらテーブルに飲み干したカップを置く。かつ、空になった木製のカップが軽い音を立てた。
「言っ――」
言ってるだろ、と喉元まで出かけた突っ込みはテーブルが倒れる音で飲み下した。
元は黒いローブであった布が宙を舞い黒ずみ掛けた床に落ちていく。やはり目を奪われたのは朱。
長い、足下まであろうかという艶やかな紅色の髪。そして酒場にそぐわない白い肌とそれを飾るレース。
細い足首を隠す波打つ黒いドレス。まるで人形のような、綺麗な少女だった。
場の空気をかき乱す存在感。どよめきが辺りを震わす。
「女の子!?」
流石に予想はしていなかったので思わずクルトも声を上げる。
いつでも混乱の後には静けさが落ちる。
「ガキかよ!?」
「でも上玉だぜ。将来的には……」
「そうだな、なあお嬢ちゃんオレ達とちょっと良いところ行かないか」
猫なで声で誘惑らしきモノを始める酔っぱらいの変質者。待てそこの男共! 叫ぼうとして止まる。
震えているかと思った少女は紅い髪を緩くなびかせ、小さく呟いた。
「良いわ。このダイスでわたしに勝てれば、好きなようにすればいい」
何時の間に取り出したのか、見た目は普通のサイコロを取り出して弄ぶ。側面に色の付いた数字が散らばっている。
否定の声は上がらない。ただのダイスの勝負だと思ったからか。それとも、動じない彼女を魔導師だと思い始めたからか。
「さあ勝負の時間。素敵なパーティの始まりね」
温度を感じさせない声音で、紅色の少女が小さく不敵に笑った。
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