バトルバトルばとる!-3





 目星をつけた場所まではまだ遠い。声を掛けられたのは山の中腹あたりだろうか。
「ひゅうひゅう、お二人さん。お熱いですねぇ」
 木立を振るわせる声にクルトの眉が僅かに跳ね、口笛ではなく口頭での歓声に目を細め。
 振り向いてその人物の存在を認識して口元を引きつらせる。
「あぁら。何かご用かしらスレイ。あたし達はとてもとても忙しくて貴方のお相手なんて出来ないのよ。そこの所お解りになってて呼び止めてくれたのかしら」
「怖……じゃなくて。おまえらを冷やかす為だけに居るんじゃないぞ」
「ふうん」
 クルトが鼻先で相槌を漏らすとゆらりと動かされた指先に魔力が集まり、空気が微かな揺れを生む。
「待て。落ち着け。オレの話をよっくきけ昔から人の話を聞かないのが悪い癖だぞ!?」
「クルト、ちょっとは聞いてあげようよ。大切な話かもしれないよ」
「ルフィもああ言ってる事だし、いいわよ。貴重なあたしの時間を僅かなりともの譲歩をして割いてあげるわ」
「よ、よし助かったぞルフィ。コホン。じゃあ腹を括って聞け!」
 宣言されるも、少女は気怠げに目蓋を落とし、欠伸を漏らす。
「――くの。とにかく、ええっと。良く来たな」
悔しげにスレイの顔が引きつるが、拳に力を込めて紛らわせたのか話を進める。
「待ちわびたぞおまえら。クルトとルフィの実力は今更並べ立てるほどもない事だかんな、その辺りの心情的な説明は抜く」
 一瞬前の表情を消し去り、悠然と思われる表情をつくって胸を張った。一方話題に上った二人は反応の仕方も分からないので「はあ」と気の抜けた相槌を漏らす。
「だがしかーし! オレは女とはいえ幼馴染みは女と見なさない。全力でお前達に掛かる。
 残念だったなクルト!!」
「残念だったわね。うん。要約するとあたしに刃向かうという事で良い?」
 微笑んで頷く少女の台詞にびく、とスレイの肩が跳ねた。
「おっ。お、おおおおうっ」
「力一杯ドモってるからもう一回尋ねるわね。本当に後悔しないのね。全力で来るって事で理解して良いのかしら」
 スレイの額に無数の汗が浮かび、辛うじて余裕を保っていた顔面の筋肉が引きつり気味になる。
「う、うぐ。今更怖じ気づくか! そうだ今回はマジで全面戦闘宣言だ!!」
 恐怖の拘束から逃れるべく、勢いよく人差し指を少女に向ける。
「――宜しい。じゃあとっとと片つけてさっさと去るわね」
 緊迫したスレイとは打ってかわって穏和そのものの笑顔をたたえたままクルトは頷き、片手を軽く上げた。
「毎回毎回そう簡単に進むと思うなよ! 忘れるなお前とオレが幼馴染みだという事実を」
 力強い言葉を吐き出して、僅かに後退りながら腕を下ろさず幼馴染みの少女を睨み付ける。
 どの角度から見ても強がりにしか見えない台詞にクルトは小さく肩をすくめ、
「あらら、なぁに。情で落とそうって魂胆? 意外な選択だけど、あたしにそんなヌルい手は効かないわよ」
 冷ややかな笑みを漏らす。普段はお節介な少女でも戦いに置いては相手が怪我人だろうと病人だろうと遠慮容赦無用の攻撃を見舞う。幼馴染みのスレイでも同様で、つまり泣き落としも懇願も無駄だという事だ。
 疑問が少女の脳裏を掠める。一応スレイも幼馴染み、そんな事は骨の髄まで分かり切っているはず、一縷の望みにすがったのだろうか。
「違う! そんなこそこそした真似をオレがするかよ。ここは一発合理的にいく」
 黙考するクルトを見てチャンスだと見たか、腰に手を当て、宣言して両手を軽く合わせ詠唱を始める。後れを取った事に微かに焦り、僅かに聞き取った術の中身を確認して眉を寄せる。
「召還形式? 呼び出すのは後付だから詳細は不明だけど」
 略式のためにそう大がかりな召還を行えるはずもない。特にスレイは火炎系列の術が得意だが、その他が絶望的に苦手でもある。呼び出せるとしてもその辺りの動物か何かと言ったところだろう。驚異ではない。頭の中で整理して頷き、指先を柔らかに踊らせ唇を動かす。
「いいわ。じゃあこの一撃で片付けるわよ。紫電(しでん)の糸 数多(あまた)(つぶて)となり (くう)を裂け」
 何が出るかは知らないが口早に唱えた術よりもスレイの召還が一瞬早い。だが焦る事ではない。
 今完成させた術は詠唱は短いが足止めには一番。細切れにされた雷が広範囲を襲い四肢を痺れさせ一時行動不能にする事が出来る。便利は便利なのだが広範囲なために味方や近隣住民の方々へ被害が出る為使いにくい術でもある。前方に飛ぶ様にしているのでルフィへの被害は無いハズだ。
「来た。よぉっし、間に合った。オレの勝ちだ!」
 あまり使っていない術に安心したのかスレイがぐっと両拳を握る。
「何いってんのよ。そっちの負けに決まってん――」
 あと一句。あと一句呟けば前方へ無数の雷糸が降り注ぐ。失笑を漏らし、幼馴染みの組み上げた術式を眺めて少女が絶句する。
「あ、あああ。あん、あんた……」
 続きの呪を呟く事も忘れ、喉から掠れた声が出る。
「ど、どうしたのクルト」
 カタカタと体が震える。不安げに肩を掴まれても硬直した足や腕は言う事を聞かない。
「さっきも言っただろ。幼馴染みとて容赦なし! 出てこい切り札!」
 べちゃ、ぼた。何かが幾つも落下する。
 クルトの体が大きく震え、息を吸い込んだまま凍り付く。呼び出されたモノ達の輪郭がハッキリし始める。ぺたんとクルトは座り込み、「ひっ」と言葉を飲み込んだ。 
「長年の付き合いにより、お前の苦手なモノは熟知してるんだからな! さあいけ蛇達」
 わさ、わさ、がさ。茂みを揺らし音を立て好き勝手に蠢き絡まり合う無数の蛇。
 沈黙したままスレイが掌を振ってみるが一向に言う事を聞く素振りを見せない。
「ええっと。こういう場合は――風よ!」
 ほっとするのもつかの間。強風を吹き付ける術をスレイが放つ。
 基本的な術の為余り使い手を選ばないかわりに、強めの風を一方向に吹かせるだけなので攻撃性はない。しかし、今現在においては最も危険な術と言えた。
 まるで協調性のない蛇の群れが強風にあおられて決められた方向。
 すなわち、クルトに向かって跳ね上げられる。
「い、やぁ!?」
吹き飛ばされながらももつれ合い蠢くいびつな固まりに身を強張らせ、頭を抱える。
雨のごとくまばらに蛇が地面に叩きつけられる刹那。戸惑いがちだった空色の瞳が大きく見開かれ、迷うことなく手を広げる。ルフィの唇からぽそり、と小さな言葉が紡がれた。
「風よ」
 掌を押し出す形で佇むルフィの放った術は同じ代物。それ故に、その効果は推して知るべし。降り注がれるはずだった固まりは強風に押され、術者の方へはじき返される。
「げっ」 
スレイが引きつった声を漏らし、術を放つ余裕もないためやむを得ず慌てて横へ飛ぶ。
 鈍い音を立ててぶつかると思われた固まりは木々を越え、遙か遠くへ飛んでいく。
 ばしゃっ、と水音。どうも池辺りに落ちたようだ。
「っくしょ。ルフィが居たのを忘れてたぜ」
 小さく悪態を付くスレイに噛み付く事も出来ず、座り込んだまま少女はがちがちとまだ震えている。
「クルト、大丈夫?」
 言葉に弾かれるように顔を上げ、
「い、いない? 居なくなった? 居ないよね。もう居ないのよね?」
 幼馴染みの袖口を掴む。恐怖で紫の瞳が潤み、歯の根も合わない。安心させるためルフィはにこりと微笑んで、
「うん。大丈夫だよ。次に出されたら直ぐに見えないところまで吹き散らすから」
 いつもはほとんど変わらない目線の少女の頭に掌を載せ、優しく撫でる。何度か頭を撫でられると緊張がほどけたか、クルトはほっと息をつき頷いて立ち上がった。
「あ、ありがと」
 血の気のまだ戻っていない蒼白な顔で礼を言う。
「オイそこ。微笑みながら怖い事言うな」
 ふて腐れ気味に息をつく幼馴染みにクルトは紫の瞳をギンと向け、
「スレイ。なんてモン喚び出すのよ!?」
 鳥肌の立つ両肩を抱き、歯を剥く。
「そうだよ。牙があって毒もあるんだから、万一噛まれたらどうするんだよ」
 加勢するルフィの険悪な視線に押されたか、潤んだ瞳の少女に良心が痛んだか少年は「う」と言葉を詰まらせ、
「そっ、そこは考慮してある。契約として奴らに牙と毒を失わせる事としてるから心配ない」
 誤魔化すように片手を振る。
「……それはそれで酷いわよ。野生生物として餌も取れないじゃないの」
「短期契約だから奴らも一日経たずに消えるだろ。まあ、それはいいとして」
 こほん、と咳払いをして姿勢を正し、
「効果絶大。どうだクルトこれでもまだオレを見くびるか」
 不敵に胸を張るスレイにおののきを隠さずに唇を噛む。
「く。確かに、その点に置いてはあたしが甘かったと言わざるを得ないわ。けど、なんでばれたのよ!? 絶対秘密にしてたのに」
 随分昔に不覚を取って激しい心の爪痕となったがそれは誰も知らないはず。何しろ隣にいるルフィすら知らないある意味完全な極秘情報だ。
「実はあん時近くにいた」
「え」
 あっけらかんとした告白にぽかん、と口がひらく。
「お前が大蛇に飲まれかけてたの見たし」
 びく、と肩が震える。別に恐怖が襲ってきたわけではない、既に条件反射の様なものだ。
 魔力が強い魔窟や道具、魔剣等の側に長期間存在すると生物の細胞が変化し常軌を(いっ)するほどに肥大、凶暴性が上がる。単純に言うとごくごく希に凶暴化した大きな生物が出現する。
 そのごくごく希な生物とたまたま鉢合わせしてしまい恐ろしすぎて夢に出てきた事すら忘れそうな体験をしてしまったわけだ。
 一つ付け足すならば巨大化した生物は魔物ではないらしい。世は不条理だらけである。
「……ソレでなおかつあたしがそれを特大の恐怖として植え付けられているのを分かった上で、アンタはアレを喚んだって事」
 十歳足らずの時の事だが鮮明に思い出せる。太股ほどもある白い牙から滴る唾液か毒液。赤黒い喉奥は底なしの闇をたたえていた。
 あと少し救助が遅れていたならば生卵宜しく巨大ヘビのお腹に収まっていただろう。随分運が良い時に人が来たと安堵したが、あの時知らせたのはスレイだったのか。
 素面なら『スレイが命の恩人だったんだ。有り難う』と謝礼の一つも出てくるが、現在は状況が状況だ。ヘビのうごめきに怖気が走るどころでなく、思い出すだけで腰が抜ける。
 それを、それを分かっていながら利用したというのか。
「そうだな」
「ひ、ひどい! 酷いわスレイ。あんたがそんな人の傷口に塩と香辛料を塗りつけるヤツだなんて思いもしなかったわ。なんて外道なの。この人非人(にんぴにん)!!」
「それはー…その。お前もやるじゃん、こういうの」
 バツが悪そうに頬を掻き、一回りか二回りほど小さくなりながら反論する。
「女の子にこんなことするなんて酷すぎるっ。こんな、こんなやつ」
 奥歯がぎり、と音を立て。握りしめた拳が震える。
「あ、あんまり酷いコトしたら駄目だよクルト」
「相手するのも手が汚れるわ! 先いきましょ」
 慌ててなだめようとするルフィの声に構わずに拳をほどき、さっと肩に付いた埃を撫で払った。
「は?」
 今度はスレイの瞳が点になる。幾分血色が良くなった少女の顔をまじまじと見つめる。
 顔色はいまだにすぐれないが既に平静に戻っている。
 何よりも驚くべき事は瞳の奥に怒りも侮蔑もなく、けろりとしてルフィの腕を掴んで先を促す素振りを見せた。
「え、うん。良いのクルト?」
「良いのよ。さっさと行かないと日が暮れるわ」
 戸惑う幼馴染み達とは打ってかわって落ち着いた調子で静かに頷く。
 慌てたのはスレイだ。
「お、おい。ちょっ、まてここで『乙女の恨みを思い知れ』辺りで突撃するのが筋――」
「なーんてやるわけ無いわよ。全く手の込んだ事を」
 両手を振り回してでも視線を惹き付けようとする少年を横目で眺め、クルトはあからさまに疲れた溜息を吐き出した。
「手の込んだ事? そんなんともかくオレを倒していくんじゃないのか!?」
「やんない。メンドイ。暑苦しい。遠回りしていきましょ」
 言葉通り熱気を振り払うかの様に片手でパタパタと空気をかき混ぜて、肩をすくめる。
「なっ、ちょっ。待てコラそういう流儀とかに反する」
 なおも言い募ろうとするスレイを手で制し、じろりと見上げ腕組む。
「大体ね〜最初から変なのよ。『良く来たな待ちくたびれた』ですって。あたし達待って何の得があるのよ」
「……それは」
 チロチロと見え隠れする蛇の舌に似た舐める様な質問と眼光に身をすくませる。
「ええっと、クルトが強いからとか」
「そうそうそうだぞお前が強いから」
 ルフィから差し出された答えをコレ幸いと瞳を輝かせ掴みかけ、クルトの追撃により後が続かなくなった。
「はい矛盾二。強いなら尚更お前を倒す! なんて馬鹿はやらないわよしかも真っ正面堂々とよ?」
「あっ」
 少女の指摘に今気が付いたとばかりに、ルフィが小さく声を上げた。スレイは瞳を泳がせ返答に窮している。
「そして単純かつ最大の矛盾。良く思い出してルフィこの競技は『早いモノ勝ち』よ」
 今さっきまでパニックに陥り震えていたとは思えぬ冷静さで誰にともなく頷いて、トントンと自分の二の腕を太鼓代わりに人差し指でリズムを取る。
「あたし達を何とかするよりコインを見つける方が手っ取り早い、と。つまるところ……スレイ自体が罠よ。どうせ校長に頼まれるか何かして足止めしてるのよね」
 思考が纏まったのだろう、上下に動かしていた指先の動きが緩やかになる。ルフィは少しの間呆け気味に口を軽く開いていたが、「成る程」と納得した様に頷いた。
 それまで不敵な態度を続けていたスレイの笑顔が歪む。腕組みを続ける意地があったのは褒めて良いところか。
「う、ううぐ、そこまで見破ら」
「さらにアンタが『分かった。そこまで見破られたらオレの負けだ』と身をひいた道の向こうには趣向を凝らした罠の盛り合わせが山のように待ち受けてるのよね?」
「――――くっ」
 敗北の白旗をあげる素振りを見せた側からの鋭い斬り込みにスレイがたじろぐ。
 背後にはやや開けた正規の道。唇を噛み締めて視線をずらしている辺り、図星なのだろう。
「そう言うわけだから遠回りしてから行きましょ」
「う、うん」
 幾ら心優しくとも罠と分かっていて突っ込む気は起きないらしく、ゆっくり首を縦に動かしルフィも同意する。この手の場面で同情は命取りだ。
 次に行く道に見当を付け一歩足を踏みしめ、後方の幼馴染みを振り返る。紫の髪がゆるりとなびく。
「アルバイトも程々にしないと後で後悔するわよ。スレイ」
 強めに言葉を叩きつけ、睨み付けた。
「むぐ。ちぇっ、とっとと行け! オレの範囲はここまでだかんな」
 釘を刺されるまでもなくこれ以上の邪魔はしないらしい。ふて腐れた様にそっぽを向いてその場に腰を下ろす。
「んじゃ失礼〜。馬鹿スライムに校長」
「…………くっそー」
 軽い足取りで片目を瞑る。後ろから小さな呻きが響いた。
 ふと、先程まで向かうはずだった道を眺める。
「どこが女の子には手加減するのよ、まったく」
穴ぼこだらけになってしまった正規の道に、心の中で大きく嘆息する。
 かなりの生徒が引っかかっているらしく地面に大小の黒い口が見える。罠があるとあからさまだ。
 そのまま通っても素通りできたかと一瞬考え、かぶりを振る。無差別な罠は甘く見ると痛い目を見る。
 現に風に乗って男女問わずの救助を求める声が響いていた。多少痛くとも匂いや気分が悪かろうと死ぬわけでもない。
 後々来る方々に任せて先に進もうと少女は止めていた足を速め、先に進む幼馴染みを追いかけた。
 

 特徴的な紫色の髪が森奥へ消え、数拍おき、梢が揺れる。
「予想はしてましたが」
 金に新緑色の葉っぱをまぶしたまま梢から顔を覗かせ校長は瞠目する。
「あっさりばれましたね」
 木陰から声。海色の瞳が呆れた色を含んでいた。
「すぐさまばれたな」
 音も立てずに樹の上から降り立って、チェリオは眠たげな欠伸をこらえた。
 側にクルトやルフィがいればもう少しマシな登場が出来ないのかと非難を浴びる気配の無さだ。
「はは、面目ないです。いやいやでも、クルト君にも苦手な生き物が居ると分かって安心しました」
 梢から覗く白いシャツは目立つハズなのだが、どうやったものか上手く景色と馴染んでいる。
「普段は魔物や虫を眺めても悲鳴一つあげないからな。で、つけるのか?」
 本人が背後にいたら蹴り倒されそうな台詞を吐いて、目尻を手の甲で拭う。
「やぁ。やめときます。次に万が一ばれちゃったらですね、クルト君が怖そうなので」
「それは賢明な判断ですね。で、リン先生への言い訳考えてますか」
 おぉ、怖いとわざとらしく震えている校長に、完全に影と同化しているレムが唇を開く。
 本人はもしかしたら隠れているつもりはないのかも知れない。
「今から考えます」
 ある種怖い想像を振り払わず、目前にある問題を思い浮かべて校長は小さな苦笑を漏らした。





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