りとるサイレンス-28





 黒い影はクルトをかすめ、チェリオの前にいたリトルサイレンスに吸い込まれるように消えた。
「あ……ああーーーーーーっ!! 逃げたーーーーーー」
 ぼーっと火炎を持ったまま突っ立っていたクルトはハッとしたように悔しがる。
 シュッとチェリオは剣を振り、リトルサイレンスに向かって斬りつける。
 が、やはり先ほどと一緒であまり効いた様子もない。
《無駄だ……》
「燃やされるよりはマシ、と出てきたか」
《…………く。オマエ……は》
「何だ。化け物にオマエ呼ばわりされる筋合いはない」
《……そしてあのニンゲンは……そうか……。
 ……今の我では力が足りない……貴様達の力……我の糧としよう》
「勝手に納得して勝手に自己完結するな!」
  怒りとともに剣を振り下ろしたチェリオの耳に、背後から少女の声が聞こえた。 
「誰が糧になるかーーーーーーー!! ッてことでチェリオがんばってよけてね」
 視線を動かすと手には煌々と光る火の玉。先ほど投げ損ねた威力大(のはず)の火球だ。
 そしてねらいはこっち。
 少女はねらいを定め、何のためらいもなく投げ放つ。
「ぃっ!?」
慌てて身を引こうとするが、先ほど剣を振ったせいで勢いがついてよけきれない。
「あっ……やば……」 
投げるコースを間違えたらしく、チェリオの方に向かっている。
「ごめん。チェリオ」
 口元に手を当て、一言謝った。
(謝って済むかッ。阿呆女)
胸中で毒づく間にも、どんどん火球が迫ってくる。
 チェリオは一瞬のうちに策を組み立てた。
 剣を引き、目の前まで迫った火球を斬り、その勢いでリトルサイレンスに一太刀浴びせる。
 火球を斬ったとき、ぐぃんという妙な手応えがした。
(もしかして破裂型の魔法か!?)
 炎の魔剣で火炎は耐えられても、炎を斬ったときに出る衝撃波に耐えられるかどうかは五分と五分。
「くっ……」
(当たって砕けろだ)
 そのまま勢いよく剣を振り下ろそうとしたとき、火球に変化が起こった。
 破裂するでもなく広がった後、剣にまとわりつく。
 赤い魔剣の刀身が一層赤くなった。
「何だ……!?」
 よく分からないまま、無理矢理剣を振り下ろす。
 意外なほどあっさりと。手応えもないままに、魔物の体は二つに断ち割られていた。
「な……っ」
《な…ん…だと……》
 驚愕の言葉が魔物の口から漏れ……そのまま崩れるように灰になって散らばっていく。
 チェリオの持った魔剣からは赤い炎が蛇のように絡み付いていた。
 二人はしばし沈黙し、
「よ、よっし! わざとチェリオの剣に魔法をぶつけて威力を上げる。
 まさにあたしの計算通り!!」
 クルトは拳を握りしめ、引きつったような笑顔をしてガッツポーズを取る。
「嘘をつくな。さっき「やばっ」とか言ってただろーが」
 気を取り直したチェリオは冷静に突っ込みを入れた。
「う゛っ……いや、それは……」
「なんだ今の。確かに剣の威力が上がった……」
 チェリオは剣を持ち上げ、しげしげと眺める。
 持続時間は長くないのか、炎は先ほどよりも小さくなっていた。
「まあ……確かに掛けたあたしとしても予想外だけど。
 この間ね、威力大で被害低くをモットーにつくってみたのよ。
 火炎球のはじけない奴。アレンジバージョンねv」 
「どんな効果だ?」
「えっとね。当たった相手にとりついて、一気に温度を上昇。
 あっという間に相手は―――」
「待て。何だその物騒な術は」
「まだ名前は未定なのよ。あたし的には『蒸し焼き』とか『スチーム』とかが良いんじゃないかなーと思うんだけど」
「誰が名前の話をしてる。そんな術を間違って当て掛けたのか?」
「……いや、だからさっきゴメンって謝ったじゃない」
 むーっと頬をふくらませ、上目遣いでにらみつける。
「謝っただけで済むか!」
「ま、まあ。結果的には魔物を倒せたんだし結果オーライというか何というか〜」
 チェリオの怒声に少し気まずげに視線をそらし、冷や汗を垂らす。
「…………」
「……まあ、危険なような気がするからこれからはあんまり使わないようにしようかなー と、さっき投げたときに思ったから安心してよ」
 にっこり微笑んでみるが、チェリオは睨んだままで無言。
「…………」
「…………えーと。もうしません」
 流石に沈黙に耐えかね、クルトは素直に謝った。
「なら良い」
 チェリオは満足したように小さく頷く。 
「それにこの魔法普通の剣じゃ使えないし。焼き鈍しになるから」
 その言葉に一瞬、チェリオの頭の中で鍛冶屋が高熱で赤くなった刃を潰している光景が映し出された。
 チェリオはこめかみに手を当て、
「本当に懲りてるのか? オマエ」
 半眼でクルトをにらみつける。
「こ、懲りてるわよ。もーじゅーぶんにっ」
 少女はパタパタと手を振り、慌てて弁解した。
「だ、大体……」
 そこまで言って胸に両手を当て、目をつむる。
「大体?」
「っ……だい……たいね」
 少女の顔が苦痛に歪む。 
「……おい?」
 問いつめるチェリオを無視してクルトはフラリと立ち上がり、詠唱を始める。
「……おい?」
「や、闇の霧よ! ダークミスト!」
 言葉に応え、辺りのものが闇の霧に包まれる。
 まさに、一寸先は闇。
「おい!? 何のつもりだ!」
 闇の中で目はあてにならないと判断し、目をつぶって気配を探る。
「っ……近寄らないでよ」
「近寄るなって……おい?」
 声と気配で大体の場所を把握し、手を伸ばす。
「触るなってんでしょーーーーーーー!」
 少女の絶叫とともに鈍い鈍痛。
 まともに拳が腹部に直撃した。
「……今のはマトモに入ったぞ。って、何で殴る!?」   
当たり前の怒声を浴びせるチェリオ。
「あ・た・り・ま・えでしょーーーーっ!」
「何で怒られるんだ。俺が」
「人が近寄るなって言ったのに近寄ったからよ!」
 クルトが胸を張り、チェリオをにらみ返す。
 まだ、チェリオは霧が晴れたことに気がついていない。
「ああ言う言われ方をすれば怪我をやせ我慢してるように見えるだろうか!」
「怪我? アンタねーあたしがそうそう簡単に怪我すると思ってるわけ?」
 緑のマントを翻し、クルトはオーバーな仕草で信じられないと手を広げる。
 チェリオはクルトの胸元に指を突きつけ、
「人がせっかく怪我がないかと聞いて―――」 
 そこで止まった。
 紫色の瞳と髪。
 緑のマントと白いブラウス。
 年の割には低いものの、十歳児とは違い背もすらりと伸びている。
「…………元に戻ったのか」
「……遅いのよ気がつくのが」
 チェリオが口を開くと、ふて腐れたようにクルトはむくれる。
「本当に苦しかったわよ。
 いきなり服が小さくなるし。着替えようと思って辺り見えなくしても寄ってくるし。
 ロリコンの変態じゃなくて痴漢だったのね。恐れ入ったわ」
「服がきつくなったらきつくなったと言えばいい……って、誰が痴漢だ」
「アンタよ。っていうか言えるわけ無いでしょ! 元に戻るスピード早いんだし」
「俺が知るかそんなこと」 
「雰囲気で察してよ!」
「無理言うな」
 無茶なことを言うクルトに、チェリオは呆れたように言葉を返す。
 クルトはしばし考えた後、
「まあとにかく。元に戻れたし……シティにもどろっか」
 小さく咳払いをするとにっこりと微笑んで言う。
 切り替えが早いのが彼女の特権だ。
「……ああ、そうだな」
「……リトルサイレンス……倒したのよね」
 頷くチェリオに向かってクルトは少し不安げに問いかける。
 チェリオはしばし沈黙し、
「……多分な。
 もう気配はない。生きていたとしてもここの近くには居ない。
 成功報告しないとな」
言葉を曖昧に濁し、頷く。
 その言葉を聞いて安心したのか、クルトはたたっと軽快な足取りで出口へ向かい、クルリとチェリオを振り返る。
「先いっちゃうわよ」
「…………相変わらず元気な奴」
 ニッと笑みを浮かべるクルトを見てチェリオは小さく嘆息した。
「あんまり一人で進むな。二の舞になったら困るだろ」
「……うー。うん」
 ちょっと渋るような声を上げたものの、肩をすくめてチェリオの隣へ戻ってくる。
「…………もうすぐ朝みたいだな」 
壁の隙間から月の光とは違う、うっすらと明るい光が差し込んでいた。
 クルトは光に手をかざし、
「うわ、ホントだ。徹夜ね」
 苦笑いをしてチェリオを見る。
「そう言われると眠くなるな」
 クルトから視線をそらし、目に手を当てる。
「ここでねたら踏むわよ」
 彼には前科があるのでクルトは容赦なく釘を刺す。
「…………じゃあ出てから寝る」
「報告してからね」
「あぁ」
 クルトの言葉にチェリオは投げやりに頷く。
「真っ暗ね」
 暗い遺跡内を歩きながら、クルトはつぶやく。
「あー」
 やはり投げやりな言葉が返ってきた。
 よほど眠いらしい。
 少し考え、小さく呼びかける。
「…………ねぇ」
「……ん? どうした」
 少し眠そうにチェリオは返答してきた。
 天井をしばらく眺め、
「……色々ありがとう……ね」
「あぁ」
 ポツリと小さく言ったクルトの言葉に投げやりにチェリオは返答し、しばし沈黙が辺りを流れた。
「ありが……? あぁ!?」
 思いっきり驚いたようにチェリオは少女を眺める。
 そして大きく左右に首を振り、
「……俺の聞き間違いか……コイツがこんな殊勝なこと言うはずが無いな」
 そう言って冷や汗をぬぐう。
「って、えらい言われようね」
「いや、俺の聞き違いだ。気にするな」
「……そこで自己完結してもらっても言ったあたしとしてはとても腹立つんだけど」
 確かに帳消しにされては言った意味も労力もパァだ。
「だ、だから! その…… 
 大体あたしが不注意だったせいだし、色々迷惑掛けたような気もするし……
 ありがとうって言っておきたかったのよ。その位言っておかないと人としてだめな気もするし―――って、何度も言わせないでよ馬鹿チェリオ!!」
 真っ赤になって照れ隠しでバシッとチェリオの肩に一撃を見舞う。
「……別に。依頼だったからな、そのついでだ」
 淡々とチェリオは言葉を返す。しばらく一緒に行動していたせいか、前よりも腹は立たない。チェリオはただ単に不器用なだけとルフィから前に言われたことが今、少し分かったような気がする。
チェリオは言葉をそこで区切り、
「痛かったぞ。今の……」
 顔をしかめ、小さくつぶやく。
 クルトは肩をさする彼に向かって、
「当たり前でしょ。感謝の想い付きだからね」
 とびっきりのウィンクを送った。




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