バトルバトルばとる!-1





  名前は覚えていないが昔の誰かがこう遺した。
 『全てを知ろうとする。それは人の欲望だ。だが、全てを知ることは不可能だ』と。
 少女は不可能と言う言葉が嫌いだ。僅かな一欠片の可能性さえももみ消して、全て否定してしまうからだ。
 微かな望みがあるのならそれは不可能とは言わないのではないだろうか。
「……けど」
 晴天の空を紫の瞳で見つめて小さく息を吐く。先ほどから風に乗って校長の声が続いている。
 風が不揃いな雑草達を撫で、千切れた葉の欠片を舞い上げた。
(あの校長の思考を理解するのはホントに不可能かもしれないわ)
 唯一持ち出せた品、お弁当の入った袋を眺めて憂鬱な気分になる。 
「ったく。いきなりピクニックって……リン先生に後で絞められるわよ。校長」
「まあまあ。たまにはこういうのも良いよ。僕は好きだな。こういう行事」
 愚痴混りの台詞に隣にいたルフィが少女じみた顔をほころばせ、零す。
「ルフィは甘いのよ。甘甘なの! 授業ほっぽり出しちゃってさ。 
 大体ね、校長たる自覚が足りなさすぎるのよあの校長は!!」
 頬を膨らませたまま腕を組む。横目でちら、と幼なじみをのぞき見ると彼は笑顔のまま。柔らかい微笑をたたえ酷く楽しそうに、にこ、にこ、にこ。と見つめてくる。
 強張った首を指先で押さえ、無理矢理顔を前に戻す。
「ま、まあ。テストとか無いのはあたしとしても息抜きできて嬉しいけど」 
 言葉を濁し何処か照れるように俯いた。
「うん。今日は特に良い天気だから。お弁当をもってピクニックをするには最適――」
「暇だ」
「…………」
 横合いから掛かった低めの声に両手を合わせたままルフィが停止する。
「まあ。アンタは暇でしょうね。護衛要らないもの。こんな所じゃ」
 場の空気をかき混ぜた張本人は、楽しげでは無さそうな顔を更にしかめ、元々ある近寄りにくさを際だたせている。
「暇だったら寝た」
「寝たら減俸だそうだ」
 チェリオの後ろでは同じ理由で連れてこられたらしいレムが暇そうに半眼になっていた。
「減俸かぁ」
少女は空を眺め、反すうする。青年の給料が剣が数本であるとかはともかくとして、減棒はツライ。食費とかには全く関係ない物々交換でも減らされると嫌だろう。
 そんな事を考える耳に、明るい校長の声が入りこむ。
「それでは皆さん。天気も宜しいのでこれは是非とも満喫するしかありませんよね」
 同意を求めているらしいが、元の予定は授業だったので切り替えの早くない一部の生徒の混乱は続いている。貫禄ある座敷猫のようなクルト達のクラスは別として。
 生徒達の心境を知ってか知らずか艶やかな金髪を揺らし、最近校長である事を疑問視され続けている青年――レイン・ポトスールは嬉しげに両指を絡み合わせた。
「それじゃ、せっかくですし。コイン拾い大会を開催しますよー!!」
「ちょっと待った」
唐突すぎる内容に環境の変化に強いクルトからもツッコミが入る。ぴた、と校長が静止し、
「クルト君。ちょっと地味だと思います? ここはやはりフォークやスプーン拾いの方が」
「かわらないわよ」
 首を傾ける姿を半眼で眺め、息をつく。
「ですよね、せっかくコインも用意したんですし。楽しまなきゃ損ですよ」
 湖よりも蒼い瞳をきらめかせ、ズレた返答。少女は睨むのを止め噛み合わない会話に脱力し、
「あたし普通のピクニックで良い」
 軽く指先を振って欠伸を漏らす。元来冒険捜し物が大好きな彼女だが、校長に振り回されるのはもう飽き飽きらしい。
「そんなつれないこと言わないでください。クルト君の意地悪」
 だれる少女に首を振り、両手を合わせる。くにゃくにゃ身体を動かす辺り他生徒の存在を忘れているに違いない。
「気持ち悪いから。たまにはゆっくりしても良いんじゃないの」
 すり寄ってくる肩をぺし、と強めに突き放して、大きく背伸び。
「そんなっ。せっかく、せっかく」
 蒼い瞳を潤ませ、泣くような素振りをしてハンカチを目元に当てるも、無視された。
 いつもならばここで地面にめり込むほど落ち込む青年だが、今日は裏の手を用意してあったらしい。ハンカチを当てたまま、
「豪華賞品ご用意しかも先着一名様限り三品選択可能。なんていう素敵な商品の数々も」
 静かに声を出す。泣いていたのが嘘だとすぐに分かるほど透き通った、落ち着いた声音。
 ぴくん、と少女の肩が跳ね。
「やる」
 がば、と勢いよく振り向いた。紫の髪がなびく。
「ク、クルト。目がコワイ」
 平静を保っていた辺りの魔力の均衡が微かに揺らめき。なによりも据わりきっている紫の双眸に柔和な幼馴染みの少年の笑顔が恐怖で少し引きつる。
「だって無料よ。タダよ。魔導書収集者としては逃せないわ」
「う、うん。高いもんね」
 爛々とした眼差しを向けられ一歩、二歩と詰め寄られ、こくこくと同意しているルフィの身体が後ろに傾く。
「表紙の確認をしたいならご自由に。
 一応魔術が主なわけですから、魔導書をたくさんご用意してあります」
 校長が『カミラ君』と口を動かし親指と人差し指を合わせ、ぱちりと音を立てる。
 何時からか分からないが側に控えていた呪術師の少女はこっくり頷き握りしめていた箒を片手に持ち替え、羽毛のような動きで弧を描く。
 空間に月状の裂け目が出来、中から本棚に詰められた大量の本が吐き出された。
 店開きをして捨て値で売り払っても一財産出来そうなほどの分量。
 充分すぎる本を前にして、微笑みを崩さず校長が唇を開く。
「全部出して良いですから」
 空気が硬化した。ぜんぶ?
「そう?」
カミラは少しだけ迷う素振りを見せ、指先をちいさく跳ね上げる。
 誰もが止める間もなく空間が軋みを上げ、顎を開く。
 底の見えない闇から棚が押し出され、雪崩のごとき轟音が響いて場が埋もれた。側の茂みが無惨に潰れている。 
「すっごい本の量ね。これどうしたの」
 整然と横滑りして止まった棚の群れを見上げ、クルトが呻く。はじき飛ばされ、地面に伏せる生徒が数名視界に映るが気にしない事にした。
「流石に図書室に入りきれなくなってきまして。
 処分しようかなぁとも思ったんですけど、使われた方が喜ばれるかと思って賞品にしてみました」
「どうせ捨てるんだからタダで配るって発想はないのかしら」
「元々焼却処分かつ封印する予定だったので本来生徒にあげちゃ駄目なんですけど。
 今日は特別、ですよ」 
 ジロリ、と睨まれて慌てたように付け足す。軽く片目を瞑ってみせても気温はますます下がるばかり。
「駄目校長」 
 クルトの呟きに校長は一瞬人差し指を立てたまま硬直し。
「……もちろんレム君とチェリオ君は。リン君にはナイショという事で」
 何事もなかったかのような素振りで振り向く。
「俺は別にどうでも良い」
「関係ないときに呼び出される以外なら、別に何でも良いんですけれど」
 既に寝転がる青年はいつも通りだが、珍しく欠伸でも漏らしそうなほど目蓋を下げ、レムも同意する。
「あっ。チェリオ君もレム君もつれない!」
 悲しげに身を左右に震わせて顔を歪める校長。今にも『ひどいっ』といわんばかりの眼差し。
「慣れましたから」
息をついて蒼い瞳を細め、レムが端的に告げる。身も蓋もない言い捨てぶりに校長が少ししおれた。
 継いでレムの耳が跳ねた。
「……古いのばかり。これ……」
 迷うことなく一冊の本に視線を向け、呻く。ボロボロの本の装丁に滑らかな光を放つ金髪を掻き上げてエミリアが眉をひそめた。
「わたくし、手元の本で充分ですから余り古びた魔導書には興味ありませんわ」
「そう、かなぁ。勉強になるから僕は結構好きだけど」
 埃っぽい本の側面をまじまじと眺め、悪気無くルフィがポツリと漏らす。バッとエミリアは顔を跳ね上げ、
「まあっ。ルフィ様。わたくし嫌いなどとは申しておりませんわ。そうですわねっ。
 古の術書にこそ、強い魔術が綴られている事を忘れるところでしたわ。
 廃棄処分で捨てられそうなこの膨大な書物中からにでも、もしかしたら。万が一にも。
 庶民にもわたくしたちにも目にする事の出来ない珍品中の珍品がある。伝説の術書が億が一にもあるかもしれない! その可能性を無下にしてはいけない。そうですわね!?」
 切れ長の瞳を潤ませ、熱の入った調子で頷いて力強く同意する。
「い、いえ。そこまで深刻に捉えて頂かなくても。あの、僕がこういうの好きかな、ってだけで。
 あっ、ご免なさい。好み押し付けるつもりは毛頭――」
「押し付けて下さいませ。わたくしルフィ様がお好きな物が好きと決まっていますのよ」
「そ、そうなんですか」
 頬を赤らめ、睫毛を伏せるエミリアに首を傾けるルフィ。
「そうなのです」
 絶望的な状況にもかかわらず、エミリアはくじけず大きく首を縦に振る。
「あれはともかくとして。どうしたのレム」
 約一名の健気な様子は放っておき、クルトは本に視線を向けたままの少年に声を掛けた。
「教師の『参加』は不可です」
 にっこりと、釘を刺す校長の一言にレムは落ち着き払って指を懐に入れる。
「じゃ、条件提示。ここに――」
「うんなになに!?」
 滅多にリアクションを見せないレムからの提供品に瞳を輝かせかぶりつくように少女が詰め寄る。
「クルト少し下がらないと取り出しにくい」
「あ、ごめん。でっ! なになに」
「時価で取り引きがされるこのチケット」
 抜き出されたソレを目に入れて。周りの空気が硬直した。
 少年の手元で惜しげもなく揺らされているのは、この大陸で屈指と名高い菓子の名店のチケット(つづ)り。値段もさることながら、熱烈な人気のために券を手に入れるだけでも数年は予約待ち。驚くべき事にレムで掌で弄んでいるチケットは分厚い束になっている。
「本一冊と交換、でどう。僕は参加しないけど」
 ざわざわと生徒達、特に女性陣から歓喜の声が上がる。校長は辺りの生徒を見回して、
「あれれ。はあ、まあ。良いでしょう。優勝賞品の行方は優勝者さんのご自由ですし」
 ふぅむ、と息をついてから了承を出した。校則並みに規制が緩い。
「…………あたし一位になる。あの古そうな本と交換で良いのね!?」
「充分」
 意気込む少女にレムはうっすら瞳を細め、口元に賞品予定の紙束を寄せる。仕草に魅せられたか、賞品に思いを馳せたかクルトはこくりと唾を飲み込み。
「三つのウチの一つが品薄予約必至の幻のチケット。それだけの為に探してもいい!」
 拳を固く握りしめ高らかに宣言した。熱気に押されてルフィが一歩後退る。
「あ、あら。わたくしもまた少しやる気がでて参りましたわっ」
 乙女は甘いモノ大好きを地でいくクルトに続き、エミリアもどさくさに紛れ名乗りを上げる。
「きっ、汚いぞレム・カミエル!!」
 甲高い声が待ったを掛けた。買収行為がご不満らしく、びし、と指先を突きつけて幼げな顔立ちを赤くして両頬を膨らませる。
 レムと何かにつけて罵倒したがる(大半は失敗に終わっているが)少女、ピシア・マクグレーシだ。
 無理矢理二つ括りにされた焦げ茶の髪が耳のように揺れ、動く。千歩ほど譲っても子熊くらいの怖さしかない。
「強制はしてないよ。君は欲しくないんだね」
「うっ……」
 意地の悪い返しにピシアが拳を固めたまま硬直した。何かを堪え忍ぶように、細い両肩が揺れる。
「チケット」
淡々と紡がれる言葉に合わせてユラユラとなびく貴重なチケット。しかも束。
 罵声はまき散らされず、視線は一点に集中したまま。甘味アレルギー、というわけでもないらしい。
 それを見て取り、レムはしらっと言い放った。
「せいぜい楽しみに待ってるよ。優勝」
 乾いた紙の音。
「う」
 幼い顔が悔しげに歪む。
「カミラさんは行かないの?」
「私、人混み。嫌いだから」
「なるほど」
 ふぅんと小さく漏らす間を縫い、呪術師の少女は妹へ感情の余り浮かない瞳を向ける。
「だから、楽しみに待ってるわ。ピシア」
 首を横に倒す姉を見つめ。しばし硬直し。
「う、うあぁぁん。ねぇさんまで、ねーさんまでボクを馬鹿にする!」
 涙を瞳の端に浮かべ、叫び声を上げながら怒濤の勢いでピシアは走り去る。
「心外だわ」
 頬に掌を当て、呟くカミラの声には僅かに喜色が混じっていた。
「ちょっ、ピシアまだ始まってないのに。いっちゃった……」
「走り去りたくなる、年頃なのよ」
 真面目な顔で頷くカミラに、
「多分違う気がするんだけど」
 クルトが渋面になって呻く。校長が暇つぶしに親指で弾いたコインを片手で包む。
 彼の髪と同じ黄金色のコインが陽の光を反射してきらめいていた。

 




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