小高い丘の上、夕日を浴びてチェリオは小さくつぶやいた。
「……お前の両親。居ないってな」
目の前の墓にはレクス――魔剣の犠牲者になった少年の名が刻まれている。
「悪いな。報告して……休息とったら遅くなった」
『レクスって奴知ってるか?』
朝、すぐにケビン・アルグレイスの元へ赴き、チェリオの発した一言がそれだった。
「え? レクス……ですか。リトルサイレンスは……?」
「倒した。で、知ってるのか? 年端もいかない子供なんだが」
面食らうケビンを無視し、問いかけを続ける。
「倒した!? 流石……魔剣士チェリオ・ビスタ。噂に違わぬ使い手で……」
「人を意味無く通り名とかフルネームでよぶな。で、どうなんだ?」
チェリオはケビンを睨み、尋ねる。
「ああ、スミマセン。
えぇと。たしかそう言う名前の方は聞いたことはありますが……」
そこで言葉を切り、チェリオを不審そうに眺めた。
「十年ほど昔の方ですよ?」
「十年……? ソイツの家族は?」
「子供が失踪された後、数年後に亡くなったとか聞きましたが」
「そうか」
何故かその話の間中。クルトは何も聞いては来なかった。
代わりに、ケビンがクルトのことを聞いてきたが。
「……クルトちゃんのお姉さんですか?」
「まあ……そーゆーもんかしら……。あ、あはははははは」
引きつった笑みでクルトは返答する。
「そっくりですね。で、あなたのお名前は?」
そしてケビンは禁断の質問を飛ばしてきた。
「う……」
思わず言葉に詰まるクルト。
「お名前は?」
「さぁ、いくか。後で依頼料はもらいに来る。行くぞ」
「え? あ……ち、ちょっと」
この前と似たような状況で連れ出されるクルト。
ケビンはチェリオにそっとささやいた。
「姉妹二股がけですか」
「断じて違う」
チェリオはケビンの言葉をきっぱりと否定してクルトの背を押し、出て行った。
「…………」
墓標を前に黙するチェリオの白いマントを風がひるがえす。
夕日を浴びてチェリオの栗色の髪が金色に染まっていた。
「なーにやってんのよ。アンタ」
後ろから声が掛かる。が、チェリオは振り向かない。
「……知り合い?」
後ろから歩み寄り、隣にしゃがみ込んでクルトはチェリオを見上げた。
一段と強い風がチェリオとクルトのマントをなびかせる。
少女は乱れた髪を押さえ、
「うわ。ココ風が強いわね」
困ったような嬉しそうな顔で笑って髪を直す。
「……まあ、な」
沈黙していたチェリオが呟いた。
「…………」
(レクスの親たちの悲しむ顔を見なくてすんで良かったのか。
それとも悪かったのか)
墓標に視線を落とし、胸中で一人ごちる。
――レクス・レイマンド。
彼のものに安らかなる眠りを。
「…………?」
隣を見ると、目をつむり、歌うようにクルトが鎮魂の言葉を口ずさんでいる。
――彼のものに慈悲を。
「…………」
「良くわかんないけどこんなモンで良いのかしらね。下手くそでゴメンね」
クルトは小さく吐息を吐くとすまなそうに微笑む。
「いや……」
「アンタに言ったんじゃないわよ。チェリオ。
あたしはお墓に向かって言っただけだから」
クルトはチェリオの言葉にそっぽを向く。
「そうか……」
「……後は……っと……」
そう呟いて両手を組むと詠唱を始めた。
(聞き覚えがあるような)
眉をひそめるチェリオを無視して詠唱は進んでいく。
「えーっと。名前はなんて言えばいいのかしらね。お花召還で良いわね」
「おい、それもしかして……」
チェリオの言葉を遮って、クルトの呪文が解き放たれた。
「お花召還!」
フッと頭上が暗くなったかと思う前に、クルトの両手に抱えきれないほどの花が次々と降り注いでくる。
「わ……っ」
ドサドサと降り注いでくる花を少女は必死で受け止める。
やはり全部を受けるには無理があったのか、十数本は地面に転がった。
「やっぱり校長の術か……あれは魔法だったか」
聞き覚えがあったのは当たり前。
レイン校長が何時も使っている謎の術だったからだ。
「とはいえ……多すぎないか?」
「し、仕方ないじゃない……な、なれて無いんだから加減がわからなくってぇぇぇぇぇ! 落とすーーーーーっ!!」
反論しつつも足下はおぼつかない。やはりちょっと多いらしい。
「…………貸せ。半分持ってやる」
呆れ半分片手を差し出すと、クルトはふるふると首を振り、
「お墓に添えないと……」
「アホか。全部添えたら墓標がみえんだろーが。
三分の一くらいは持って帰るぞ」
「そっか。じゃあ半分もってね」
納得したように頷くと、三分の二を墓標の前に置き、言われたとおり三分の一を残して二分にすると半分をチェリオに差し出す。
「……まあいいが」
チェリオは何かをあきらめたように片手で花を受け取る。
するとクルトの顔色が変わった。
「やっぱやめて。似合いすぎて何かむかつくかもしれない」
そう言ってチェリオの花を奪い返す。
「よくわからん理屈だ……」
「持って帰ってもアレだし、宿屋の人にあげよっか」
「好きにしろ」
「……ねぇチェリオ。このお花なんだと思う?」
「俺に花のことを聞くのか?」
チェリオの反論にクルトはしばし沈黙し、
「……ごめん。あたしが悪かった」
素直に謝る。
「…………」
言われて、チェリオはその花をまじまじと見つめる。
白い雪のような花だ。
夕日を受けてキラキラと輝いている姿は美しいの一言。
しかし、見たことのない花だった。
ここまで綺麗な花なら記憶に残っていそうなものだが……
クルトは街を見下ろす事の出来る位置に立ち、チェリオに背を向け、話し出す。
「この花はね。この街の付近にしか咲かない花なのよ。
フェアリーティア(妖精の涙)って言われる不思議な花。
今の時期が一番綺麗なの。
チェリオはどう思う?」
「……確かに、綺麗だな」
「でしょ」
「……なんでこの花を墓に? 他にも花は色々あるだろうが」
「……《妖精の涙》の花言葉は――――」
そこで言葉を切り、クルリと振り返った。
「希望、よ。
誰にでも希望はあるのよ。魂が消えない限り。
たとえ、体が無くなったとしても……ね」
紫色の髪の毛が風に揺れる。
クルトは純白の花を抱え、淡く微笑んでいた。
一瞬、別人と見まごうほどの柔らかな光を瞳にたたえて。
「そうか……アイツにも希望があると良いな」
「うん。チェリオもね」
にっこり笑って言葉を投げかけてくる。
もういつもの彼女に戻っていた。
「だな……所で、報酬なんだが一応お前も手伝」
「ストップ」
チェリオの言葉をクルトは手で遮る。
「なんだ?」
驚いたようなチェリオの言葉にクルトはにっこり微笑み、
「……あたし報酬いらない。
大体、あの村でお金持ってても品数無いから買うものなんてないし。
ただねー……一度で良いからここらあたり色々見て回りたかったのよ。
まだ、日にち大丈夫でしょ? 良いわよね。
それに花束じゃなくてフェアリーティアの群生見てみたいのよ。生で。
ねーねーねーねー。見たい見たい見たい〜〜〜〜〜〜〜」
だだっ子のようにねだり始めたクルトを見て、チェリオは唖然と突っ立った。
(さっきの奴と同一人物に見えないな)
「……分かった」
心の中で呆れたように嘆息しつつも、了承する。
「わ、やった!」
「それが報酬代わりな。心ゆくまで好きなの買え」
「もちろんチェリオのおごりよねっ」
両手を組み、キラキラと目を輝かせる少女を見て、チェリオは肩をすくめ、
「ま、それくらいならな」
あっさりと頷く。
報償の大きさから行けばこの程度の支出は微々たるものだ。
「よっし。
あ、そうだ。チェリオこれ知ってる?
ココの冬の名所に、なんと『愛を誓ったカップルは永遠に幸せになれる』とか言うベタベタなのがあるのよ」
少女の言葉にチェリオはしばし沈黙し、
「じゃあ冬、来るか」
と、真顔で言う。瞬時に真っ赤になったクルトが意味無く両手をバタバタさせ、
「ぇぇっ!?」
思いっきり驚く。
が、チェリオはサラリと言葉を続けた。
「冗談だ」
「ちょっと、乙女の純真な心をもてあそんでーっ! ゆるせないぃぃぃ」
ぽかぽかとチェリオの腰を叩く。
が、力は全然入っていない。
「って、お前顔が笑ってるだろ。全然怒ってない」
「……えいえいーーー」
怒り顔だが、目が笑っているクルトはふざけたように腰を叩き続ける。
ぱこぱこ。
どうやら謝るまでやめる気はないらしい。
これはこれで鬱陶しかった。
(こういう場合は……こうか?)
「……姫様、お許しください」
クルトはきょとんとした後、すぐチェリオの意図に気がついたらしく調子を合わせてくる。
「まあ、許してあげるわ。従者」
そう言ってクスクス笑う。
「おい、俺は従者か」
「もー。仕方ないわね。特別に王子に格上げしてあげるわよ」
やれやれと言ったようにクルトは肩をすくめて苦笑する。
(また随分と出世したもんだな……まあ、たまにはつきあってやっても良いか)
「姫様。参りましょうか」
チェリオが片手を差し出すと、クルトは楽しそうににっこり微笑んで、
「分かりました。王子様v」
ゆっくりと手を重ねた。
ふと、チェリオの思考を疑問がかすめる。
――そう言えば、コイツに俺は……レクスのフルネームを教えたか?
「いきましょ。おーじさま」
チェリオの疑問をかき消すように、クルトの楽しそうな声が掛かった。
――まあ、いいか。コイツがあの時、見てるはず無いからな。
また来たとき、花ぐらい添えてやる。
じゃあな……レクス。
墓標に背を向け、クルトの手を引いてチェリオは街へと歩き出す。
ふと、クルトの顔が墓標に向き、
「ばいばい……レクス」
俯き気味に悲しげな笑みを浮かべた。
「行くぞ」
「あ、はーい」
しかし、すぐに元の元気な顔に戻ってチェリオと手をつないで丘を降りていく。
丘の上で、風に吹かれた白い花びらが街へと舞っていった。
《りとるサイレンス/終わり》 |