四章:ようこそパスタム教会広報部署−1

校舎裏と体育館倉庫は定番ですよね。


 宿泊を折り入ってお頼みした結果、そんなの後で良いからちょっと来いと言われてしまった。
 これはアレだろうか。放課後に校舎裏にちょっとツラかせやとか言うストーリーの序幕?
 まあ、異世界だから校舎裏はないだろうけど。しかし、暴力沙汰だとしたらどうしよう。
 相手は大人の男が二人と女性が二人。子供の私が実力で勝てるはずもない。
 悪魔に使った力は多分ああいう奴らにしか効かないんだろうし。
 少しドキドキしながら後を付いていく。途中五度ほど転んでナーシャがその度に助け起こしてくれた。
 うう、髪が邪魔だ。あと、彼も捕まってと言うか先に連行されてしまっているので素直に付いていくしかない。
 なんだ、私、結局絶体絶命!?
 神父達が木のドアに手を掛け、運命の扉が開いた。


 亜麻色の髪のシスターが置いてくれたお茶を恐る恐る口に含む。ハーブティに似た爽やかな味わいに口の中の様々な苦みが消える。
 お茶って良いよね、心が満たされるというか。あんなの見た後だから余計にそう思うというか。
 ずず、と啜る私に視線が無数に突き刺さっているのを感じるが、お茶が美味しいので放っておく。私はお茶に忙しい。
 大体、アオに連れてこられて水の一滴も飲んでいない。口に含んだのがあのワインのひと含み。すぐに吐き出したので喉の渇きなんて潤うはずもない。
 どうも暴力的な理由で連れてこられた感じではない。何かよく分からないがおもてなしされているので喜んで受ける。色々ありすぎて身体はへとへとだ。
 私は都会で生まれ育った軟弱者だ。山道を歩くのはしんどすぎる。
「美味しい?」
「とても」
 尋ねられて素直に返事をする。美味しいものは美味しいと告げるのが礼儀だ。
 控えめさが美徳なのが日本人とはいえ、その位の返答はきちんとせねば。
 にこにこ微笑むシスターは優しそうで癒される。まあ、周囲の不良な神父様の目つきが恐ろしいだけに際だって見える事、もう喰い殺さんばかりの視線で。
 相手が図太い神経してなければ見ているだけで泣き出してしまいそうな面構えになってしまっている。幸い私は図太いのでお茶を啜る。
 繊細な彼は手を付ける事もなく縮こまってるけど。
「香草の香りがとても良いです」
 まあそんなこと、と彼女が声を上げ口元を抑えて喜んだ。謙遜しなくてもとても美味しいのに。
「どういう経緯でこうなった?」
 不躾な質問ではなく、捉える方面の多すぎる疑問へ目をやる。
「といいますと」
 ぴくり、と神父の眉が跳ねた。からかった訳ではなく素直に尋ねているだけだ。
 いい大人がそう目くじら立てる事もないだろうに。ふ、と息をついて言葉を変える。
「どういう意味と言う事です。尋ねられている範囲が多すぎて答えられません」
 我ながら可愛げが欠片もないが、仕方ない。敵意か猜疑心かは分からないが、そんな目で見られて良い気分はしない。
「そんなのは決まってるだろ!」
 どんなのだよ。思わず素で突っ込みそうになる自分を留める。不良神父様は意外と大人げないらしい。
「ま、おちつけや不良」
 しおれた煙草に火を付けてボドが息と共に煙を燻らす。
 そうだな不良。
「そういや混乱が少なかったのが気になっていたんだがよ。もしかすると――お嬢ちゃん、がしてくれたのか」
「一応、成り行きでそうなっただけとしか」
 話の分かりそうな彼の質問に答える。伊達に年長者ではない、いやあの神父様がカリカリしすぎてるのか。
 私も出来ればあんな人波の整理なんて疲れる事はしたくなかった。
「そうかい、有り難うよ。おかげで被害が出ずに済んだ」
「いえ、別に」
 ありがたがられる事ではない。大体神が描いた筋が見えてきた私にとっては、むしろやっかまれる位が当然なのだ。
「あの力は何なんだ」
 無駄に怒らせている不良神父様のお言葉には答えてあげたい。しかし、私にも説明が難しい。
 何なんだろう。怒りのパワー?
「さあ……なんともかんとも」
 結局濁す事しかできないで、相手を苛立たせるだけに終わる。
「じゃあ名前! テメェら名前は」
 思わず彼と目があった、そして同時に溜息をついてしまう。
「名前は現在募集中です」
 まるでマスコットや動物園の赤ちゃんの命名募集のようだと思いつつ、お茶を一口含む。
「ちょっと! さっきからはぐらかしてばかりじゃない。名前くらい名乗れないの」
 深紅の瞳に激情をたぎらせ、マーユが椅子を倒し立ち上がった。ナーシャはずっと私の隣で固まっている。
 名乗れないのと言われても――名乗れないんだからしょうがない。

 仕方がないので彼と顔を見合わせる事で何とか意思疎通を図った。言うか。
 というか、言わないと暴れられるだろう。これ以上罪もないナーシャを脅かす訳にも行かない。
「私は名前がないんですよ」
「僕もついさっきというか、ないです」
 私の言葉に彼が頷いて同意する。
「んな事で納得できると」
「生まれた名前は捨てられて、残ったのは私という自我だけです」
 ついでに私の場合姿も捨てられた。
 少年が俯く。自分で告げていてまるで自分の事でないような気すらしてくる。
 だけど事実。
「でも仕方がない。それが神の望んだ事ならば」
 望まれて頷いたのならば、納得するしかない。
 それがたとえ詐欺に近くとも、私はアオと契約したのだ。 

 
「でもお前さんさっき神がクソッタレとか言ってなかったか」
「言いましたよ。ええ、言いますよ。もう言うしかないですよ」
 半眼で見つめられたが、カップを置いて吐き捨てる。
 あの台詞だけで私の怒りが収まると思うか。否、収まる事はない。
 生まれてこの方神に助けられた覚えもない。文字や水にはお世話になったけれど。
 命を助ける為に私を異世界へ渡すと言った神様はあのお調子者だ。
 なにが悪魔から逃がすだ。連れて行かれた先には悪魔、彼を助けられたからそれは無しとしても。
 連続でインプだのなんだのと出てくる出てくる。極めつけはあの悪魔だ。進化の過程を知っていたのだから、私が初めて命を狙われた悪魔位は把握しているはず。
 悪魔を召還した訳ではなくても、この場所に出るのが分かっていた事だとしても。よくもまあ人の傷口えぐり出す真似してくれる。せめて休みを入れろ。
 何が神だ悪魔はお前に違いないぞアオ。しかも顔を隠さないと外にも出にくいという枷つき。こんな人目を引く容姿じゃなくて良いんだよ、多少醜かろうと人目に付かず居たかった。
 こっそりバリバリ悪魔を殲滅してやるつもりだったのに、おじゃんじゃないか。
「何だか訳ありのようだな」
「訳ありというか、ただの流れ者です」
 世界を流れてるって時点で。
「神のお遊びで色々大変な目にあってる所です」
 現在とか。
「詳しく話せねぇ事柄か。場合に寄っちゃあ力に――はなれねぇかもしれんがな」
「でしょうね」
 ボドの分かりやすい言葉に苦笑してしまう。歯に衣着せたりしないのか。
 ま、いきなり力を貸すって言われる方が胡散臭くて気持ちが悪い。
 チラリと彼の方を見た。コクリと頷かれる。まあ、隠しても隠さなくても問題ないし。
 いいか。
「じゃ、簡単に言いますと。私達この世界の人間じゃありません。後、本当に名前無いです」
 沈黙の再来。再び、ぽかんと口を開かれてしまった。
 そうだよな、普通そんな反応だよな。うんうん。


 そうなんですか、と言う反応はやはり返ってこず。年甲斐もなく切れる不良神父をボドが抑え、興奮するマーユを亜麻色の髪のシスターが抑える。
 それを何度か繰り返しつつ、私が生まれた頃から悪魔に狙われていた事、一時間後の死を告げられた事、アオに異世界に連れられる時に彼も一緒に連れてきた事。
 途中一時間って、と聞かれたので一刻と告げると少年が食事を取って軽い休憩を挟める時間ですと説明してくれた。うん、おおむねそんな感じの時間だね。
 説明しても意味がない上に彼の傷口を広げかねないので彼の救出がアオの気まぐれだと言う事は伏せておく。
 そして教会にたどり着き、今に至ったと簡単に要点だけ纏めて話し終えると、少年以外全員が放心していた。
「信じても信じなくても良いですけどね」
 悪魔相手に途中で切れたりしたけれど、お茶美味しいからもうどうでも良いし。
「いや、そらお前さん。……もしかしてその神というか番人っつった奴、何か特徴無かったか」
 特徴、と言われて首を捻る。服は特徴には含まれない。ならばアオを目にして一番初めに感じるのは。
「あおですね」
 ひたすらに深く、澄んだ蒼の瞳。そして記憶にこびり付く異色の蒼い髪。
「待てよ、それは番人の名前だろ」
「いやいやいや、ちょっと静かにしてろ。あおってなにがだ」
 話の腰を折ろうとする神父の肩を掴みボドが私を見た。
「髪ですよ。先端を一掴みくらい、明るい蒼と暗い蒼が混ざっていく。
 丁度海や湖の濃淡みたいに、不自然なのに自然な蒼。違和感を感じさせない異質の髪」
 綺麗で不気味な蒼の色、顔立ちも美形で言う事無い。あの性格でなければな。
 私のたとえにナーシャと彼を除いた全員の顔が引きつった。
「マジかよ。お嬢ちゃんそりゃあお前、異空渡しの旅人(フィムフリィソワ)に掴まったんだ」
 真剣な口調にカップを置いた。
 何だか重要そうな顔だけど。
 フィムフリィソワってなんじゃそりゃ。 

 

 

 

 

 

 

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