れっすん・ぱにっく-1





 薄暗くなり始めた廊下に、微かな声が漏れる。
 何かを引っ掻くような音と、ページを捲る鈍い音。
 そして、薄闇を照らし出す煌々とした明かり。
「はい、これは?」
 淡々とした声音で少年は分厚い本を開き、目の前の少女に見せた。
「あう……」
 ぐったりと俯せ、彼女は何処か恨みがましそうな目つきで本を差し出す少年を見上げた。
「ん。これは?」
 白い犬のような形の獣耳を軽く動かし、少年は尋ねる。
ページに視線を移し、紫色のツインテールを机に投げ出して彼女は倒れるように顔を伏せ、 
「……ぅー。レムの意地悪」
 目の前の少年の名前を呼ぶ。
 腕の近くには、もう投げ出されたような置かれ方のペンと紙。
「じゃ、こっちは?」
 気にした様子も見せず、彼は更にページを捲る。
「レムの馬鹿」
 無視され、少しだけ怒気を混じらせつつ呟く。
 だが、やはりそれすら無視し、レムは更に下の行を手袋をはめた指で示し、
「はい、そこのは?」
 聞いてきた。
「レムの鬼」
 特に顔色も変えず、尋ねる言葉に、半眼で少女は呻く。
「そう。で、これは?」
「レムの分からず屋」
 良くそこまで出るモノである。
 他人が見ればそう言っただろう。
 間を置くような、しばしの沈黙。
『…………』
 紫と蒼の視線がぶつかり合う。
そして――
「はい、クルト補習割り増し決定。三割増やすね」
「あぁぁぁぁぁ〜〜鬼だあぁぁぁッ」
 あっさりとしたレムの死刑宣告に、クルトは頭を抱えて半泣きで絶叫する。
 前回の補習後、事あるごとに少女は地下へ連れ込まれ、『補習』の名を借りた地獄のような勉強会を放課後繰り広げていた。
現在もその様な状況である。
 一切手を抜かず、レムは監視の目を光らせ、少しでもだらけたり、ふざけた言葉を返すと解いた問題の倍の量が課題として出されるのだ。
「うう……でも明日は実技でしょ」
「……関係ないでしょ。はい、次」
 答えの書き上がったプリントを纏めながら、レムは少女の言葉に答えた。
「あうーぅ」
 涙ながらに、座った自分の頭上高くまで積み上げられた本の山を眺める。
 魔導理論に魔術の基礎。歴史に数学に地理に古文。
 山のように積み上げられたそれは、恐ろしい事に全て課題。
 ある意味人間の限界に挑戦しているような気がする課題は、目の前の少年から出されたモノだ。
 今まで仕上げたものは、この山の三分の一にも満たない。
 死ぬ気で頑張って、なんとか五分の一行くかいかないかと言ったところ。
 ――レムはともかく、こんなの絶対無理だ。
 目の前の少年はクルトと同い年なのだが、生まれつき頭の出来が違っている。
 つまり、世間一般で俗に言う天才という奴だ。
 努力が才能で負ける等とはさらさら思わないが、目の前に積み上がった本を放課後で全部終わらせられるか、というのはまた別の問題。
 終わらせられる気は微塵もない。
「手が動いてないよ」
 少年は容赦なく止まっていたクルトをせかす。
「は、はいー」
 泣きそうな顔で絶望感に溢れつつ、クルトはまたノロノロと手を動かした。


 話が出たのは、突然だった。
「ああ、そうそう。今度実技やるからね」 
 何時も通りに授業をこなしていた少年が、終了と同時、気が付いたように言った言葉で教室中が騒然となる。
「静かに」
 たった一言。それだけで辺りが静寂に包まれた。
 教科書を並べて仕舞い、
「今回の実技は何時もと違って校庭でやるよ」
 言って外を見る。
 釣られたように全員が同じように見、
「……レム…………せんせー なんですかアレ」
クルトは何とか敬語を保ち、そちらを見たまま引きつった笑みを浮かべた。
 ゴミ一つ無い踏み固められた赤茶色の土。
 白い石灰で線を引き、幾重にも重ね、区切ってある。
 何処かのスポーツ観戦場のようにも見えた。
 だが、一番近いのは……
「見ての通りだけど」
「見ての通りって……なんか。闘技場のように見えるんですけど」
 顔色一つ替えず答える言葉に、げんなりと少女は呻いた。
 やはり冷静に、
「校長先生が言うにはそうらしいよ」
 更にキッパリと、淀みなく告げてくる。
「…………」
教室に、沈黙が落ちた。
「今回はトーナメント制になってるから、死なないように頑張って」
 黒板を消しながら投げやりに言う。
 クルトは紫色の瞳を半眼にし、
「え? いやあのー」
 ストップを掛けるように手を挙げているが、レムは淡々と、
「期間は一週間。その間に情報を集めるなり、魔術の向上を図るなり。
 ああ、この学園内にいる情報通の人から聞き出したら駄目だからね。
 後、姑息な手段を使ったりしたら減点するよ。
 情報収集能力も点数に入れてあげるから、せいぜい足掻きなよ」
 釘を刺しつつ辺りを見回す。
「敗者復活戦もあるから、万が一負けても望みはあるから」
そこまで一気に告げた後全員を見、
「じゃ、頑張って。これで今日の授業は終わり」
 一方的に言って教室から出て行った。
 ガラガラと横開きの扉を閉める音、固い廊下に響く足音。
 それらが聞こえなくなって……
『ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』
 教室中の生徒が、口を揃えて悲鳴のような絶叫をあげた。

実技の名を持つトーナメントの概要はこうだった。
 情報収集をしても良いが、ある教室にいる草色の髪を持つ少年の情報などは聞きに行かない事。
 偉く限定してある気もするが、それは厳しく書かれていた。
別のクラス同士が戦いあう。実力のあるものが一撃で敗退しないように何回か戦闘をし、その戦歴で敗退かどうかを決める。
 そして、敗者を集め、戦わせ、その中からも選りすぐった数名を残す。
 兎に角、要するに――――勝てばいいらしい。


 その大切らしい実技を明日に控えたクルトは、ただいまそれすら無視され居残りのスパルタ授業中だ。
「あううー… 明日早いのにー」
「それならサッサと終わらせてね」
 少女の泣き言を一蹴し、レムはもう一冊本を取り出した―――

 




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