ざわつく町並みを歩みながら少年は指折り数える。
「……必要な物は、これだけ、かな」
久々の買い物だが、前きたときとあまり変わらない。
くねくねと曲がりくねった曲がり道も、田舎の割には大量の商店も。
さすがに初めてここに来たときよりは品揃えが充実している。
この品数を見る限り、村というよりは都市といった方がいい。
前々から思っていたことだが、そろそろ『村』ではなく、『町』に変えた方がいいのではないだろうか。
この地方のコンセプトは『のびのびゆったり穏やかな《村》』らしいので、テコでもかえる気は無いかもしれないが。
そんなことを考えながら道を歩く。
路地に座った商人たちがここぞとばかりに呼び止めてくる。
休日にしては人通りがないから、仕方ないかもしれない。
特に買う気もしないので、サッサと素通りしていく。
この地域が村だろうと町だろうと別にどうでも良いか、とも考える。
まあ、人口が少ない方が何かと都合が良い。
彼は顔よりも、名前の方が世間に先行しているのだから。
と、考え事とも言えないことを考えていると、足下に何かが引っかかり、たたらを踏む。
「……っと。何?」
つまずいた感触から行くとかなり大きいモノだ。
慌てて下を向く。
視線が別の視線とぶつかった。
「何か買ってって下さい」
「……物乞いなら別の所でやりなよ。ここ、人通り無いから」
倒れるような格好のままズボンの裾を掴んでいる男に向けて冷淡に告げる。
どこからどう見ても、物乞いと言うよりも商人だが。
明らかに分かっていて言っている。
「人ならソコに」
「今から通り過ぎるから誰もいなくなるよ。分かったら歩道で寝ないでね。
次寝てたら容赦なく踏むよ」
反論の隙も与えず、そこまで言うとサッサと通り抜けていった。
後ろの方から何か恨みがましいうめき声が聞こえたが、しばらく聴覚を遮断すると聞こえなくなった。
「ん? 騒がしい……」
しばらく無目的に歩いていると、常人よりも強い聴覚のためか、ざわめきが耳に入ってきた。
「さて、お集まりの皆々様。古今東西摩訶不思議、種も仕掛けもございません!
北の大陸より仕入れてきたとっておきの奇術。ご覧に入れましょう」
近寄っていくと、路上でやっているのか、口上が聞こえてくる。
何の変哲もない一人の青年が、詠唱もなしに火の玉を浮かせたり、消滅させたりする。
そのたびに群衆がざわめいた。
「……(ふーん?)」
まあ、上手いとは思うが特別感慨というモノは受けない。
彼の住んでいた所では、別段珍しい芸とも思えなかった。何故こんなにも人が集まっているのだろう。
この大陸には、昔と違い、魔法というモノが普及しているはずなのに。
彼の考えを吹き消すように、群衆の中で、一際大きな歓声を上げる観衆がいた。
「す、っごぉーい! どーなってるの?」
火の玉が出れば『きゃー』と悲鳴を上げ、火の玉が宙返りをすれば『ぎゃー』とわめく。
一人だけなのに、何人も人が寄り集まったような騒がしさだった。
かと思えば真剣な顔をして両手の平を奇術師に向かって掲げる。
「むぅ〜……何で、何で何で!? さっきから魔力感知してるのにちっとも引っかからないなんて、変よ!? おかしい、魔法じゃないのッ?」
苦悩するように頭を抱えて地団駄を踏む。
何となくだが、この観衆の多さが分かってきた。
魔法を知っている人々は、こういった『火』を出す事は珍しいモノではない。
しかし、魔法以外というのは珍しい。
ただし、それを見分けるすべが無いのだが、今地団駄を踏んでいる少女が一生懸命解明に乗り出しているが、人々の興味をそそり、信憑性を高めているだけに過ぎない。
「……何やってるんだか」
ずれ始めたまぶかにかぶったフードをずりあげ、呆れたように小さく言葉を漏らす。
きゃいきゃいと、童女のように無邪気な声を上げ続けていた少女の動きがピタリと止まり、視線がこちらに向く。
どうやら気が付かれたらしい。
音波ウサギもかくやという地獄耳だ。
*音波ウサギ(耳がとても良く、逃げ足が音速並に速い。
そのためにつけられた総称。
見た目はメタリックで堅そうな印象を受ける。
用心深く、なかなか捕まえるのが難しい。
牙と爪が高価なため、珍重されている)
「あ、レムじゃない! レ〜ムーーーーーーっ!」
人目も気にせず声を大に呼び、ブンブン手を振る。
反応もそうだが、足の方も早く、すぐさま目の前に迫ってくる。
「奇遇ねっ」
そう言いながら飛びついてくる。
反射的に身を沈めた。
少女はズベッと痛そうな音をたてて石畳の上に顔をぶつけた。
「…………」
掛ける言葉が見つからず、沈黙する。
「〜〜〜〜っ。ったたたたぁ」
少女は赤くなった顔をさすって立ち上がる。顔を見ると痛さのためか、瞳に涙が浮いている。
「ふ、ふふ」
不気味な含み笑いをあげる少女を見て、思わず身を引くレム。
「あたしの抱きつきをかわすとは、なかなか腕を上げたわね。レム。
うんうん、あたしも嬉しいわ」
「顔、痛くないの?」
「……もんっのすごく、痛い」
痛覚には支障はきたしていないようだ。
精神や脳の中身は分からないが。
「で、君は何をしてるの? クルト」
「ご挨拶ね〜」
赤くなった鼻を押さえつつ、睨み付ける。
だが、格好そのものが間抜けすぎるため、無論迫力は無いに等しい。
「はいはい」
軽く受け流す少年を見て、クルトは頬をふくらませ掛けたが、格好を見て僅かに顔を曇らせた。
「レム、やっぱりフードかぶったままなんだ」
「君、僕を殺したいの?」
吐息を吐き、睨む。
田舎とは言え、大陸。
下手に異端な姿を見せてしまえば大きな街よりはマシだろうが、言われもない非難や迫害を受ける事が目に見えていた。
軽くかぶっていたフードを握る。
異種族と言うだけで忌み嫌われる。
心ない者によって石を投げられ、暴行を受け、死に行く者もいる。
だが、大きな街よりは治安は良い方だ。
外したとしても犬にも似たこの獣の耳は、軽く睨まれるだけで済むだろう。
けれど、虐待をされなかったとしてもやはり良い気分ではない。
石や攻撃を避ける事は造作もないが、常に付きまとう偏見だけはどうにも慣れる事が出来なかった。
元々獣人というのは力が強く、軽く樹を片手でへし折るような腕力を持つ。
だが、レムにはそれは出来ない。
彼の得意分野は頭脳労働。肉体労働は専門外だ。
獣人、と言われるのは良いがあんな馬鹿力の連中と比べて貰いたくはない。
と、野蛮な事が苦手なレムは思う。
素手で樹をへし折るなんてとんでも無かった。
いや……問題はそれだけではない。
「君、僕が何か言われるたびに怒るでしょ」
「うん」
そう、それが一番の問題だ。
彼女は自分の事でもないのに、レムが罵られると烈火のごとく怒る。
怒り狂う。
昔、一度だけフードを外して歩いた事があるのだが……
聞き慣れた罵声に反応したのはこの少女。
馬鹿だの獣だのという、個性の欠片もない罵声。怒る前に哀れみすら感じてしまう。
そんな情けない言葉の数々に彼女はあっさり切れ、相手に反論の隙も与えずまくし立てて一気になぎ倒してしまった。
当然、目立った。
『何で君が怒るの。関係ないでしょ』と、いおうものなら何故かコチラまで怒られた。
―――あれ以来、もうフードは外さないようにしようと決めている。
「目立つの嫌いだから嫌だよ」
「む、何時もそれなんだから」
適当にお茶を濁しながら少女を眺める。
納得がいかない、と言わんばかりの瞳で―――
「納得がいかないわ」
……実際に言ってきた。
「何時も話を逸らされてるような気がする」
意外と勘が鋭いが、慌てて気取られるほどレムは間抜けでもない。
「考えすぎだよ。で? 凄く目立つ声上げていたけど何してたの?」
サラリと言い、少女を見る。
聞かなくても何をしていたかは一目瞭然だったが、話題を逸らすのには丁度良い。
「えっへへ、聞きたい?」
早速食いつく。
「言いたくないなら言わなくて良いよ」
下手に愛想良くすると逆に怪しいので、いつも通りの態度を貫く。
「もう、そんな事言わずに聞いてよ! すっごくすっごく素敵な術を発見したのよ!」
「…………」
その時点で瞳を伏せ、自分のこめかみに手を当てる。
一瞬世界が揺れた気がする。目眩がした。
「どしたの?」
クルトの不思議そうな声が掛かるが、そんなモノは無視。
「術?」
噛み締めるように呟く。
彼女はパッと顔を輝かせ、
「うん! すっごいの。魔力の波動すら感知させず、あまつさえ詠唱無しでモノを自由自在に―――って、レム!? 倒れそうな顔でどうしたの?」
何の事を指していたのか、何を考えていたか、この時点で決定した。
気分的には「誰のせいだよ」と言いたかったが、痛む頭を抱えてはそれどころではない。
今のは、きつかった。不意打ちの攻撃がヒットした状態に近い。
一瞬、後ろから殴られたような目眩を感じた。
これでも一応生徒を教える身。それ故に、今の一言はこたえた。
手に持っているボールを浮かせ、消し。増やす。
目の前で繰り広げられている光景は、術ではない。
北の大陸で目にした事のある、手品や奇術と言われるものだ。
で、目の前にいるこの少女は、れっきとした魔導師見習い。
本物の術を行使する事が出来る。魔術という力。
炎を実際に具現させ、風を呼び起こす。
こんな、糸を張った遊びのような初歩的な奇術とは比べものにならない。
だが、言っている言葉はこれだ。しかも、レムが良く受け持つクラスの生徒。
「……反省して見直そうかな、少し」
少し自分の授業方針変更を考えてしまうほど、それは衝撃的な言葉だった。
「なにが?」
無邪気な顔で彼女は尋ねてきた。
ため息混じりに肩をすくめ、
「別に」
術を操る凄い人とやらの前に行く。
観客は、少なくはなかった。
だが、手品の方には視線は行っておらず、クルトの方に視線が集中している。
それはそうだろう。ある意味下手な漫才を眺めるより彼女の動向を眺めた方がよっぽど退屈しのぎになる。
自分に視線が来ているとは気が付かないのか、考えていないのか。
にこにこと微笑みながら食い入るように見る。
たまに聞こえる呟きに、僅かな詠唱を聞き取り、臓腑が鉛になったような気分になる。
術の解析をするのにまだ諦めていないらしい。
まあ、解析したところで、何の力も働いていないのだから分かるわけもないが。
働いている力と言えば知恵と指先くらいか。
無駄な努力を続ける少女を見、嘆息する。
目の前の、手品を続けていた青年と目があった。
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