「一応確認するけど、魔機とかじゃないのよね。魔石が入ってたりしないわよね」
「う、うん。それは大丈夫。魔機なんて……高価な物持ってないわ」
これだけ魔道具があって貧乏と言う気なのだろうかと思ったが口に出さない。
そう言えば、自分の母親ももらい物の魔道具を持て余していた事を思い出したからだ。
五、六個程並べられた道具の中で簡単そうな物を選び。
魔力注入口である部分を、鍵となる言葉を呟いてちょんちょんと軽くつつく。鍵と言っても、あなたの魔力くれますか? の問いに肯定を返すだけの単純作業。
今では大分慣れたが、余り触れすぎると魔力が溢れて道具が壊れる。
「これとこれ終わり」
終了。
「えっ。もう!? あの死んだり」
「……死人がこうやって喋ったら面白いわね。サクサク終わらせるわよ。大体無茶するわね、魔力入れる為に普通命張る?」
魔力を持っているだけと魔導師である事は雲泥の差がある。桁違いの魔力を持った魔導師。それだけで普通ならば寄りつかない。
力を得る前に、滅される。死にに行くのと同じだ。
言われて、少女が瞳を伏せる。深紅の瞳が微かに揺れた。
「パパの。残してくれた物だから」
切れ切れに呟かれた台詞に。クルトは内心諦めの溜息をついた。子供にはどうしても甘くなる。
「……それで命掛けてたらダメだと思うんだけど」
忠告として告げておき、少しだけ難解になっている道具をいじる。幸か不幸か、魔道具の知識があるおかげで注入口を探すのに困る事はない。
何でも知っておくモノよね、と内心思いつつも何となく納得いかない。前にチェリオに渡したマントに試行錯誤した努力が報われたのだけど。やっぱりなんか腹が立つ。
貸しを返したのに、倍で叩き返された気分だ。魔道具の知識を知る切っ掛けがチェリオだという事がムカツクのだ。
覚えたのはクルトの意志で、高威力に練り上げたのも少女自身。チェリオには全く関係がない。要するに八つ当たりだ。
「あの、これもお願い」
「あー。あの物騒なダイスね。どれどれ」
ころりと小さな掌に転がされた魔道具に手を伸ばし掛け、指先を止めてテーブルを示す。今の台詞が鍵になるとは到底思えないが、直接受け取るのを躊躇った。
世の中には渡されただけで発動する物騒な道具がある。注意しすぎて悪い事はないのだ。ということを知り合いを見て身をもって教えられた。
訝しげにこちらを見ていた顔が、はっとした表情に変わった。譲渡式の道具は知っていたのかも知れない。多分、忘れていたんだろうが。
慌てて机の上に転がしてくれた。これで安全だ。
「む、ちょっと弄らないと入れる場所がみつからないわね」
指先を触れさせて、思わず眉をひそめた。厄介だ。
見た目のシンプルさとは違い、複雑な術式が空気中に滲む。
触った程度では魔力補充されないと言うのもめんどくさい。魔道具の命である核の側に注入口があると言う事か。
敵に悪用されない為という理由で難解な言葉の断片、キーを使って核と注入口を守る道具が存在する事は知っていた。
本を読んで「へー」程度で読み流していたモノの、聞くのと目の前にあるのはまた別だ。何度かキーを解き、崩し。それでも道具を壊すことなくこの頑固な正方形の固まりを開かなければいけない。
クルトの本音を言うのならば、すっごい面倒な作業である。投げたい。魔力を抑えて作業しなくてはならないし、パズルを解くように精神集中も必要だ。本来なら誰も居ない部屋で静かにするのが理想的なのだ。
「なんで、貴方。死なないの? 何回か死んでるはずなのに」
「生きてるから」
問われて、ぽつりと欠片だけでも返答する。細かな作業におちゃらける余裕がない。
「お前、これをどういう噂で探しに来たんだ」
言いたい放題言ってる青年を無視して掌を掲げる。第一関門の鍵がどうとか言うのが来たので苦手な感知を駆使して掘り出したワードを突っ込んでやる。
好きなだけ食え、ここにもあるから目一杯食らえと言いたい気分だ。一個でお腹一杯と、軟弱な事を言ってる門番を端に退ける。
ダイスはダイスのまま形を保っていた。まだ関門はあるらしい。
素直に魔力を受け入れろと思いつつ、クルトは心で呻いた。安請け合いするんじゃなかった。
「凄く魔力が強い。人が居るって。異常な程の魔力の持ち主」
四苦八苦を通り越して頭痛を感じているところに静かな声が響く。
「そりゃ、勘違いだ。アレは破格だ。異常じゃない、異能だ。近寄るだけで魔機が壊れるくらいはな」
鼻で笑い、肩をすくめるチェリオに肘を入れたい衝動を抑えつつ作業を続ける。無心だ。今魔力を乱したら作業の失敗どころかダイスにヒビを入れかねない。
「壊れ、え?」
「壊れる」
ぽかんとした声に、楽しそうな青年の台詞。どうも子供はからかって遊びたくなるらしい。
性根が曲がっている。
「な、直る、よね」
「専門家に言わせれば、不可能らしい」
第二関門の門自体を黙らせて、第三関門を問答無用で開かせる。盗賊と言うより強盗の気分になってきた。
「か、返し……」
顔を上げると半泣きの赤髪の少女がいた。
「これの側に足を踏み入れた時点で全てぶっ壊れる。残念だが」
第四段階。慣れると同時に何だか段々面倒にもなってくる。キーを寄越せと偉そうな声が聞こえたので魔力をいじって管を通し、力で操り人形にして内側から開けさせてみた。
丁度中枢機関の部位だったらしく、大量の鍵を持っていてあちこちを簡単に開く事が出来た。
「ちょっとチェリオ。あんた何女の子泣かせてるのよ!?」
作業も一段落。一息つこうと広げていた指先をゆっくり閉じる。
気が付けば、もはや本泣きに入っている少女が目の前にいた。
「いや、事実を伝えたまでだ」
「じ、事実だろうと。なんだろうと泣かせたらダメでしょ」
壊した覚えが幾度かあるのでドモった。
「壊さないで」
「壊れてないわよ。一応確認したけど魔機みたいに繊細なのは無いみたいだし。
大体、魔機がか弱すぎるのよ。ちょっと近寄っただけで普通壊れる!?
そんなに大事ならもう少し丈夫にしろってのよまったく」
懇願されて、今までの魔機を思い出す。段々腹が立って、最終的に暗い声が出た。
「凄い言い分だな。近寄って駄目にするのはお前だけだろう」
「う。だったら迂闊に近寄らないようにすればいいの」
側によるだけで壊れるのがいけない。脆すぎる。
「ほう。触るな、近寄るなって張り紙がしてあったらどうする」
「近寄る」
「迷え、多少は」
「好奇心には逆らえないわ。あー、でたでた。これね」
答えた後、掌を翻す。
ひとしきり大方の機関を意のままにして必要な情報を引っ張り出した。ついでに要らない情報まで零れた。大量だ。
慣れないせいで時間が掛かってしまった。まあ、初めてにしては上出来か。
昔の情報が所々に混じっていたのは、遺跡で拾ったパーツを組んであるせいだろう。
見た目では分からないが情報を引き抜くと頭に古代文字が流れ込んだ。最奥の誰も気にしない場所は更に混沌としている。
現代、古代、消え去った文明に至るまで。どんだけジャンクにすれば気が済むんだという混ざり具合だ。
頭が痛くなった上に、巨人兵器の腕の場所とかどうでも良い情報を飲まされてウンザリする。死霊の王が眠る遺跡とか不吉なワードを残すな古代人。
水晶の作り方は少し興味があったが意識が表裏で分離しそうなのでこの辺りで魔力を伸ばすのを止めた。
無理矢理潜り込んだけれど、長居すると身体の一部が馴染みそうになってしまう。反則的なやり方だが、伸ばした魔力の便利な使い道を覚えてしまった。
(実体無いって便利よねー。でもこれ邪法とか言われたらどうしよう)
言われてもしそうな自分が怖い。しち面倒臭い探りや予測を立てる事すらせずに魔力の指を伸ばし、内部まで貫いて動かせるのが楽しい。
力が少しでも馴染めばそこはクルトの掌の上だ。全ての壁や重厚な扉が紙切れに等しい。
思わず大声で笑い出したくなる。ああ、楽しい。みんなが苦労するのに簡単に解けてしまうのがとても愉快だ。癖になりそう。
難点は深く踏み込みすぎる位か。望むがままにと言う事は、禁忌だろうが何だろうが収められた情報を一歩踏み出すだけで勝手にバンバン吐き出してくる。
そこだけは注意して使わなければならないか、と考えつつも。知ったら知ったで使わなければいいかと楽観的に考える。バレ無ければいい。あっさり渡してくる門が悪い。
「……意外と簡単なのね。基本的なワードを入れてやれば、動く、と」
裏や奥に潜んだ言葉は胸の内だけにしまっておく。アレは裏道で見つけた残骸だ。中身を軽くさらってもろくな情報がない。危険なものの眠る場所を纏めて流し込んだといった印象だ。
「注入口はここね。……よし、これで良いわよ」
軽く指を触れさせて、注入完了。うっかり踏み込んだら洒落にならないので危険地区だけ覚えておく事にした。
特に死霊王の眠る場所。
「あり、がとう」
緊張した声に頷いて、もはや自分の支配下となったワード達を元の配置につかせる。僅か三呼吸分。
元の形に戻ったダイスに空気が揺れた。驚かれたらしい。もう少しゆっくりやれば良かった。
「さあ楽しい宴の時間だ」
危険極まりない言葉達の中に、つい最近注ぎ足された新しいワードを口ずさむ。
「え」
「……さあ。私を楽しませて。を後からつけると良いらしいわよ」
目の前の深紅の少女によく似合う台詞だと納得し、告げる。
「半々の確率を百発百中にする魔法の言葉よ。後付で作ってあったわ。良いお父さんね」
クルトの言葉に少女が息をのんだ。娘を気に掛ける父親のプレゼントだ。
魔術師に頼んだか自分でやったかは知らないが、なかなか粋な事をしてくれる。
「今疑問に思ったんだけど、後ろのワード入れてなかったわよね」
――素敵なパーティの始まりね。
酒場に響いた彼女の台詞に混ざったキーは半々の確率にする合図。
「知らなかったもの」
あっさり答えられて脱力する。
「本当に博打で勝ったのね、良い度胸だわ」
「そうでもないとお前に勝負は挑まないだろ」
「ま、そうなんだけど」
「今更だけど。あの、お礼」
「本当に今更だけど、要らないわよ。良い勉強になったし」
「意外と早かったが、お前ああいう事が出来なかったんじゃないのか」
ああいう、とは細かな作業という意味だろう。
「これでも進歩してるのよ。苦手苦手で済ませる訳も行かないし」
「何時覚えたんだ魔道具」
にやり、とチェリオの口元がつり上がる。こめかみが引きつった。
「乙女の裏を知ろうとすると命が危ないわよ」
わざとからかおうとしている事に気が付いている為、低い声で脅しておく。最近は加減を覚えてくれているので、逆鱗に触れるような真似はしないだろう。
「そうか」
案の定あっさり引き下がったことに安堵する。
「パーティの始まり」
「は?」
前方から飛来してきた物体を、何故か払う事をせずに受け止める。固い手応えに思考が悲鳴を上げた。
何受け止めてるのか自分はたたき落とせば良いではないか。でも抗えない引力があった。掴まなければならないような。……って暗示か!
今まで気が付かなかった自分へ突っ込みを入れた。そして来るべき衝撃に身構える。
ガコォーーン。景気のいい音がして、ばた、と目の前にいた少女が地に伏せた。
「ぎゃーーー!?」
冗談のような光景に思わず悲鳴を上げる。
上から降ってきた。タライが。反響音が妙に耳に付く。
「初めて負けたわ。私の完敗よ」
大きめのタライに押しつぶされたまま彼女が親指を立てた。
「馬鹿な事言ってる場合かッ」
魔力を少々付けた足でタライを蹴り飛ばす。雷ではなくタライが落ちたのは父の愛の賜物なのだろうか。
跳ね飛ばされたタライは中で舞い、空気に溶けるように消えていった。
「全戦全勝だったのに」
痛みに顔をしかめながら頬を膨らませる紅い髪の少女を助け起こす。
「いきなり何してるのよ。魔力込めたから威力上がってるのに!」
「自分の運を試したかったの」
「あたしで試さないでよ」
無償で魔力を入れてやった上に実験台にされるとはもう、怒りを通り越して笑うしかない。
子供でなければボール代わりに足で飛ばして何回舞うか試している。
「とにかくありがとう。これで外に出られるわ」
「どういう事?」
「自衛手段が魔道具だったから、外に出られなくなっていたの」
「それでこいつに喧嘩を売るか」
「……その状態で命狙いに来る大胆さに涙が出るわ」
紫の髪をかき乱し、クルトは息をつく。
「嬢ちゃんあんた――」
震える声に振り向いて、また難癖でもつけるかと考えていた自分が甘かった事を知る。
否、難癖の方が可愛らしい。
指先に自分の紫の髪を巻き付け、弄び。空気を吟味する。美味しくない。味覚でたとえるなら、苦みと渋みと辛味しか感じない。
どす黒い何かが辺りを覆う、緊張感がそこかしこから垣間見え。
脅えているだけなら良いが、隠しているつもりだろう魔力が揺れている。
魔物と戦う時に幾度か感じる焦燥感。勝てないけれど勝ちたいという欲望が露出している。
要するに、酒場にいる大多数が心の内で舌なめずりする気配が感じ取れたのだ。
どいつもこいつもいい加減にしろ。
心の中で毒づく。小さい子供の頼みならまだしも、何が悲しくて油代わりに自分の力を分けなきゃいけない。
「良いわよ。あたしの魔力欲しい人は外に出なさい。扉は壊さないように」
胸の内を飲み込んで、代わりの言葉を吐き出す。そんなに魔力が欲しいのなら。
くれてやる。
お望み通り、好きなだけ。溺れてしまう程に魔力を与えて上げよう。ワード探しの旅でタガが緩んだのか、妙な高揚感がある。
静かに微笑むクルトに恐れをなしたか、外の方が動きやすいと感じたかぞろりぞろりと空気が移動していく。
「行くか」
店の中にいた人々の半数が外に出ると流石に気になるのかチェリオが声を掛けてくる。
「いらん。この子と話してて」
珍しい気遣いをバッサリ切り、据わった目でクルトは立ち上がった。
これで店での乱闘は避けられた。じゃあくれてやろう。アホ共に。
扉を開くと軋んだ音がする。そう大きな音ではないはずだが、過敏になった彼らを震わせるには充分だったらしい。
そんなに怖いなら出てこなくて良いのに。
ゆったりと焦らすように歩いてやる。怯えながらも後ろから付いてくる魔力の群れ。人達より群衆の方が似合うくらいに膨らんだ人数が収まる場所まで移動して、足を止める。
振り向くと、また動揺が空気を震わせる。いちいち大げさだ。
欲望に忠実なのは生き物の悲しい性か、とクルトは辺りを見回した。
やはりというか何というか術師が圧倒的に多い。後はごろつきから戦士に全身鎧の不審者と。
前者は魔力目当て、後者は魔力による金銭目当てだろう。
「宝珠くらいは持ってるのよね。そうでなくても欲しいのならあげるわよ」
まあ、宝珠があろうが無かろうがどうでも良いのだ。
両手を軽く広げ、随分慣れた魔力の練り上げを行う。ヒッ、と息をのむ声が術師達から聞こえた。
「魔力攻撃か!?」
攻撃態勢に入ったと勘違いした輩が無粋に斬りかかってきた。確かに魔力だけの攻撃は存在する。
ただ、それは魔導師にはとても危険な作業。一般的な魔力ならば死すら覚悟しなければならない。
似てるけど違うわね。とひとりごち、両手を合わせてそれを軽く握り込む。
斬りかかってきた剣士は弱くなかった。踏み込みも鋭く、一振りで空気ごと華奢な少女の身体を切り捨てられただろう。
彼が振りかぶるより早く、クルトの掌でそれは完成した。突風を凝縮したような衝撃が前面へ向かう。
事態を把握する前に、鎧を纏った剣士は跳ね飛んだ。
鈍い光が拳程の玉を作り、ゆったりとクルトの眼前で浮いている。
「この魔力。欲しいなら取りなさい。好きにすると良いわ」
練り上げて凝縮しても魔力は魔力。何の細工も施していない。目に見えるようになっただけだ。
辺りに伸びる圧力も、力の一部だ。
恐る恐る一歩踏み出した魔術師の杖から澄んだ音が響く。
「ま、魔石が!?」
「凝縮して浮かべただけだけど。あるわよ、魔力」
魔力をあげる。方便だろうと、嘘は言っていない。
魔術音痴でも本能的に身を引くくらい強い力の固まりでも、手に入れられるのなら黙ってくれてやる。
「ば、化け物」
か細い非難とも悲鳴ともつかない声が響く。分かっているなら逃げれば良い。化け物を倒せるかも知れない期待があるから彼らは来た。
せいぜい丁重にもてなして健闘を称えてやろう。背後からでも切り刻もうとする奴らに良心なんて揺らすだけ勿体ない。化け物相手に頭から囓られないだけ幸せだと思えばいいのだ。
固めた魔力に息を吹きかけると軽く揺れる。それだけで周りが動揺するのが分かる。
それもそうだろう、魔力とは言わば力の固まりだ。一般的な魔導師が魔力を吹き出して竜に致命傷を与えた事例もある。
そんなモノを出しておいて、ここまでけろりとしている人間もいないだろうが。
「や、やめろ! 町が吹き飛ぶ」
「吹き飛ばさないわよ。魔力欲しい奴さっさと持って帰ればいいじゃない」
折角魔力を出して上げたというのに酷い言い草だ。
黒く染まった敵意が薄れてきている。だけど、欲望はまだ空気を汚している。
指先で魔力を弾き、群衆の一歩側まで置いてやった。
小さな悲鳴に呻きとも喜びともつかない声が混じっていたのをクルトは聞き逃さなかった。
「いるの? いらないの?」
詰問調になってきた台詞に数人が導かれるように指を伸ばし。
たちまち絶叫が上がった。
「お前謀りやがったな!?」
ガタイのいい男が唾を飛ばす。とうとう堪えきれずに吹き出してしまった。
「あははははは。馬鹿ね、もうほんと馬鹿らしいわね。そうなるのが当たり前じゃない」
馬鹿だ。本当に馬鹿だ。知らないにしても限度がある。
人には魔力容量というモノがある。水を受ける器のようなものだ。
だというのに、彼らは桁外れと言われるクルトの魔力をそのまま小さな器で受け取ろうとした。
まさに滝を小皿で受けるに等しい愚行。馬鹿馬鹿しすぎて笑いが出る。
青ざめた魔術師達の目が信じられないと言いたげに魔力を見ている。
どの位の力かは分かるのだろう。怒鳴られたが、こちらとしては精神がひび割れなかった事を感謝して欲しいくらいだ。
「なによ。誰もいらないの?」
「無理だ。白銀の鎧までイカレちまった。そんなもの手に負える訳が無い」
からかい混じりのクルトの問いに疲弊した男の声が答えた。少女より十程離れたくらいか。青年と言い切れる程の年の差がある。
並んで通りすがりの人々に聞けば強そうなのは騎士のような鎧を着込んだこの男性だと返るだろう。騎士に見える要因だった白銀の鎧はどこをどうしたモノか、縦に亀裂が入っている。
自分より年下だと分かる少女の魔力を欲しがる人間が正規の騎士ではないだろう。時々騎士は見かけるが人間の欲は持っていても理性的なブレーキを掛ける。それが騎士という人種だ。プライベートと仕事への切り替えが瞬時に出来る場面を見た時は感動したものだ。
「分かってたわよそんなの」
はっ、と息をついてみせる。いい加減にして欲しいと思って吐いた息は、挑発的に見えるだろう。
「何だと!?」
「ここまでしないと、分からない馬鹿が多いじゃない。欲しい奴は持っていけば。
宝珠で五十は下らない量あるけどね」
さらりと告げた言葉に、見事に場が固まった。
術師も固まっていたのはある意味予想外だったが。魔力を練りすぎてどの位あるか計れなかったようだ。
「寄らないでっ!」
一歩近寄ると、恐慌状態に陥りそうな位に脅えた女性の魔導師が居た。別に彼女はどうでも良かった。
浮かせていた自分の魔力に指で触れ、感触を馴染ませる。
「寄らないわよ。あんたら、次寄ってきたら、分かるわね」
告げ、掌に収め、握りつぶす。残滓すら残さずに自分の力を飲み込んだ。
「なんで」
眼前の女性が怯え混じりの声を上げる。簡単な答えに思わず口元が釣り上がる。
馬鹿らしすぎる。そんな分かりやすい事を聞くなんて。
「自分の力を元に戻して何が悪いの。じゃあね、次は良い獲物居ると良いわね」
掌を広げて吐き捨てると、相手が地面に座り込むのが分かった。振り向けばもう全ての人間が後ずさりしている。
酒場へと足を向け、心の中で含んだ笑いを上げた。無駄な時間だ。魔力で判別すればどうなるか分かり切った事なのに。
下らない。馬鹿らしい。飲み込んだ自分の魔力に気持ちの悪い力が僅かに付いていて違和感を感じる。
すぐに魔力にもまれて消えてしまうだろうが、気色が悪い。腹立ち紛れに呪詛らしい力を引きはがして地面に叩きつけ、粉々にする。
返すのすら面倒くさい。今の壊し方だと、本体はしばらく動けないくらいになっているだろう。
同じ事を考える術師は多かったのか、幾つか残っている気配がある。腹立ち紛れの陰湿な呪詛を握りつぶして踏みつける。倒れた後数日悪夢にうなされても、悪魔が出てきても自業自得だ。
酒場への道すがら、少女を引き留める声はなかった。
暖かい紅茶にたっぷりのミルクを入れて、更に大量の砂糖を投下する。
愛想のない青年の顔が一段と険しさを増す。
「止めないの」
話して待てと言われたが、共通点以前に面識すらない青年と、紅髪の少女に談笑が出来る訳がない。
沈黙続きだった空間に、少女が亀裂を入れた。
「何をだ」
砂糖入れすぎだろうと心の中で突っ込みながら、答える。
紅い瞳を瞬いて、生クリームのように力を込めて、ぐるりぐるりとかき混ぜ。
「あの虐め」
更に砂糖を入れた。紅茶が溢れ、思わず呻きながら外の尋常ではない空気に耳をすませる。
濃い魔力に悲鳴、絶叫。クルトの表情に苛立ちが混じっていたのは感じていたが、予想通り恐ろしい事になっているようだ。
「…………何時もルフィが居るから任せていた」
大方隣に少女の幼馴染みの少年が居て、怒りをそれとなく緩和してくれる。
だが、今は居ない。止めないの、と問われたのが自分だと気づくのにしばらく掛かった。
それだけ慣れない状況だ。
「それで」
その人誰、と話の腰を折ることなく頷く。外の声は切羽詰まっていた。
悪いが、どうしようも出来ない。
「止め方が分からん」
深い溜息が出た。正直真正面から止められる自信がない。
「なら、仕方がないわ」
気持ちを汲んでくれたのか、静かになった酒場で、ミルクティーを啜り少女は頷いた。
《ダイス/おわり》 |