でーとコネクション-5






怒っていた、と思われた少女は意外とご機嫌だった。
「じゃ、次は何処に行く?」
「任す」
 鼻歌すら口ずさみそうな少女に、愛想の欠片もない返答を返す。
「んじゃ、れっつごー」
 今度は普通の速度で町並みを歩く。
 見えたのは、一軒の店。
 少し見るだけでは他の店と代わりがない。
 だが――――
 店先で目を引くのは(おり)に入れられた動物たち。
 何かの卵が厳重に鍵を掛けられ、仕舞われている。
 一番目立つのは古びた看板。
 視線を僅かに上に上げ、見えたのは、普通の文字に混じらせ、模様代わりなのか魔法文字で書き込まれた魔導の文字。
 どうやら、そんな店らしい。
 クルリと回転し、紫の髪をなびかせ、大きく手を広げて、
「ここに入る!」
 と言い放つ。
 一番入りたかったのはここの店の様だ。
 前々から少しは興味があったので、文句はない。
デートには全然相応しくない場所だったが。
まあ……元よりデート自体の意味すら知らない(と思われる)彼女は、特にそんな事を気にはしていないだろう。
扉を開くと、澄んだ銀のベルの音。
 そして、湿った空気と数種の薬草の香りが出迎えた。
 照明はランプが少し。
 種類が豊富、と言うよりも雑多な印象を受ける店を見渡す。
 何か良く解らない玩具のような物。
 握ると何故か叫び、炎をともす剣。
 僅かに光り輝く小さな胞子が詰められた瓶。
 客が入ってもずっと俯いたままの店主。
 等々。
 棚には、変なのか凄いのか良く解らない物が多々納められていた。
 いや、店主は商品ではないが。
 適当に種別にされた魔導書を眺める。
 「炎の使い方」「明るい生活の知恵」「薬草のみわけかた」…etc.
 初心者向けの本がズラリと並んでいた。
目当ての物が見つからなかったのか、お金が足りなかったのか。
 不機嫌そうにぶすっとした顔の少女が、
「もうでよっか」
 と言ってきた。
 他の店に比べて居心地は良かったが、特に長居する理由も見あたらず、頷いて外に出る。
 少し開けた場所に着き、
「ふう……ちょっと疲れたわね。あたし、少し…えと」
 言いにくいのか、モジモジとして歯切れの悪い言葉を紡ぐ。
 チェリオはそれを見、
「トイレか」
 真顔で言う。
『ズバッと言うなズバッと! デリカシーがないッ』
 とよほど言おうかと口を開いたが、堪えて笑みを浮かべる。
「う、うん……だ、だから少しここで待ってて。
 丁度ベンチもあるから、その辺りに腰掛けててよ。すぐ戻るから」
「ゆっくりしてきて良いぞ」
 去りゆく少女にささやかな心遣い……では無論無く、本音の言葉。
 少し何か言いたげに振り向いたが、小さく嘆息し、紫水晶の髪をなびかせ、少女は雑踏の中に消えた。
微かに。人の声が耳を薙いだ。
 風切り音。
 いきなり背中に痛みが走り、肺から空気が漏れる。
衝撃は後から来た、マトモにぶつかったせいで緩和できず、前方に思い切り叩き付けられた。
 悲鳴が幾つも交錯する。
 何人か通行人を巻き込んだ気もしたが、それを無視し、跳ね上がるように立ち上がり、後ろを振り返った。
見えたのは燐光(りんこう)を放つようなほの白い羽。
 次に知覚できるのは背中に感じる柔らかな感触。
「…………っ!?」
 そして桃色の髪が見えた時には、チェリオは背中の物体の引きはがしに掛かっていた。
「きゃ〜」
 何故か楽しげな悲鳴を上げ、それはますます強く抱きつく。
「最悪だ」
 桃色のクルリとカールされた柔らかな髪、肩口から覗くのは白い腕。
 柔らかな羽が背中から迫り出して居るのが見える。
「チェリオさん〜私ですよ〜えんじぇですぅー」
 ソレはのんびりとした口調で言う。だが、言葉の割にはシッカリと抱きついたまま離れない。
「私ぃ〜えんじぇですよ〜」
 だから放して居るんだ、と言う暇も惜しみ、やはり引きはがしに掛かる。 
 この脳天気な天使のような物体には、前、閉口するほどの害を受けていた。 
初対面の時、風邪気味のチェリオに何を思ったか通常の倍の風邪薬……しかも自作を身の丈大の注射で打ち、
 更に凶悪極まる歌で危うく永眠させられ掛けた。
 いまだに思うが、こういう危険人物が何故保健室で待機して生徒の治療をして居るのか謎だ。
 彼は気が付いていないようだった。
 倍の薬も、気合いの入った子守唄も可愛い乙女心の気遣いの表れだとは……
 まあ、気が付いたところで彼女のした行為が変わるわけでもない。
特にチェリオの苦手人物には上位に位置している天使の少女。
 必死になって振り払おうとするが糊でくっついたように、一向に剥がれなかった。
「あら。何をなさっていらっしゃるの?」
 更に気分をどん底まで叩き落とす高飛車な声が横合いから聞こえた気がした。
 気分的にはもう現実逃避をしたいくらいだ。
流石に無視するわけにも行かないので、顔を向ける。
「……まあ、庶民は庶民同士。お似合いですわね」
予想通り、ドレスに身を包んだ少女が緩やかにウェーブする髪を掻き上げ、切れ長の瞳を細めながら嘲るように整った顔を歪めた。
 横にいるのは付き人なのか、黒い服に身を包んだ男が数人。
「きゃ〜♪ お似合いですか〜」
(頼むから余計な事はいわんでくれ)
「ええ、お似合いですわよ?
 薄汚い服に身を包んだ方々同士、さぞ気がお合いになるんでしょうね。
 羨ましいですわね、流石恥をお知りにならない庶民ですわ。
 こんな白昼堂々身を寄せ合うなんて、はしたなくて私には出来ませんわよ」
言葉の中身の割には淡々と言ってくる。
「きゃーv うれしいですぅ」
 いい加減鬱陶しくなってきた締め付けを思い切り振り払い、声を上げ掛け――
「……いい加減はな……!?」
止まる。
 振り払ったのは良い。ソレは良かったのだ。
 だが、振り払う方向がまずかった。
 敢え無くはじき飛ばされた少女の身体が、先ほどまで朗々と言葉を紡いでいた少女にぶつかり、
 バランスを崩した二人が彼の方に向かって倒れ込んでくる。
 しかもえんじぇのほうはしぶとく片手が肩に絡まっていた。
「え……きゃ〜〜」
「な、なんですの!? きゃ」
「おまえら、暴れるな!」
 少女二人の声と、青年の声が混じり合い、横で見ていた群衆と付き人達の声があがる。
そして。
 法則には逆らえない。
 三人は一緒くたに地面に倒れ込んだ。
「…………なんて一日だ。厄日か?」
 鈍い痛みを感じ、口から突いて出るのは何かを憂うような掠れた言葉。
 そして、下から声が響いてきた。
「ちょっ……は、離れて下さりません事!? 
 わ、私にはルフィ様という心に決めた方が。み、見つめても駄目ですわよッ!
 ああ、ルフィ様殿方に身を一瞬でも預けてしまった私をお許し下さいませ」
 とか何とか良く解らない言葉を口走った。
 こういう言い方をしているのを見れば婚約者か恋人のように聞こえるが、
 実際は少女がルフィを一方的に慕い、慕い、慕い、慕いすぎて相手に怯えられている。
ソレより問題なのは地面。
 妙に柔らかだとは思っていたが、構図的に見ると組み伏せているように見えなくもない。
 急激な展開でボンヤリと回らない頭で考える。
 後ろにも何かが居る。
 まあ、考えるまでも――――
 そこで思考が途切れた。
 何か固い物を潰すような鈍い音が響いたからだ。
視線を少しずつ音の聞こえた方にずらしていく。
「…………」
 紫水晶の瞳と、目があった。
 ―――――最悪だ。
 これ以上なく最悪だ。
 呆然としたように佇み、コチラを見つめている。
 瞳の中には怒り、憎しみ、悲しみの色は見えなかった。
 怒ったようには到底見えない。
 両手に何かを持ち、時間が止まったようにコチラを凝視していた。
 だが、何も感じていないワケではない事は、先ほどの鈍い音を聞けば分かる。 
少女の足下を見る。
 地に落ちている白い何かは、流れだし。白い筋を作っていた。
どうやらアイスを両手に抱え、戻ってきたらしい。
 恐らく…信じられないが…一つは青年の分。
 それも先ほどコーンが砕け、二つとも地に落ちた様だが。
「…………」
 少女の瞳が僅かに細まった。
 グシャリと、両手に握られたコーンの部分しか残っていないアイスの残骸が粉末を散らし、砕け散る。
「……そう……成る程。成る程……そうなのね」
 小さく、か細い声が漏れ出る。
 理解できずに、チェリオは呻いた。
「何がだ?」
「あたしと行動する最中に姿を消したのは……こういう……」
 バリン、と幾分形状を留めていた欠片が砂塵と化した。
 手の平を軽くはたき、それを捨てる。
 少女の心に渦巻くのは、理不尽な怒り。
 ―――言われた通り頑張って洋服選んだのに。
 ―――何を着ていくか、良いの選んで、選んで選んで、
 時間ギリギリになるまで15年の間でも指に数えるくらいもの凄く迷ったのに!
……なのにこの男は、人に色々注文付けたあげく何人も又掛けてデートだか何だか知らないけど、いちゃいちゃと!
 せめてのお詫びと感謝に持ってきたアイスを届けようと来たら、この有様。
 怒りより先に、冷たい物が感情を覆い隠す。
(……兎に角、ゆるさん)
「…………何か知らないがもの凄い誤解が有るような気が」
 鋭い視線を受け、取り敢えず弁解をしようと上げた視線は、
「言いたい事はつまりこうでしょ? さっきの居なくなった時間に他の女の子の所に行ってた。仕方ないんだ。
 でもってこの押し倒してるのもしかたがない、と」
 全然違う。と言いかけた言葉も少女の静かな声音によってかき消される。
「そーよ。確かに誰を何処で押し倒そうとも、二対一でも関係ないわよ」
そこまで言われて、漸くどのような勘違いをされたのかに気が付いた。
「ちょっと待て! これは事故で」
「もう知らない、馬鹿ぁっ!」
 言葉半ばに妙に可愛く言う少女の右手が閃いて。
 ズゴウッ、とあまり楽観視できない音が轟く。
 先ほどブツブツと言っている間に何らかの呪力をまとわりつかせたのだろう。
 彼女の細腕には似つかわしくないほどの力で、青年は勢いよく宙に放り出される。
勿論、近くにいた二人の少女も巻き込んで。
「最低ーーーーーーー!」
 うるんだ瞳で、容赦なく。本当に容赦なく火炎を放つ。
炎が青年を巻き込みながら辺りを舐め焦がす。
 ひとしきり姿が見えなくなるほど術を叩き込んだ後、
「ふんっ、知らないんだから、もう!」
 と、やはり頬をふくらませ、異常なほど女の子らしい仕草になる。
破壊跡とは微妙にミスマッチな姿。
「ふう。これで可愛い女の子な反応は出来たかしら」
額を拭い、不自然にキラキラした笑顔で帰路につく少女の後ろ姿へ、『全然』と突っ込みを入れられる者はその場に居なかった。



路地裏で 煤けた瓦礫を避け、顔を覗かせる。
 ガラリ、と固い音が立ち、身体に乗っていた壁の一部が地に落ちた。
 不思議な事に傷はない。
 妙に頑丈な身体が少し恨めしかった。
 背中にいた天使も、前方にいた金髪の少女も吹き飛ばされたのかもう居ない。
 自分を吹き飛ばした元凶も恐らく帰ったのだろうか。辺りは静かな物だ。
 まるで、何事もなかったかのように……
「…………不条理だ」
 何故かゴミ箱の前に座り込み、青年は誰ともなしに呟く。
 なう、とゴミ箱にいた仔猫(こねこ)が声をあげる。
「…………なんで何時もこうなるんだ?」
 恐らく独り言なのだろう言葉は続く。
「……濡れ衣だ。誤解だ……どうしてこんなのばかりなんだ」
 その切実な言葉に耳を傾けてくれるのは、
 ゴミ箱と――
「なぉ?」
 小さな仔猫だけだった。

《デートコネクション/終わり》




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