バトルバトルばとる!-4





(ねじ)れ節くれ立った樹の根を乗り越えて立ち止まる。唇から切れ切れの吐息が漏れる。肺から出る空気は荒い犬の息づかいに似ていた。
「なん、て遠いのよ」
 クルトは流れ落ちる汗を袖口で拭い自分の喉から発せられた掠れ声に眉をひそめる。
「迂回したからね。大丈夫?」
「…………なっ、なんとか。はあ」
 身体全体で疲労困憊を表している少女とは違い涼しげな表情の幼馴染みを一瞬恨めしそうに眺めた後、気を取り直し体を伸ばす。
「なんでルフィ疲れてないの」
「えっ、ちょっとは疲れてるよ。性別が違うからかな。クルトは女の子だからしょうがないよ」
「性別の枠を越えてると思うんだけど。にしても迂回は良いけど正規の道じゃない分道が分からないわね」
 釈然としてないモノを感じつつ左右を確認する。
「そうだね。茂みも多いし、梢が影を作ってて辺りが暗いのも困るね」
 相槌を打ったルフィの言葉通り、幾重にも折り重なった梢が闇を作り、膝丈まで伸びた草たちが視界を乱す。
「方向は間違えてないと思うんだけど、斜面が多いせいで正確な距離が分かんないし」
 爪先を立てて見回しても気休めにもならなかった。
「夜中の山は危ないから、早めに終わらせたいね。用意も、してないから」
 苦笑する幼馴染みに視線を向け、自分たちの軽装と装備の少なさにようやく思い至る。
「そう言えば食料すらくれなかったわね……いつかあの校長、蹴ったる」
 苛立ち紛れに近場の小石を蹴り飛ばす。山での遭難では洒落にならない装備の薄さ。賞品の事しか考えていなかった自分の浅慮さにも腹が立ち、心の中で歯噛みする。
「あのねクルト。僕ちょっと思ってたんだけど」
 梢のざわめきが言葉の続きをかき消した。
 木の葉が眼前を掠め、風が頬をくすぐる。揺れた梢の隙間から微かな光が差し込む。
「なんか開けた場所に出た! 少しだけ休憩しましょ。あたし足が痛い」
 僅かに明るくなった事に安堵の溜息を漏らし、痛む足をさする。
「あっ、うん。そうだね」
数瞬口を開きかけ、少女の嬉しそうな顔を見て気持ちを切り替えたのか、静かに微笑んだ。





 ざわりざわりと辺りが波打つ。絶え間なく吹き付けるささやかな風に揺らされ自然の鈴は打ち鳴らされる。
 水面を彷彿とさせる柔らかに耳朶を打つ音は耳障りではなく心地よかった。
 時折小石を蹴飛ばしたような妙な音が鳴る。
『…………』 
 そのたびにぱちくりと空色の瞳が瞬き、少女の顔が横に逸れた。
 せせらぎ似た音が地鳴りの如き響きに今度こそハッキリと遮られる。
 分かってはいた。少女だって分かっては居たのだ、こんな悪あがきをしたところで音がかき消えないという事を。
 しかしながら多少の悪あがきくらいは許されるのではないだろうか。それすらも儚い抵抗だとでも言うのか。
 隣にいる幼馴染みの素直な視線が痛い。生物的な欲求を押し込めるべく身体を縮込めて居る少女をまじまじとながめて。
「……あはは」
 失笑してくれる方が遙かにマシなのに、朗らかに微笑まれた。
「お腹空いたんだ」
「ううう。だってお昼まだだし」
 突発的な校長の思いつきにより昼食すら中断されここに至る。その後集合コイン争奪戦、山登りへと発展。
 微かに漏れる日差しでは分からないが、感覚的に昼はとうに過ぎているだろう。
「食べて良いんだよ。クルトは自分の分持ってきてるんだよね」
 にこにこと穏やかな笑みを向けられ、キッと顔を向ける。
「いいのガマンする。先はまだまだ長いんだか――」
 クキュウ、腹の虫が盛大に抗議の声を漏らした。タイミングの悪さに少女はへなへなと幹に縋りつく。
「ほらほら、先は長いんだからちゃんと食べないとダメだよ」
「ガマンする。我慢ったら我慢」
 腹から獣の唸りが聞こえたが鋼の意志でそれを無視する。確かにルフィの言うとおり大事にしっかり持っていたお弁当はある。
「遭難した時用に少しでも残しておかないと」
 か細い呻きを空腹の咆吼が上回った。
「クルト遭難する前に力尽きそうだよ」
 それを言われると弱い。確かに現在の腹具合では保存用に残す前に飢えで倒れかねない。
 少女自身がそれを一番よく分かってる、だが断固としてその忠告を受け入れるわけにはいかなかった。
 食欲が通常の五割り増しになっている自分自身の理性と戦う。
「あの、クルト。僕に遠慮してる?」
 控えめな問いに少女の肩が小さく跳ねる。慌てて昼食を掴み集合したクルトと違い、全く何も持たずに来たルフィはお弁当どころか飲みものすら持っていない。
 幾ら図太い少女といえど空腹だろう幼馴染みの前で一人昼食を平らげる気にはならない。
「そ、そんな事無いわよ。無い……無いったら……無い。お腹は鳴いてない、今のはあたしの欠伸の音なの」
 豪気な欠伸を鳴らしながら半泣きでクルトは首を振った。
「気にせずに食べて良いんだよ。この辺り探せば木の実とかキノコくらいは見つかるだろうし」
「うう、そんな事言ったって」
 優しい声をかけられてクルトは唇を曲げる。このままずっと柔らかく諭されて折れない自信がなかった。
 軽く唇を噛んで、決めた。こうなれば最終手段だ。自身の中である種究極の決断を下す。
「わかった提案。ルフィが飲まないとあたしは飢える」
 はっきりと、覚悟を決めて口を動かす。 
「な、なに」
 キョトンとルフィの瞳が瞬いた。
「半分食べて。一緒に食べれば良心の呵責(かしゃく)無し、あたしも安心ルフィも安心」
「え、でも」
「ルフィが食べないなら絶対に、意地でも、断固として、死んでも食べない!」
 躊躇う幼馴染みに容赦なく言い放ち目の前の地面に包みを置き、腕を組む。
「クルトそれなんか色々と間違えているというか、道を違えていると思う」
 よく分からない覚悟を持って決断され、ルフィはうろたえた。たとえるなら砂漠で水や果実を持ったまま死ぬ様なものだ。
「ルフィが食べないならあたしはお腹減らしたままお弁当片手に力尽きる覚悟よ!!」
 もう既に腹を決めたらしく、座り込んだままつんとそっぽを向いている。ぐぅと鳴るお腹の虫に眉を動かすがそれだけで一向に包みに手を付けない。
「えっと。あの、クルト」
「食べないったら食べない」
 語尾が掠れている辺りが涙を誘う。完全に困り切った顔でルフィは溜息をついた。
 こうなると完全にだだっ子だ。
「食べないからね」
 何度も口の中で自分自身に言い聞かせる様に呟いている。
 見た目よりも意固地な少女にルフィも頑固さで負けるつもりもなかったが、方向性がずれているとはいえ自分を思っての行動を非難するというのも何かが違うだろう。
 怒ったところでますます躍起になって食べないと言い続けかねない。
 しょうがないなと呆れつつも、空腹を抑え、命をかけている少女には悪いがすこし嬉しくもあり、破顔する。 
 どうも基本的にこの手の我が侭には甘くなってしまう。それは嫌だとは思わない。
「じゃあ、半分こ」 
 やんわりと告げられクルトの辺りの空気が明るくなる。見上げる瞳が潤んでいるがルフィは気が付かない振りをする。
「そ、そう。半分こ。控えめにしたらダメなのよ均等に半分なんだから」
 頬を膨らませてだだっ子を演じているが注意事項は平等一辺倒らしい。
「うん」
 包みの中はサンドイッチと果物が少々。刃物が無かったので多少手間取ったが何とか二人分にわける。
 丁寧に二等分にされた食料を眺め、ようやく安心したのかクルトに笑みが戻った。
「それじゃあ頂きまーす」
「頂きます」 
 音を立てて手を合わせる少女を横目で眺め、ルフィは小さな苦笑を飲み込む。
 遅れてぐう、と二人のお腹が唱和して同時に笑い声が漏れたのだった。




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