バトルバトルばとる!-7






 興味があったのか、のぞき込むように鳥は身体を下へ向けてきた。艶やかな黒い羽に印象的な首の翡翠色。
「で、出たわね諸悪の根源!!」
『キーゥ』
 少女の悲鳴に不思議そうに頭を半回転させる。空気を含んでいそうな羽の割りに首元がすらりとして、掴めば折れそうだ。
「あ。クビワネドリ」
 瞳をくりくりと動かす鳥をじっと見つめていたルフィが小さく呟く。
「何、知り合い!?」
「知り合いじゃなくて、図鑑に載ってたから」
 疲れと混乱のせいか妙なことを口走るクルトに首を振ってみせ、答える。
「魔物図鑑に乗ってたの? よし、弱点は何」
「えっ、魔物、図鑑?」
 嬉しげに拳を形作る少女の問いに口ごもる。
「魔物図鑑になら載ってたでしょ。弱点は」
 困ったような表情でルフィは軽く襟元を握り、
「クルト、もしかして魔物だと思ってる?」
 視線を斜めに落とした。
「魔物でしょあのでかさ! あたしくらいあるわよあの鳥」
 びし、と観察を続けているクビワネドリを示し歯を剥く。
 彼女の言い分は決して間違っては居なかった。頭しか出ていないとしても容易に全長は想像が付く、小柄な少女の首元辺りまではありそうな巨大な鳥だ。
 子供が背中に乗れそうなサイズでもある。気まずそうにルフィは笑い、
「僕が見たのは鳥図鑑なんだけど」
 残酷な事実を告げる。
「……とり、なにですって」
「鳥図鑑」
 キッパリと答えられても、やはり信じられないのかクルトは俯き気味に呟く。
「……魔物じゃないの?」
「うん。その、残念ながらまだ怪鳥の部類じゃないって事で」
 幼馴染みの台詞に少女はもう一度鳥を見た。
 高台に居るクセして鮮明に見える瞳。掌ほどの大きさならまだしも、身の丈大となると間近で見たら絶対に可愛いとは思えない。 
「…………怪鳥だと思うんだけど」
 ルフィは「うーん」と小さく呻き、
「もう二回りくらい大きかったら怪鳥だって。それに頭は良いけどあの鳥は光り物が好きなだけだから」
 記憶の中に眠っていた辞典の中身を引っ張り出す。
「光り物。確かにアレは光り物ね」
「うん。首に綺麗な緑の鱗が付いてるでしょ」
「あー、あそこだけ羽が生えてないのね」
 妙に首だけ主張しているはずだ。親指と人差し指で輪を作ったほどの鱗がネックレスのように首周りを飾っている。
「その部分が首輪に見えるから首輪根鳥」
「根って何」
 素朴な疑問。
「首根っこの事かな」
 ルフィもよく知らないのか首を傾ける。パキンとまた固い音がした。
「豆知識を語り合ってる場合じゃないわ。首輪ドリだろうが音痴ドリだろうが校長の金貨を奪取しないと」
 現実に引き戻され、鳥を睨む。大げさな言い方だが、使命が終わらなければ帰れない。
 全ては限定品の為に。
「どう、やって」
 燃える少女に敢えて水をかけるルフィ。
 にやりとクルトは笑い、
「取り敢えず、蹴ってみる!」
 しなやかな足を軽く浮かせ、勢いよく正面の幹に靴底を叩きつける。
 どん、と軽い音がして葉が数枚舞い落ちる。ついでにけたたましい鳥の声。
「落ちてこないわね」
 相手がクチバシを広げ威嚇している。少し怒らせたらしい。
「昆虫じゃないんだから」
 魔術付与はしていなかったのか、幹に傷が付いた様子はない。舞い落ちてくるのは葉や枝だけ。
 む、と少女は小さく呻くとパンパンと両手を合わせ、
「ならば危険を承知で登るしかないわね」
 木登りの体勢になる。
「蹴り落とされちゃうよ」
「あたしをそこらの生徒と一緒にしてはいけないわよ。やらないよりやってみるの!」
 止めに入るルフィの台詞を一蹴し、小動物を思わせる動きで樹の幹を伝っていく。
 のぼり初めの頃は「ダメだって」や「危ないよ」を連呼していた声も消え、静かになる。
 見下ろすと何故か幼馴染みの少年は俯いたまま背を向けている。
「…………ルフィは来ないの?」
「来ないのって言われても。無理」
 消え入るような声は何とか鼓膜に届いた。
「木登り出来なかったっけ」
「なんとか出来るけど。あの………クルトはもう少し自分の格好考えてよ!」
 語尾が跳ね上がる。珍しく怒ったらしい。
 怒りの原因を探すべく、幹に掴まったままの状態で少女は自分の姿を見下ろした。
 新緑色のマントに白いブラウス。スカートに革靴。特に変化はない。
「いつもの格好ね」
 しばし考え、結論はそう達した。
「待ってるから早く上がって!」
「う、うん。上がるわね」
 何故かまだ怒っている温厚な幼馴染みに少しだけ怯えながら上へと進む。
 ふ、と吹いた微かだが不自然な風に反射的に手を放す。
 先程まで伸ばそうとしていた幹に鋭利な刃物で深く突き刺したような斜めの亀裂が入っているのが目に入る。
 ぞっとする浮遊感と大きな羽音を立てた鳥の見下すようなけたたましい笑い声が耳に響いた。
 鳥語はよく分からないが、『馬鹿なウスノロ人間』系の悪口だと言うことくらいの認識は出来た。
「こ、の」
 怒り混じりに幹を何度か蹴り飛ばし、落ちるスピードを緩める。むぎゅ、と地面が悲鳴を上げかすり傷もなく着地する。
 もぞもぞと地面が動き、
「だ、大丈夫!?」 
 ルフィが顔を出す。何とか受け止め、一緒に倒れたらしい。
「ふ、ふふ。あンのクソ鳥がぁ」
 少年の膝の上に座り込み、クルトは笑みを浮かべる。引きつった頬を戻そうとするがなかなか戻らないのか、ひくひくと笑みが痙攣している。
「言葉が言葉遣いが」
「…………仕方ないわね。作戦変更」
 ゆらりと立ち上がり、努めて冷静な口調で少女は告げ、軽く咳払いをする。
「クルト目が笑ってない」
「こうなれば実力行使、実力行使。ソレしかないわね」
「怪我させたらダメだって言われて」
 少女から漏れた魔力が空気を擦り、乾いた音を立てる。
 慌てて止めようとしたルフィも、肌が粟立つ空気に身体を縮込める。
「怪我、させなければいいのよ」
 不敵な笑みを浮かべて広げた掌には不気味な魔力の揺らめきが集まりつつあった。





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