愛してない贈り物-6



  


 馴染んだ椅子につき、思う。何だか色々あった一日だった。あれからまあやっぱり色々あって帰路につき、今に至る。
 自室のテーブルに置かれた安っぽい包みを見つめ、
「うっし」
 座ったまま気合いを入れ直す。
「まずは、どの位長さがあるかよ」
 包みを開き、クルクルと巻かれた布を見る。厚みもそこそこあり、伸ばせばかなりの長さになりそうだった。ザッと伸ばしてみたが、マントが三枚位できそうでもある。
「ちょっと多めに買いすぎたかしら」
 むう、と呻く。慣れない実験的試みのため、多めに材料を用意するのは良いことだろう。そう自分を励ましてみるモノの、少し軽くなった財布が泣いている。
「大きさは適当にチェリオの身体を測らなくちゃ。その辺も何とかするとして」
 ――魔術付与の道具は家庭でも出来る、か。
 前、言われた台詞を口の中で反すうし、辺りを軽く見回す。鍋にフライパン。木べらにおたま。ありふれた家庭用品しかない。この機材で何が出来るのだろう。
 一般的思考では理解できないが、クルトは前向きに考えることにした。
「……明日から頑張らなくちゃ」
暗くなった外を眺め、少女は大きく伸びをする。欠けた月がほんのりと輝いて、青白く道を照らしていた。



 

 朝日が眩しい。どうして何時も朝は来るんだろう。眠気がまだあるせいか、ちょっと頭が痛い。
「おい」
 霞む目を何とか開いて手をずらすと、ウルサイ声が聞こえる。無論無視の方向だ。もうちょっと右斜めかなーと思いつつ腕を動かす。
「おい」
  声が強まった。耳元で喚かないで欲しい。
(えーっとあとは)
 ぎゅ、と指と指を合わせ、輪を作る。
「ぐ……こらお前」
 抗議の呻きが何故か苦しそうになる。
「ねえクルト。何してるの?」
 横合いから空色の瞳が少女の顔を控えめにのぞき込んできた。
「なにって。別に何にもしてないわよ」
 幼なじみの少年に返事をし、肩をすくめる。指が少しずれると、またグゲ、とひきつけを起こしたニワトリみたいな声。朝っぱらから騒がしいことこの上ない。
 ルフィは戸惑うようにチラチラ視線を揺らし、
「そ、そう? 僕の目にはクルトがチェリオにおぶさったり抱きついたり首絞めたりしているように見えるけど。目の錯覚、かな」
 口元に手を当て、上目遣いで尋ねてきた。空色の髪が揺れる。
「そうそう。錯覚」
 誤解を一蹴し、にっこり微笑んで次の作業に移る。
 目標の両脇へ慎重に両腕を差し込む。
(首はもう良いとして、胴回りが綺麗に計れないのよね。無駄におっきいし。
 うわ、やっぱでかい。えーっと、指が上手く届かないから寸法が上手く計れないな〜) 心の中で勝手な文句を飛ばしつつ、自分の腕を測りがわりに採寸する。
「お前。さっきからヤケにベタベタぐいぐいと。そんなに抱きつきたいか」
 喉から絞り出す呻きに視線を上げると、非難の眼差し、ではなくグッタリと疲れた目が半分伏せられていた。栗色の髪に同色の瞳。美術品のように整った顔立ちが印象的な青年だ。身に纏う涼しげな雰囲気は何処へやら、既に投げやり感が満載の仕草だが、少女に対してはこんな対応が毎回繰り返されているのでクルトは慣れっこだ。
「何のこと」
 椅子に腰掛けて肘をついている相手に、ぱち、と瞳を瞬いて首を傾ける。
 はああ、と何故か大仰な溜息が前髪を揺らした。
「どう見ても正面から抱きついてるだろ」
 そう言われ。改めて考えてみる。
 ……
 …………
 いや、別に下心はない。普通に採寸をしているだけだ。無断で。
 数拍ほど頭を巡らせ。
「…………じゃ、後ろからと言うことで」
 妥協案をひねり出す。測りにくいが、まああんまり変わらないので大丈夫。相手には絶対伝わらないであろう名案に心の中でガッツポーズ。
「そうだな」
 青年――チェリオはこっくり頷いて、
「いや、そうじゃなくてだ。なんで朝の挨拶抜きでそれ始める」
 早速腹から脇へ移動し始めた少女に突っ込みを入れる。クルトはパン、と両手を合わせ、
「おはよう。ええっとー……うしろから、後ろからーと」
 おざなりな挨拶を済ませると背中に抱きつく。正確に言うと採寸を始める。
「…………挨拶すればいいともいっとらんぞ」
 微妙に繋がらない会話に眉を寄せ、傷口が痛むのか、頭が痛むのか、唸る。少女の方はと言えば聞く耳持たない。
 怪しげな動き(に見える)を繰り返し、ひとしきり満足したのか達成感一杯の吐息を吐き出し。
「ワガママね。よし、うん、まー大体いいか。あたしの用事終わったからもうしないわよ」
「どんな用事だ」
 終わったら用済みらしい。偉く酷い扱いに僅かに傷つきながら尋ねてみる。
 ぱん、とチェリオの肩を軽く叩くと、
「深く考えないの。あ、おはよールフィ!!」
 気楽に少女はそう言って、本来なら教室に入って口にするべきはずの一言をようやく幼なじみに向けた。
「えっ。あ、うん。おはようクルト」
いきなり掛けられた挨拶に、ルフィは複雑そうにクルトとチェリオを見比べて、小さく微笑んだ。その笑みが少しだけ曇っていたことにクルトは気が付かなかった。


 うずたかく積み上げられた知識の山。そう表現する生徒も中にはいる。
 見慣れない少女にとっては横にも広がりまくった巻物にも見えた。横幅が広いのはともかく、縦に高いのは困りものだ。背の高い人間ならともかく……と言いたいところだが、ことこの図書室に関しては当てはまらない。どんなに背の高い人間でも絶対に届かない位置に本が並べられている。最高段近くになると見上げて題名が見えないのも本棚としてどうなんだろう。と思うモノの、一生徒で使わせて貰っている身。贅沢を言えるわけがない。
 常人、もとい。平均女子の身長よりも低い少女の捜索は難航していた。
「あっと。コレも、それも。えーああっとついでにこっちも」
 片腕に抱えられる精一杯の本を持ち、視線をせわしなく動かす。
必要な品を集めるのは良いものの欲が出るとアレもコレもソッチも。とキリがない。
 更に脚立を使っても届かないのでじたばた腕を振り回し、何とか本の確保をしているといった状態だ。
「えっと、必要なのは大体揃ったわね。それから……後は纏めるだけか、な」
 別に周回運動をしていたわけではないのだが、ぜえはあ息を切らせ、指折り数える。
 音を立てないようにぴょい、と脚立から飛び降り、床においていた残りの本に獲得した本を積み上げる。両手を差し込み、意外な重みによたつきつつ進もうとした足が気配を感じ、止まる。
「クルトさん。何していらっしゃるんですか」
 掛けられる優しげな響き。クルトはびっくう、と大げさなほど肩を震わせ、落としそうになった何冊かを元に戻すと振り返る。
「ケ、ケリー。こんに、ちわー」
 返した笑顔は引きつり気味になった。ぎくしゃく挙げた挨拶用の片手が挙動不審だ。相手は眼鏡の向こうの深緑の瞳をぱち、と瞬き。
「はい。こんにちは。珍しいですね……
 魔術関連の本棚ではなく、クルトさんがこちらにご用なんて」
 くす、と笑みを漏らす。勉強嫌いで補習嫌いな少女が図書室に自分から向かうことは少ない。唯一好んで向かうのは術が載せられた呪文書だけ。理論を重視したモノよりも、実用的な内容が多い。
 後は補習で出された課題用に解読用の書を借りるとか、残った宿題を泣きながら片付けるために資料を探すとか。思い直すとくじけそうになる過去が鮮明に蘇る。
 愛想笑いを漏らし、
「え、あっ。いやあ。あたしだってたまには、ねぇ」
 言いながらも身体を折り曲げた。重いのもあるが余り内容を見られたくない。
 あんまり……正直言うと性格は天と地ほども違うが、一応彼はスレイの弟であるのだが、長年の付き合いはあれども、いまだにどうにもその柔らかな物腰に引き気味になる。兄が粗雑なのも一因ではあるが、微笑みの向こうに何があるかと思うと恐ろしい。
 特に本のことになると肉親にすら躊躇わず術を使う相手だけに、余計に。
 少女より一つ下の彼は、彼女より年を重ねた紳士のようにそっと片手を差し出す。
「重いのでしたら、お手伝いいたしますよ。ああ、確かに僕は腕力は余りありませんが少々でしたらお持ちできますので」
 ひたすら親切な相手の態度に、いつもなら『うわホント。やったあ』と漏らす少女の表情が凍る。
 数秒ほど掛けて解凍した後、
「いえっ。お気遣いなさらず。あたし、これ位持てるから。図書委員頑張ってね!」
ブンブンと手を振り、倒れ掛けた本を慌てて抱え直すと足早に、ケリーが二の句を継ぐ前に逃げるように立ち去った。

 



 

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