バトルバトルばとる!-2





「ルールは簡単ここにありますコインを見つけて来た人が勝者」
 ピン、と親指の爪ではじいた金貨が回転しつつ校長の掌に収まる。
「隠し時間は?」
「なし。思いっきり遠くに放り投げますのでそれを探し出してきて下さい。
 金貨はこれ一枚きり。実質勝者は一名のみです」
 尋ねられた言葉に答え、また金貨が跳ねる。
「あの〜校長?」
 黙考するように口元へ当てていた手を外し、少女が唇を開いた。
「何ですクルト君」
 落下してきたコインを器用につかみ取り、微笑んで校長が頷いた。
「あたしの見間違いかもしれなくて。非常にひっじょうに言いにくいけれど」
 ぶれたコインの残像を脳裏に焼き付け吟味してクルトは口を動かす。気のせいならいい。いや気のせいであってくれと心が願う。
「はい。なんなりと言って下さい」
 きらきらと煌めく金色。円形のコインに浮き彫りになっていたのは至近距離まで近づいて首を傾ける目の前の青年。あの滑らかな質感は無理矢理削ったモノではない。が、そんな金貨がこの世に存在する事は信じたくなかった。
「気のせいかかすかに、コインに悪趣味な柄が見えたわ」
 言った側からコインが跳ね、ゆっくりと落ちてくる。致命的なほどに遅く静止画を何枚も見せつけられるような速度。つい最近から鍛えはじめた動体視力がその光景を網膜に焼き付ける。
「……あー、今ハッキリ見えたけど。趣味が悪い事に花を持ったダレカの顔が鮮明に」
 くずおれたいのを堪え、額に人差し指を強く押し当てて頭痛を無視する。脳天気に微笑む校長が一輪の薔薇を愛でる姿がコインの中に収められている。悪夢だ。
「良くできてるでしょう」
「校長。もしかして作ったの?」
「特注です」
「リン先生にしかられるわよ」
「一枚きりのレア物」
「一枚だけって大量生産よりお金掛かるんじゃなかった」
「さあっ。じゃあコイン拾い始めましょうか」
 少女の冷たい声に校長は微笑んだまま他生徒を見渡し、告げる。またコインが親指ではじかれた。動揺の為か先程より高く跳ね飛ぶ。
「じゃあ、次にせぇので――」
 かけ声が発せられる事を感じ、生徒達が息をのむ。
 次に飛ばされるコインの方向を見定め、最初に踏み出す一歩が決め手となる。
 高めに頭上へ投げられたコインはまだ落ちてこない。
 まだ落ちない。
 魔術付与してるんじゃないかというほどに落ちない。
「あれ」
 落ちないコインに校長が首を傾げ、影が生徒達の頭上を通り過ぎた。
 大きな一羽の鳥。クチバシには金色の煌めき。
 耳障りな羽音を立てて(わし)によく似た鳥は頭上を悠々と滑空する。
「ええっと」
「ちょっと校長」
「どうしますの?」
 口々に詰め寄られ、校長が額に汗を流す。
「全てが予定調和。と言うわけで皆さんあの鳥を追いかけて奪ってきて下さい。鳥さんに傷を付けたら駄目ですからね」
『ええぇっ!?』『嘘だーー!?』
 苦しい言い訳に生徒達から不平不満の嵐が飛び交う。
 校長の権限には勝てず、コイン拾い大会は急遽コイン強奪戦に変更された。






 落ち葉を蹴り飛ばし、腰まである草を踏みつぶし、駆ける。
 青臭い緑の匂いが鼻につく。
「方向は多分間違い無く南東。相手が鳥だと考えると、梢が密集した場所が良い、と」
「うん。間違いないと思うよ」
 腕をわし掴まれたままルフィが微笑んだ。
 ルールは二人一組早い者勝ち。鼓膜に入った瞬間にクルトはルフィの腕をひっつかみ、かけだしていた。
 後方で『ルフィ様っ。またしてもクルトに。悔しいですわ!』と、金切り声が聞こえた気もしたが無視。
「ねぇクルト。僕で良かったの?」
「そんな答えが分かり切った事は聞かない」
 弱々しく掴まる掌に力を込め、むっつりと視線を向ける。いつでもふりほどこうと思えばほどけるはずなのに、この期に及んで何を言っているのかこの幼馴染みはといった目だ。
「えぇっ。その……うん」 
 少女の抗議の視線に言葉を詰め、指先を揺らす。もごもご口の中で曖昧な呻きを漏らす幼馴染みを向き、ふ、とクルトが吐息を付いた。ついで相好を崩す。
「効率考えるとどんな風に行こうか。ま、何があろうと大丈夫よ。ルフィと組んで失敗した事なんて一度もないんだから、ね!」
「うんっ。僕も頑張るね」
 励ます様な一言にこくんとルフィは頷いた。同意を得て少女の瞳が煌めく。
「そうよね魔導書もかかってるし」
「へっ。あ、そうじゃなく、ただ単にその」
 ぐっと空いた手を握りしめ力説するクルトに首を縮こめながら唇を動かす。
「ん? 別の欲しい物でもあった?」
 どうも上手く会話が噛み合っていない固めていた拳を解く。少年は空色の瞳を泳がせて、
「う、ううん。何でもない。向こうから行くと早そうだよ。行こう」
 少しだけ赤みの差した頬を隠す様に手を振る。
「うん。何があっても負けないわよ。行くわよ!」
 しばらく口を動かしたせいで駆け足が早足程度になっていた事にようやく気が付いたらしく、はっと少女が断言し、力強く地を蹴る。
 ルフィはクルトの元気な台詞に曖昧に笑って少しだけ躊躇(ためら)った後、静かに手を握り返した。

 




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