ダイス-4





 ダイスを弄ぶ少女の姿を見つめ、クルトは悩んでいた。
 ここで出るべきか、様子を見るか。
 どうする。側にいる青年の目もそう言っているようだった。
「仕方ないわね」
 どう転んだとしてもあのドレスの少女が魔導を扱えるモノではない。それは確か。
 溜息をついて立ち上がるとチェリオも頷き。
「いう゛っ!?」
 イスを蹴飛ばして向かおうとした腕が不意に掴まれぴんと背中が反り、妙な呻きが唇から零れた。
 捻ったのか鈍い痛みのする肩ごしから相手を睨む。
「や、やめとけ嬢ちゃん。相手は複数だぞ」
「ええい、意気地のない! 女の子が困ってたら助ける! 自然の摂理でしょうが常識なのよ怖いなら黙って座って彫像の振りでもしてなさい!」
 振り解こうと腕を揺らすがなかなか外れない。
「ちょっとチェリオ。剥がして。これ」
「いや、そうしたいのは山々だが」
 彼はちらりと自分の腕を見る。
「そっちもか! 怖いんなら震えて縮んでなさい。邪魔だから掴むな、動けない」
 フルネームを教えれば直ぐに離れてくれる気もするが、強すぎる恐怖心で掴んだまま放さなくなる可能性もある。
 かといって蹴るのはそれはそれで大人げないというモノだろう。
「……蹴らないのか」
「何を驚いてるのよ。理由無く蹴らないわよ!」
 自分の評価に改めて疑問を感じつつ牙を剥く。
「一応か弱い乙女とやらが被害に遭ってるようだが」
 それでも理由にならないのかと眼で尋ねられ、クルトは腕組みしようとして腕が動かせないことに気が付き、首を傾けた。
「う、ううん」
 そう言われると心が揺れる。
「悩むのか」
「いや、うーん。まあちょっとくらい蹴ったって死にはしないわよね」
 青年の突っ込みに言葉を濁し、声を潜める。
「最近お前の蹴りには磨きが掛かってるからな、どうだろうな」
「微妙に嬉しくない褒めコトバ有り難う」
 腕を思い切り動かしてみるが、大人二人程に押さえつけられているのでは幾ら場慣れしているとはいえ厳しい。
 腹に一発蹴りを叩き込んだ後肘打ちすれば直ぐに大人しくなるだろうが、善良な一般市民にそれをするのは多少なりとも躊躇われた。
 しかし重いわ暑いわ五月蠅いわの良いトコ無しでちょっとくらい実力行使をしても良いかとも思えてくる。
 迷い、実行に移すべく腕を折り曲げた少女の耳に。

 雷鳴が轟いた。

 刹那の閃光。
「チェリオ。今日曇りだった!?」
 耳鳴りのする耳を軽く押さえ、思わず尋ねる。
「いや、快晴。室内も雷雲はなかったと思うが」
 腕の拘束が解けた青年が首を横に振った。クルトとチェリオを除きほとんどが座り込んで尻餅をついている。
 あとの者はただ佇み呆然と立ちつくしているだけ。
 倒れている彼らを見つめ、彼女が笑った。この場にそぐわない程艶やかに。
 天災であるはずの雷に倒れた者達を一瞥した後、紅い髪を揺らし、少女は口を開いた。
「あなた、魔導師ね」
 お願いと、小さく付け加え。酷く真っ直ぐに目標を見つめ、
「死んで頂戴」
 回る状況に動けないクルトに、静かに告げた。
 

 

 


 氷のように張りつめた、冷たい空気をクルトの一言が振り払った。
「な、なんの事。魔導師なら他にも一杯居るでしょ。ほら、フード被った人とかその辺りに!
 観光気分で入り込んだ年頃の乙女掴まえても良いこと無いわよ?」
 現に周りにチラホラとフードを被った魔導師のような人間。本物の魔導師と入り交じってこちらを眺めている。
「そうね。見た目はそうだけど……見た目だけなら誰だって出来るもの。私みたいに」
 心の中で「う」と呻く。確かに人間見た目では計れない。
「だからって、あたしが魔導師という理由にはならないわよね。
 というかその、百歩くらい譲ってそうだとしてもいきなり死んでとかは物騒だと思うのよ」
 魔導師の卵ではあるが、いきなり死ねと言われるのは常識的に考えて穏やかではない。
「結果的にはそうなるなら、どちらでも同じだもの」
 物騒だ。非常に物騒な台詞である。幾ら外界に魔物が闊歩していたとしてもおっそろしい事を抜かしてくれる。
「へ。へーわてきかいけつを、望む。ていうか人というか職種違いだから他当たって下さい。あたしは一市民なのよ」
 普段無駄にトラブルの種が転がっているので、最近は食傷(しょくしょう)気味だ。たまにはゆったりとした休日を貰いたい。
 殺す殺さない等はもってのほかだ。
「嘘」
 一刀両断された。
「嘘じゃないわよ」
「つまらない嘘」
 またしてもキッパリ言い切られ、息を吐いて自分の紫の髪を軽く掻き上げる。
「だーかーら。あたしはただの一般的な」
「あなた、クルト・ランドゥールでしょう。私はあなたに用があるの。普通の魔導師は要らない」
 まずい。
「……人違いだってば」
 すまし顔で答えながら内心少女は焦っていた。
 まずいまずいまずいまずい。
 フルネームを知っていて尋ねてくるのは大抵ろくな用事の連中ではない。
 既に死刑宣告されている時点で普通ではないが、最近では妙に名前が広まっている事もある。
 好きこのんでややこしい事柄に首を突っ込む気はない。命が掛かれば尚更だ。
「紫の髪。小柄。童顔。髪の色だけでも直ぐ分かるわ」
「……知り合いの魔術師に染めて貰ったの」
 童顔と言われて反射的に拳を固めかけたが理性で押しとどめ、取り繕う。
 染めては居ないが、髪を紫に見せることは難しくはない。
「染められることは知っているけれど。その色を出すのは難しいと思う」
 痛い一言に内心引きつりつつ、
「ここ学園とかあるでしょ。色々そう言うのに凝ってる人が居て、その人の新色なの」
 術者が研究中ふとした切っ掛けで新しいモノを生み出してしまうことは珍しいことではない。
 クルト自身経験上幾つかあるので相手も否定できないはずだ。
 少女は口元に指を当て、すこしだけ考える素振りを見せ。
 表情を動かさず手元のカップを腕で払い、クルトに目掛けて叩きつけた。
 反射的。そうとしか言えない速度でクルトは身体を捻りかけ、テーブルを蹴り倒し。
 自分の空になっていたカップを投げつけた。
「爆弾でも仕込んでいると思った?」
 クスリと笑う声にギシリと意識が揺れる。ハメられた。舌打ちをこらえて唇を噛む。
 こうなっては護衛を従えた世間知らずでは通らない。何しろ、その護衛より早く身体を動かしてしまった。
「…………そうよ。魔導師よ。それがどうしたって言うのよ。
 別に魔導師が悪いって訳でもないんでしょ。何で酒場に来ただけでクルトとかいう奴と間違えられるのよ」
 噂は一人歩きして人相まではばれていない。それに紫の髪だけで目的の人物であるという根拠もない。シラは切り通す。
「まだ嘘をつく。本当は避けられるのに後ろの人達を庇ったのね。噂と違って優しいのね」
「その噂は知らないけど。反射的に身体が動いただけで他意はないわよ。大体いきなり人様に物投げるなんて信じられない」
「魔力測定器って知っている? 魔力感知は荒く魔力を削り出す。測定器はその通り、測定。幾ら魔力を隠しても漏れる力は抑えられていないのは知っていた」
 紅の瞳が静かに細められ、クルトはその言葉で観念した。ハッタリだとしても、測定器まで持ち出されてはごまかしきれない。
 大方魔力を抑えていると言ってもまだ上手い方ではないのだ。普通であれば揺れ、不安定な魔力が身体から漏れ出る。無理に安定させた少女の魔力は揺れる事はない。
 相手に悟られない程度に一定の濃さで留まるだけだ。
「何が目的よ」
 半眼になって乱れた紫の髪を手櫛で直す。もう開き直るしかない。これで酒場デビューはおじゃんだ。
 背後から聞こえる悲鳴と好奇の視線が痛い。絶対に次からは入店禁止だろう。
 泣いてやる、喉の奥で怨嗟の呻きを漏らしながら拳を固める。
 不幸になる代わりに理由くらいは聞いてくれる。ヤケとも言う。
「魔力」
「そう」
 あっさりとした返答に溜息が漏れる。知り合いと言い目の前の少女と言い、魔力を欲しがる人間はどうしてこう大事を好むのか。
 魔力が高いのは便利ではあるが、(かせ)も多い。制御に周りへの影響。考える事もたくさんある。
 そして、手っ取り早いという理由で他人の魔力を抜きたがる人間も多い。大抵の場合は力が欲しいという欲望が理解できるくらいに弱いので靴底一発で黙らせてきた。
「んで、魔力抜いてどうするのよ。悪魔契約、魔力売買、それとも世界征服?」
 利益の為だけにクルトへ近づく人間も多いが、大概はリスクの大きさに断念する。
 ただ、魔力が欲しいという理由で、どうして死んで欲しいかは理解できた。
 人間ある程度魔力を抜かれれば、衰弱死する。死ね、と言う事は余程大量に魔力が欲しいのだろう。
「魔導具に。魔力入れて欲しいの。でも、沢山魔力がいるのよ。だから――」
 死ねと。
 勝手だ。もの凄く勝手な話だ。人を油と間違えていやしないか。
 ウンザリとした息を飲み込んでクルトは頷いた。
「良いわよ。入れてあげるから見せなさいよ」
「だから死んで……」
 決死の覚悟で言ったであろう台詞は、クルトの言葉で固まった。
 沈黙。
「なにしてるのよ。数が多い? 一個、二個? あー、それとも八個くらいあるの?」
 面倒くさげな台詞に相手が深紅の瞳を大きく開き、引きつった声を漏らす。
「ま、待って。魔力を入れて貰えるのは嬉しいけど。……死ぬのよ。良いの?」
 死ねと言いながら、今更尋ねてくる。
「寝言は寝てから言う。はいちゃっちゃと出してー!」
「う。あの……専門の人に聞いたら、二人分かもっとそれ以上の魔力が必要だから。死んじゃうわ」
 状況を理解していないと思われたのか、わざわざそんな説明までくれる。魔術を囓っていれば大体どの程度のリスクかは察しが付く。
 並の術者なら命惜しくて断るものだ。反論も馬鹿馬鹿しくなってクルトは肩をすくめた。
「口答えしない。出しなさい。死なないから」
 殺すと言ったり死ぬのを怖がったりと忙しい少女だと思いつつ、クルトは溜息を吐き出してテーブルの上を指さした。



 




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