十二章:ただいま工事中−4

開いた貌はまるでパンドラの箱のようだと考える。最後に希望が残っているかは疑問だが。


 連れてこられたのは農村に相応しい木で組まれたわらぶき屋根の家だった。
 外観だけではハッキリとは言えないが、教会内全員がお邪魔しても余るほどは広そう。
「……結構大きいんですね」
 うっかり本音が零れる。
「土地だけは余ってるから。村長さんの家見たら驚くよ」
 怒ったような顔はせずにアルノーは小さく笑う。
「やめときます」
 さっきの親方さんみたいな人ばかりとは限らない。
 あの人がこの怪しい格好の私を無視してくれたのはアルノーを信じたからだ。
 長年働いているらしいし、なんだかんだ言って固い信頼関係があるのだろう。
 今日出会った私自身に説得力はない。今度こそ服を剥がれそうになっても文句は言えない。
「それで、私達はしばらくここで待っていれば良いんでしょうか」
 説得にはちょっと時間が掛かるかも、と考え扉の側で足を止めたら背が押された。
 反射的に足に力を込めて抵抗してもずりずりといつの間にか開かれた扉に進められる。
「今日から泊まるからなこの人達ー」
 ペット飼って良い? よりも軽い声音で彼は私を家に押し込み大声で言い放った。
 説明無し!?
 慌てて振り向くとぞろぞろではなく荷物のように詰め込まれる教会の面々が見えた。
 出入り口が人で埋まる結果になり、出ようにも出られない。
 強引すぎだろアルノー。

 歓迎はまっとうといえばまっとうで、しごく常識的な対応だったといえよう。

 突如乱入してきた黒ずくめの小さな人間に、家人は大いに混乱した。
 声無き悲鳴。驚愕で震える空気を布越しに感じつつ慌てる。
 この家に住んでいるアルノーは私を放り込んだ後、旅行中の手荷物のように教会の面々……百歩二百歩譲っても善人面とは言えない連中を押し込めている。
 アルノーのご両親から見れば黒い怪しい人間が来るのを皮切りに不審者が雪崩のように押し寄せたように見えただろう。
「かっ、金はない!」
 当然ながら、強盗と間違えられた。
「いえ。強盗ではなく……失礼します一旦引き返して」
 刺激しないように両手を上げ、後退った背に「ぐぇ」と奇妙なうめき。
 出口がふさがっていた事を思い出す。ある意味逃げ場無し。
 疑惑と恐怖が膨らんでいく。キリキリと胃が痛む。
 じょ、状況説明を求む! この姿でお邪魔したいですなんて口が裂けても伸ばされても言えない。
 ヘルプ。ガイドーー!
 続々と押し込められる彼らを見つめ早く終わる事を心で祈った。アルノー早く来て、というかこの状況何とかしろ。
 明らかに犯罪者を見る目つきになっている彼のご両親が、鎌とか鍬とかを持ち出さないように念を送った。


 教会内の全員を入れ込んで、アルノーが私達を座らせる。
 脅えきった表情でテーブルの隅に隠れていた女性が顔を上げ、震える言葉を吐き出した。
「アルノーその人達は」
 彼の母親だろうか、灰よりも白に近い髪に明るいグリーンの瞳。
 彼女の肩を抱き寄せるのは、父親か。濃いグレー。今まで見た中で一番黒に近い髪だと思った。
 瞳も灰色。アルノーは母親の血が濃いらしい。
「教会の人達。教会の建てかえで宿が無くて困ってるからしばらく泊めようかと思ってさ」
 肉親の恐怖を無視してアルノーは軽く笑う。
「泊まらせて貰えると嬉しいな、と思います」
 黒マント姿では不安しか煽らないだろうが、思わずそう述べる。
 どう思われようが泊まらせて貰えるに越した事はない。毒さえ盛られなければ。
『…………』
 視線が痛い。ものすっごく痛い。
 何故お前覆面の上黒ずくめなんだ。という思いがびっしばし伝わってくる。
 マントの下も目立たないように一応黒いドレスにしてるから、現在の私は完全に漆黒である。
「あ、それと俺後数年で家を出て、この人に仕える事にしたから」
 堂々と告げられ倒れ掛けた。またそんな気楽な口調で爆弾発言を。
「考え直した方が良いですよ、と言って聞くわけ」
「うん、無い」
 断言され、頭を抱えたくなるが我慢する。常日頃から自由にしろと言っていたのは私だ。
 だけど断っても断っても仕えたいってどうなんだ。なんか立場がおかしくないだろうか。
 アルノーの方が強気だし。
 私の側にいる危険性も教えてるし、旨みがない事だって来る間何度も言い含んだ。
 それでも仕えたいの一点張り。道中聞いた性格含めてと言う台詞も私を弱らせる一因だった。
 顔だけなら遠くでも見ていればいい。
 けど性格はどうなんだろう。
 恋愛感情も分からない私には厳しくはね除ける為の理由と言葉が見つからなかった。
「仕える!? 良家のお嬢様か」
「違う」
 父親の質問に首を振るアルノー。
「ま、まさか貴族!?」
 青ざめた顔で母親に尋ねられ、彼が苦笑する。
「まさかー」
 うん、ホントにまさかーな反応です。こんなに口の悪い私が良いところのお嬢様な訳がない。
「貴族なんかじゃ俺は仕えないよ。もっと凄い人だから付いていく」
 更に信じられない発言をしてくれて本気で倒れるかと思った。
 貴族すら、なんか=Bアルノーの基準ってどうなってるんだ。
「し、失礼ですよアルノー」
「貴族と言うだけで充分すぎる。しかしそれより上とは一体」
 良かった、ご両親はそっち辺りまともだ。
「アルノーのご両親、信じて良いんですね」
「はい」
 問いかけると強い声が返ってきた。
 このままでは埒があかないし、もう彼の中でも決まってしまっている。
 覆そうと来たのに言いくるめられるなんて情けない。
「ちょっ!?」
 マントの留め金を静かに外すとマーユの悲鳴が聞こえた。
「確かに覆面と黒いマントでは無礼ですから」
 慣れなくて少しだけ時間が掛かったが、ようやくマントを引きはがす。
 声は掛けられない。黙々と脱ぐ事に集中する。
 証明になるだろう邪魔な髪を引きずり出すと彼の両親が止まった。
 覆面を外し、真っ直ぐに二人を見つめる。
「さて、これが私の姿を隠す理由というわけです」
 息を吐き出して首を軽く傾けてみせる。長い銀の髪が床で擦れた。
「銀髪と金の瞳」
 アルノーの母親が震える指先で私を示す。
「姫……巫女、さま」
 彼の父親からそう言われても反論が出来ずに肩をすくめた。
「こんな風貌ですが、泊まらせて、貰えませんか」
 私の問いに、鈍い音が答えた。
「おお、流石アルノーの両親」
「血は関係ないと思う」
 唸るオーブリー神父を半眼で睨み付けるアルノー。

 ご両親は、私の姿を見て相当ショックを受けたらしく二人仲良く気絶した。
 見事なノックアウトである。
 毎回これだと私、傷つくよ。いい加減。
 それだけ凄い容貌なんだろうけど。
 やはりマントで姿隠すのが周りの心臓と寿命にとって一番良さそうだと実感した。

 

 

 

 

 

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