決着をつけるのは早いほうが良い。昔クルトが長い長い物語を眺めていた時の台詞だ。
元々少女は有言実行で不言実行でもある。やると決めたらやる。本気で決めた少女を止めることは幼馴染みのルフィにでさえ出来ないことだ。
「神の、雷!」
周囲から集めた微かな電流を束ね上げ、幹の上にいる標的に向けて鞭のように叩きつける。
本来は上空から降り注ぐ雷が獲物を激しい電流で貫くのだが、いつものように彼女は自分の術に手を加えたらしい。
微かな物音と、数枚の葉が舞い落ちる。
「掛かった。よし、今こそ登るわよルフィ」
少女は獲物を捉えた漁師のような嬉々とした瞳で空を仰ぎ、ぐっと拳を握る。
「の、登るのは良いけど生きてる? 殺しちゃってないよね」
「大丈夫。心臓弱くない限り生きてるわよ。しばらく元気ないだろうけど」
「心臓弱くない限りって」
どれ程の力をかけたのかと訪ねかけ、怖くなったので唇をつぐんだ。
「よっこら、せいっと。ほら、ルフィー凶悪鳥は大人しいから早く来るっ」
「あ、うん」
逡巡する間に登ったらしく、上から元気な声が降ってくる。慌てて少年は頷き大きな幹に手をかけた。
薄い空の色。冷たくなった風が全身をなぶる。
静寂に困惑を交えた静かな声が響いた。
「ね、ねえ。生きてるの」
佇んだまま微動だにしなかったルフィは、ようやく気が戻ったのかぎこちなく振り返ってくる。
もう日暮れだ。
「え、っと。多分」
少し視線を斜めに落とし、クルトは答えた。
「本当に?」
念を押すかのような言葉に背筋に汗が滲む。
ニンゲン程の大きさの鳥は、沈黙を保っている。先程から全く動く様子がない。
じっとりとした疑惑の視線をふりほどくのが難しいほどに動かない。少女もそろそろなんかダメかなと思う程に微動だにしない。
ルフィの視線が痛い。
「大丈夫、憎まれっ子世にはばかる。きっとこの鳥もタフよ。だから心配してはダメよ、だからその」
黙したままじっと空色の瞳にみつめられ、何となく居心地の悪さを感じながら『何よ』と呻く。
「……自信ないんだ」
目蓋が少し下がると同時、ぽつ、と落とされた台詞に少女の口元が引きつる。
「うっ」
「クルトが早口になるときは大抵困ったときだもんね」
幼馴染みの少年はしみじみと語った。口元の代わりに今度は肩が跳ねる。
「ううっ」
プレッシャーから逃れるべく、
「い、生きてる。生きてるわよ一発軽く小突けば目さますから!」
出来るだけ口を挟ませないスピードでまくし立て、動かぬ鳥に手を当てる。
小さく微笑むルフィの目が「やっぱり早口になった」と楽しそうに告げているのを感じ、頬が熱くなる。
何だか悔しいのも、頬が赤くなってることも、何か動かなくて心配してしまっているのは、このトリが全ての元凶だ。
そうだそうに違いない。口に出せば盛大に突っ込まれる言い訳を頭の中で呟き軽く腕で巨大鳥の頭部を薙ごうとし。
反射的に後退った。
眼前の空気が割れるのを感じる。後ろの方でルフィが息を飲む音が聞こえた。
クビワネドリとかいう鳥は、しくじったとばかりに悔しそうに今しがた空気を切り裂いたクチバシを開いた。
「この、死んだふりっ。狸寝入り!? ちょっと心配したあたしの心労は、やっぱ殺すのは出来ないけど絞めて鳴かす!」
拳を握り奥歯を噛み締める少女と巨大鳥は視線を交錯させ――かくん、と首が落ちた。
一瞬虚を突かれ、少女は後退る。が、先程の攻撃を思い出し再び体勢を整えた。
「な、なによ。もう今更死んだふり何てしても」
動かない。
「気にしてあげないわよ、馬鹿ドリ!」
反応無し。
「だ、だから、その……心配とかもしてないから。今更気絶の振りはおこがましいと」
ぴくりともしない。
「ねえ、クルト。さっきの攻撃で精一杯だったんじゃ無いかな」
「やっぱりそう思う?」
小さく頷くルフィ。そっと近寄ってつついてみると僅かに身体が震え、視線が向けられているのが分かる。
指摘されたとおりなのか、動く気配はない。
「覚悟決めて損したわ。じゃあさっさと金貨探して戻りましょ。あたしとルフィはともかく他の生徒の夜歩きは危ないわ」
「うん。夜中の魔物って後ろから来るから怖いんだよね。えっと、こっちはないみたい」
比較的最近作られたのか、力なく垂れ下がる葉っぱの付いた枝部分を触り、ルフィが首を振る。
「オオカミも、ね。こっちも違うわ。無駄にだだっ広いわねここは。折れたフォークは見つかったけど」
「うんと。玩具の指輪と折れた剣の柄に、からっぽの空き瓶――」
本当に光り物に目がないのか、でるわでるわ、さしずめがらくたの宝物庫だ。
「釣り針、あー可愛い指輪。高そうなペンダント。何処でかっぱらったのよこの鳥は」
たまに高そうな物はあるにはあったが、かなりの面積がある巣の隅々を捜索していくのは骨が折れた。
度重なる空振りに精神疲労は増し、やる気が萎え始めて凝り固まった肩でもほぐそうかと思った頃だった。
『グアァゥァァゥゥゥッ』
その叫びが聞こえたのは。鼓膜に突き刺さった音に弾かれたように振り向く。
甲高く、時折低く響く音。
悲鳴だ。絶望の嘆きだ。胸の奥を抉るような悲痛なうめき声だった。
「…………早く終わらせなくちゃ」
倒れたまま悲鳴を上げ続ける鳥を一瞥し、入念にモノのありかを探る。
不法侵入の上に住民を撃破、物資を漁る。鳥の悲鳴で気が付いたことは、自分たちの存在が強盗と同じ事だと言うことだ。
「そりゃ怒るわよね。ごめん。ちょっと待って、金貨貰うだけで他は荒らさないから」
小さく心の中で溜息を吐いて金貨を探す。ちりちりと痛むのは多分、良心。
「五月蠅いとか怒らないんだ」
「そこまで外道じゃないわよ。ほら、さっさと手を動かす!」
「あ、うん。はあ、こっちも違う」
「零れてんじゃないでしょうね」
自分で呟いておきながらぞっとしない。巣の下に特にそれらしきモノもなかったが、この広さだ。
運悪く零れて、更に運悪かったりしようものならどこぞの枝先に引っかかっていてもおかしくない。
「怖いこと言わないでよ〜」
同じ事を考えたのか、ルフィの声に泣きが入っている。
「だって草の根も枝も枝先もここまで調べて何もないなんてそうでも、あ――」
巣の隙間に入れた指先にかつ、と固い感触。親指で掴んで確認する。
指輪、でもペンダントでも無い。
「それっぽいの発見」
滑らせた感触は滑らかで、丸みを帯びていた。
「……また瓶の蓋だったりして」
「止めてよ。もう丸いのはコインで充分なんだから」
幼馴染みの呟きにげんなりとなる。瓶の蓋から記念硬貨、果てはタダの貝殻に何処かで拾われたらしきスプーンの先端部分。二十回以上はぬか喜びを続けた身にはその台詞が痛すぎる。
「いくわよ」
このまま悶々としていても、嫌な予感しか沸いてこないので目で合図を送り、一気に引きずり出した。
「あ」
「ど、どう!?」
勢いよく引きずりあげた為、少女自身の真上まで手を振り上げてしまい肝心のモノが見えなくなる。
手を下ろせばいいことに気が付かず、ルフィに問いかけた。
「あった! それっ、それだよ」
「嘘ッ!? あっ本当、趣味の悪い校長の顔つきコインみっけ!」
振り上げた腕を降ろし、まじまじと表面を見つめる。金の輝きに変わらぬ笑みを浮かべ花を愛でる校長の姿。
今までの疲れと苦労も手伝って、思わず本音が飛び出る。
「趣味の悪いって」
「良いと思う?」
非難混じりのルフィの台詞に、半眼で問いかける。
「…………えっと。黙秘」
意外に地獄耳な校長を恐れたか、優等生である幼馴染みは無難かつ、安全な返答を届けてくれた。
控えめな答えに僅かに悪戯心が頭をもたげたが、空から注ぐ光が薄くなっていることに気が付き、諦める。
「よっし、これにて任務完了! この巣から早く出て帰る、じゃなくて元の場所に戻らなくちゃ」
「うん」
密かな企みが潰えたことにも気付かずに、ルフィはにこ、と頷いた。
まだ動けない鳥へ向かいしゃがみ込み、ポケットへ無造作に手を突っ込んで何かを取り出す。
「金貨は返せないけど、これあげるから勘弁して。持ち合わせこれ位しかないのよ」
そっと鳥の足下にそれを置いて、数歩下がった。
「あれ、クルトそれ」
夕闇に輝く真珠のような丸い輝き。
「うん、ビー玉。光り物はこの位しか持ってないし。髪飾りもあげられないから」
照れたように小さく笑って肩をすくめてみせる。
「いいの? 結構高いのに」
基本的に庶民に近い金銭感覚を持っているとはいえ、ルフィも商人の息子。濁りの多いガラスと透明度の高いガラスの価格の違いくらいはカンタンに分かる。
ただでさえガラスの純度を高めるのは難しく、運ぶ間に割れてしまう為なかなか手に入りにくい品。ぽん、と鳥に渡すには少々太っ腹すぎる。
「いいのよ、魔道書買うより安いもの。このまま金貨だけかっぱらうのも後味悪いし、それにあたしにはもう、必要ないと思うから」
少女は金貨さえ手に入ればそれで良いとばかりに片手を軽く振って登って来た方へと戻っていく。
「透明度、高いのに」
後ろ髪を引かれる幼馴染みにキッと紫の視線を向け、
「いいの! ルフィ行こっ。みんな待ってるわよ。あたし達が帰らないとみんな夜中までさまよい歩くハメになるんだからね」
「あ、う、うんっ」
少しだけ渋々と首を縦に振り。ルフィはクルトの置きみやげを見つめて地面へ向かった。
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