バトルバトルばとる!-9





 登り切ってしまった険しいのぼり道は急な坂に代わり、隔てていた木々はただのカーテンになる。
 一気に山を駆け下りて、少しだけ高い広場に付くと、まばらな生徒とレムやチェリオに校長が手持ちぶさたに空を見つめていた。
「おかえり」
 微かに息を漏らし、レムが小さく呟く。
「ただいまーっ」
 ブンブン片手を振ってもう片手の平を掲げると、辺りがざわめいた。
 煌めく金の光に延々と続くお宝探しの終了を告げられて、喜びの声が沸き立つ。悲しむ声はごく少量。
「おや。やっぱりクルト君達が取ったんですね。もう少しダークホースとかが欲しかったんですけど」
 ふ、と目蓋を落とし。元凶はそうのたまった。何か波瀾万丈危機一髪な状況が欲しかったらしい。
 教育者としてそれはどうなのかと今更問うのも馬鹿らしいので口を閉ざし、別の言葉を紡ぐ。
「そんなことより、賞品」
 ずい、と手を広げて突きつける。
「ええっと。あげますけどそう急がなくても」
 少女の手から金貨を受け取り、確認してから頷いて。曖昧な笑みを浮かべ、手を広げる。
 今度は感動の再会とやらもしたかったらしい。
「いいから、頂戴。せめてレムが欲しがってるあの本から先に渡しなさい」
 食料も、装備も渡さずにどの口がそう抜かせるかと視線に力を込めると、校長が視線を逸らし、
「ああ、甘いモノが欲しいんですね」
 負け惜しみ気味にそう言った。
「チケットは食べられませんッ」
 ぶち切れそうになる血管を何とかなだめ、更に腕を突き出す。
「気にしない気にしない。どうせタダなんですからもう少し嬉しそうに」
 人様の気も知らずに微笑み続ける校長。にこにこ、にこにこ、にこにこ。と笑顔を向ける。
 同じ微笑みなのにルフィとは違い何故か苛立ちしか感じない。この差は一体何なのか。
「多少の出費でたからタダじゃないのよこっちは」
 軽く掌底を打ち込んで、無駄口を控えさせる。
「ん? 何か言いました。はい、レム君へのプレゼント。梱包とかします?」
 加減したとしても痛くはないはずなのに、相も変わらぬ笑顔と口調で別方向から少女へ攻撃してきた。
「ぷれ……違うわよ! リボンも何にも持ってない癖に生徒からかうなっ!」
 死角を突かれたのと同じくらいの衝撃にクルトは体を揺らし、噛みそうになる言葉を正常へ戻す。赤面してしまったので無駄な努力になったが。
 別にチケットが欲しいだけで他意はない。他意はないのにこの手の話題に持って行かれると対処法が分からない。
「ええ? 本くらい包む品は持ってますけど?」
 悪気の無さそうな微笑みで、からかいをたっぷり含んだ台詞。
 しばし少女は沈黙し、何かと葛藤するように身体を小刻みに震わせた後。
「………………お願い、シマス」
 悔しそうに一言呻いた。校長が顔を背ける。
「プレゼントじゃない、って断言――」
 肩が震えているのは目の錯覚ではないだろう。笑われている。思いっきり笑われている。
 断言したようなかんじだけどだからそうじゃないのよ! 羞恥心や怒りやなにやらで少女の頭の中がごっちゃになる。
「したけど渡すのはそれなりに心遣いというモノが。良いから早くしてよッ。あと終わったらあっちとこっちの本も頂戴ね。
 防寒具も食料も渡さずに山に登らせたりして。まだ彷徨ってる生徒も呼び戻すの!」
 自分が支離滅裂な事を言ってるのかどうかも分からない。ほぼヤケクソだ。
「いや、まさか山越えになるなんて思わなくて。ていうよりもクルト君もノリノリで」
 それにとどめを刺そうとする悪魔もいる。
「良いから早く頂戴」
 半泣きの気分でバシバシと、今度は校長の胸を叩く。ほぼだだっ子の仕草。
 紫の瞳が羞恥で少し潤んでいる事に流石の校長も突っ込む気にはなれなかった。
 泣きそうなポカポカ攻撃を軽く受け入れながら、色の指定を受け、包み始める。
「器用ね」
 半刻も立たず、少女が大人しくしなり、感嘆の声を漏らす。
 結ばれた深い蒼のリボンが大輪の花のように飾られていく。
 手慣れた花屋の店員でも一刻くらいは要する複雑な手順。それを瞬きする程の間でやってのけているのだこの校長は。
「いやぁ、そうですか? よく女性の方に贈り物をあげるので慣れ」
「言わなくていい」
 深く聞くと後悔しかしない話を途中で遮り、一気に豪華さと艶やかさの増した包みを受け取る。
 そのまま玄関に飾っても良いかもなぁ、と思いつつ、約束なので丁重に掲げて目的の相手に渡した。
「レムー。はいどうぞ、これで良いのよね」
「梱包、しなくても良かったのに」
 僅かに困惑したような声。折角気を利かしたのにこの反応。
「何言ってるのよ! 人生にはサプライズも必要なのよ!?」
 拳を固め、力説する。レムの耳が軽く垂れ、同じく瞳が少しだけ、どことなく呆れたように細められる。
「サプライズも何も、僕の側で思いっきり叫んでたから驚けないんだけど」
 沈黙。
 サプライズというものは相手を驚かすのが醍醐味であって横合いでサプライズの相談を大声でしたあげくに渡すものではないと、少女は告げられた数瞬後に気が付いた。
 不覚! これを不覚と言わずなんと言おう。いたたまれない気持ちで視線をずらす。
「…………う。良いわよ驚かないでも。良いから開けて開けて」
 こうなればもうサプライズはどうでも良い。問題は心と中身だ。
「いいけど。校長泣きそうな顔でこちらを見ないで下さい」
「瞬、殺、ですか」
 手の込んだ包装が数秒で解かれることに耐えられないのか、校長が恨みがましそうにこちらを見つめている。
「気にしないで良いのっ」
 猫を追い払うように手を軽く払い、頬を膨らませる。今更だが、レムは疑い深い。よく言うと慎重だ。
 現物を見ないと納得もして貰えないだろう。
「それで良かったのよね」
 スルリと解かれる青いリボン。なんとなくドキドキしながら見つめる。
 ゆっくり引き出される色鮮やかな包装と正反対の、古ぼけた本。
 つ、と指先で感触を確かめるように表紙を撫で。背表紙を確認。そして中身を軽く流し読み――
「うん、これ。これで、いいよ」
 ようやくレムが頷いた。だが、どことなく表情が重い。固い、と言うよりも重苦しい。
「……なら良かったけど」
 他の人の目にどう見えるかは分からないが、少女の目には余り嬉しく無さそうに見える。
 問おうとした疑問は、目の前にかざされたモノによって吹っ飛んだ。
「等価交換」
 無造作に渡されたのは、誰もが欲しがるお宝チケット。正確に言えば甘い物好きなら誰もが喉から手が出る程欲しいレアチケット。
「チケット! チケット〜」
 少女は無邪気に喜び、束ねられた紙の束に頬を寄せ、うっとりと目を細める。
「……あ。さっきタダじゃないって言ってたけど、鳥と交渉でもしてきたの?」
 ふと。レムが疑問を漏らす。
「幾ら鳥と言っても、人様の住み家にズカズカ押し入ってモノを盗ってさようならじゃなんかアレでしょ。
 だからなけなしの頭を使って、代わりの光り物置いてきたの」
 鼻歌を歌いそうなくらい上機嫌のクルトは大事にチケットをしまい軽く答えた。
「代わり?」
「タダのビー玉だけどね」
「ただって、ガラス高いのに」
 まだ呟いているルフィ。
「いいのいいの。このチケットと魔道書考えれば安い出費なんだから」
 くるんとターンでもしそうな軽快な足取り。先程校長にからかわれたことはもう帳消しにされたらしい。
「そうと決まれば校長、魔道書も頂戴。くれたら生徒探すのも手伝ってあげるわよ。あんまり遅くなるとリン先生が怖いわよ」
 さしもの校長も『リン先生』という天敵の名が出され、びく、と肩が跳ねる。「そ、そそそそそうですねぇ」と笑顔が引きつっていたりする。
「で、なんでリボンの色が青な訳。男だから?」
 手袋のはめられた指先で青いリボンを絡め、レムが呟く。
「レムの瞳に似てる色ってその色しかなかったんだもの。ま、レムの瞳色なんて良い色そうそう見つからないだろうけど」
 軟派の常套句でも使われないような恥ずかしい台詞に一瞬辺りが硬直した。レムの手も止まる。
「…………クルト、校長に似てきてない」
 二拍程間を置いて、呻かれた言葉に、
「おぞましいこと言わないでよ」
 自覚症状のないクルトが自分の肩を抱いた。後ろから「そんな酷いクルト君」とも聞こえたが全員聞かなかったことにしてまだ徘徊し続けて居るであろう生徒達を探し始めた。




 魔力の使いすぎで動けなくなったか。木上から降りられなくなった生徒を三名程救出し、一息ついているところに声が掛かった。
「おい、ルフィ」
「ん。なあに、チェリオ」
 答えながら木の幹に寄りかかる。山を越え次は森の捜索。少しだけげんなりする。
 何故か気絶した熊を片手で持っていた青年はゴミでも捨てるように側に放り、ルフィの横に腰掛ける。積もった落ち葉で大きな地響きはなかった。
「その、ビー玉……鳥にやるとき何か俺に言っていたりしなかったか」
「ううん。別に。どうかしたの?」
 もう熊をどこから持ってきたのか追及する気力もない。捌く気が無さそうなので生徒を捜しに熊の巣にでも乗り込んだという所だろうか。
「随分前、少し。からかったんだが、違うか」
 青年が何かそわそわしていると思ったら、やはり理由があったらしい。「またそういう事したんだ」と目で告げる。
 少し目線がそらされた。幼馴染みの言葉を思い返す。幾ら記憶を探っても、特別青年へ対しての台詞はなかった。
「あ、ただ「もう必要ない」って言ってた」
「もう、必要ない? ……ねえ、そのビー玉。綺麗だった?」
 いきなり気配無く問いただされて身体が跳ねる。声の正体に気が付いて「あ、レム先生」と小さく安堵する。
 涼やかな瞳で見つめられる。毎度の事ながらチェリオとは別の意味で心臓に悪い。
「うん。透明度も高くて三個くらいあったよ」
「彼女、何処に入れてた」
 変な質問に首を傾けて思い返す。確か――
「えっ。スカートのポケットだけ、ど。あ、れ。ポケット?」
 ポケット? 言って自問自答。
「あんなに派手に動いて木に登ったり呪文唱えて無傷」
 レムの台詞にはっとする。何で今まで不思議に思わなかったんだろう。ビー玉を気にしていたけれどそれは値段のせいだとばかり思っていた。
 違う。そんな簡単な答えじゃない。簡単ではないけど単純な答え。
 何で、傷が付かない? どうして割れていない?
 理由は、一つ。
「随分斬新な修行方法だな」
 そう。そう、考えれば「もう必要ない」という台詞も説明が付く。
 どれだけ吹っ飛ばされても衝撃が来ないように緩和させ、どんな魔術を使っても身体を揺れないように安定させる。
 一つだけでも難しいのに三つのビー玉を割らずにあの巣までたどり着いた。木からも落ちたし、魔術だって放ったのに。
「……クルト」
 ルフィは自分の胸元を軽く押さえた。変な感じがする。
 寂しいような、悲しいような。自分だけ置いて行かれるような、孤独感。
 さっきまでは隣に一緒にいたのに。ずっと遠くに感じる。
 薄闇を見つめ、ぽつり、とレムが呟く。
「彼女。何、急いでるんだろうね」
 それがあまりに気持ちの核心を突いていて。気の利いた台詞は浮かばなかった。
 ちいさな、何気ない言葉がルフィから紡がれる。
「何でかな。でも、良い感じはしないよ。いつか」
 クルトが遠くに消えそうで。
 言いかけた言葉をルフィは飲み込んだ。
 本音を喉の奥に押し込む。これ以上言い続けたら少女に問いただしてしまいそうな気がする。
 そしたら、何を言われるのか。望まない答えを聞くのが怖い。
「ルーフィっ。こっちも居るわよ。ほらレムもチェリオも手伝って!」
 遠くで幼馴染みの少女がいつものように笑って手を振っている。
「思い過ごし、なのかな」
 微かに唇を動かして、少女の待つ場所へとかけていった。


《バトルバトルばとる!/おわり》




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