でーとコネクション-4






 悪魔に、商店の建ち並ぶ路地に引きずられるように連れ込まれる。
「わぁ♪ 沢山あるー」
 悪魔は無邪気な微笑みを浮かべた。尻尾はきっと千切れんばかりに振られているハズだ。
 尻尾があるはずの場所を眺める。
 しかし、良く見ても、やはり尻尾はない。
 じゃあ、羽はどうだ?
 恐らく闇すら塗りつぶしてしまいそうなほどの漆黒の翼が無邪気な少女の背中に――
 付いていなかった。
「ねえねえ、何処見よう☆」
「……というかお前が連れ込んだんだろう無理矢理」 
 瞳の中にきらめく星を見たチェリオは、そこで現実逃避を中断する。
 今感じるのは、世界征服でも滅亡でも侵略でも良いからこの無邪気な顔をした悪魔から解放されたい、という小さな願いだけ。
他の奴ら同様、冷たく突き放しても良いのだが、そうすると辺りの建物ごと壊滅させられそうなので出来なかった。
 自らの無力さを心の底から感じる。
 だが、彼は気が付いていない。
 本気で実力を出せば、魔術を放つ前に少女の息の根を自分が止められる事に。
 いや、思い付きもしなかった。
「そうね、だから。色々見て回る事に決定!」
「…………」
 どういう経緯でそうなったのかは分からなかったが、
 俗に言う飾り立てられた道具や服を眺めて楽しむ『ウィンドーショッピング』とやらをすることに決まったらしい。
(女の買い物は長いからイヤだ……)
 げんなりとする。恐らく何時間も何時間も同じような場所に連れて行かれ、
 あれが良いか? これが良いか? と延々と尋ねられるのだろう。
「で、金は有るのか?」
「ううん。見るだけ」
 即答される。
 見るだけ、と言う事はやはり無意味に店巡りをさせられるのだろう。
 まあ、この少女が他の女達と同じように長々と店に居座って選別するようにも見えなかったが。
「よし、じゃ、れっつごー」
「……ふう」
 疲れたため息一つ。
 ―――結局、チェリオは悪魔の誘いを断る事が出来ないのだった。




「つぎつぎつぎー」
 引っ張られる。
 もう何回…何十回なのかは分からないが、店の出口から引っ張り出される。
 やはりここの店員も他の店員と同じ様な、目を点にした間抜けな表情で『有り難う御座いました、またお越し下さい』の、
 『あ』の字すら紡げずに固まっていたのが視界の端で行き、過ぎた。
 過ぎたのは自分の方だが。
傍目から見れば動きにくそうな格好の少女は、
 いつもよりよほど素早いスピードで青年の手首を掴んだままあちこちの店に先ほどのようなつむじ風を巻き起こす。
 勿論そのつむじ風の中心部は、この少女と青年。
半刻すら店に留まった記憶がない。
 軽く眺め、次の店、次の店に行く。
 よほど飽きっぽいのか、興味がないのか、今日中に全ての店を廻るつもりなのかのどれかだった。
「おい……次は何処」
 言葉が終わる前に横合いからマントがもの凄い力で引っ張られ、為す術もなく少女の掌から引きはがされる。
 チェリオは石畳の固い地面に打ち付けられる前に軽く指先で床に触れ、衝撃を軽減した。
 あぐらを崩して座り込む様な形で地面に残される。
 その身体が路地裏に引きずり込まれ……
「さー次よ〜 あれ? チェリオ軽くなった? ま、いいか行こう!」
 落ちた事にすら全然気が付かず、彼女は元気よくそう言うと近くの店の中に消えた。 
「な、なんだ? 一体」
 呆然とその姿を見送る。
 いまだにマントは縛り付けられたかのように動かない。
「…………」
 だが、それは些細な問題だ。
 迫り来る問題に比べれば。
 ゆっくりと、振り向く。
佇むのは先ほど烈火のごとく怒り狂って去った女だ。
 怒りも何もなく、ただ冷たい表情でコチラを見返している。
 まあ、それはどうでも良い。それも些細な事。
 小さく嘆息し、指先で栗色の髪を掻き上げ、掴まれたマントを剥がそうとして気が付く。
 力が強すぎる。
「…………」
 視線を漸く上げ、マントを眺めた。
 白い布を掴むのは女の腕ではなく――――無骨な指。
(マントが汚れるな……)
 感想としてはそれだけ。
(破れなかっただけマシか)
思ったのはその位。
 微動だにしない青年を睨み付け、眼前に仁王立ちになる女は声を張り上げた。
 見た目は二十は越えていそうだったが、まだ若いのか声は幼さが残る。
「この人、この人だわ! ちょっと顔が良いからって言って私の事馬鹿にしたの」
 した覚えはない。
「それで、邪魔だから消えろとかいったあげく、小さな女の子を彼女にしてるのよ!」
 びし、と指を突きつける。
 全く持って身に覚えがない。
 あまりの言いがかりに軽く頬を掻く。
「今、私の事を見てあざ笑ったわ」
 どうやら頬すらマトモに掻かせる気はないらしい。
 ため息だけでも『私の事を侮辱している』と言われそうだ。
「…………」
 視線だけを動かし、後ろを見る。
 大木と言って差し支えのない腕で白いマントを大男が、握る、などの生やさしい言葉では足りないほどの力で鷲掴みにしていた。
 前日少女から救い出した部分だ。
 昨日でも軽い皺が付いていたが、これは深刻に深いシワが出来そうだ。
(……シワが……)
もう諦めるしかないだろう。
 後で地道に布を伸ばすしかない。
絡まれている事よりも面倒くさがりの彼にとってはそちらの方が大問題だった。
「…………」
 恐らく目の前の少女が雇った護衛か、見つけてきた適当な男、と言ったところだろうゴロツキを軽く睨む。
 大男は僅かに気を飲まれ、身体がビクリと揺れた。
(シワ取るのは大変なんだが)
 一瞬みせた鋭い視線とは違い、心中でどうでも良い事を深々と嘆息する。
 よほどイヤらしい。
「…………」
「な、何よ! 何か言いなさいよッ」
 まくし立てる少女の言葉を聞きながら瞳を閉じ、
「―――退()け」
簡潔に、だが分かりやすい警告を紡ぐ。
「な、ななななななな何でアンタの言う事なんて。
 わ、私に恥をかかせる様な奴は八つ裂き、八つ裂きなんだから!」
 耳障りな声が返ってきた。
 どうやら負けん気だけは強いらしい。
 知り合いの悪魔と重ね合わせ、憂鬱なため息を吐く。
 空を見上げる。
 あまりのんびりは出来なかった。
 事を素早く進める必要がある。
「今急いでる。去れ」
 二度目の警告。
「い・や・よ」
 受け流される。
 気のせいかマントにこもる力も徐々に強まっているようだった。
「こっちも切羽詰まっているんだ。最後の警告だ。去れ。
 去らないと」
 一旦言葉を切り、
「……どうなっても知らんぞ」
静かに見つめる。
「そ、そんな脅し怖くないわよ。
 た、体格差があるし、それに顔だけ良さそうなそんな奴なんかに」
少女の言うように、確かに後ろの大男は体格は良い。
 まあ、そこそこ力もあるだろう。
 だが、知らないのだ。彼女は。
 身体の大きさや、外見が人の実力に繋がらないと言う事に。
これは世間一般で言うキツイお仕置き――社会勉強が必要だろうと判断し、
 チェリオはマントを持つ大男の指を一本ずつゆっくりと引きはがす事にした。
 特に顔をしかめるでもなく青年が静かに指に手を掛けたとたん、男の顔色が変わる。
顔が徐々に赤くなり、そして青ざめていく。
 こじ開けると言うよりも、綿毛を軽く触れ、外すような抵抗のなさでマントから指が一本ずつ放されていく。
「なっ……なにしてんのよ! 遊んでないでこんなやつちょいっとやっつけ」
 言葉がそこで止まる。
 見たからだ。
特に力を入れているようにも見えないチェリオの指が、無理矢理押さえ込もうとしている力を難なく引き離す様子を。
 丸太のような腕がガクガクと震え、男が荒い息を吐く。
 だが、顔色一つ変えず、青年は全ての指を解放させた後、掴んだ腕の処遇に少し困った様に辺りを見、
「……さ、て……この木偶(でく)の坊をどうするか。
 まあ、こうするか」
 声音すら変えず言い捨てた後、軽く腕を捻る。
 あまりにも軽すぎて何をしていたのか分からないほど。
 フワリと巨体が浮き、そして現実味のある音をたてて地に沈む。
 何かを折るような、鈍い。嫌な音が薄汚れた路地に響いた。
 そして凍るような絶叫を上げ、指を押さえて男が呻く。
「ん? 力加減を間違えたな。……まあ、退けと言って退かないお前が悪い」 
 見ながら笑うでもなく、無感情に告げる。
少女がすとん、と地べたに座り込む。
 滑稽なほどカタカタと酷く震え、目は恐怖で虚ろう。
(ようや)く、自分がチェリオの実力を大幅に見誤っていたことに気が付いたのだ。
「コチラも命がけだからな。次は邪魔するな」
 そう言い捨て、
「あぁ、まずい…。凄くまずいな。
 お前達が変な邪魔をするからもう少ししたら悪魔が殺しに来るかもしれない。
 見つかる前に早く合流しないとヤバイな」
少し大げさとも思えるほど大きく頭を振り、路地の先を見る。
訳が分からない、と少女は思った。
 あんな…あんな化け物のような奴が殺されるわけが―――
 そこで、少し甲高い声が響き渡った。
 びくり、と青年が僅かに震える。
「チェリオーーーーーーー早く出てきてよーーーー
 もう、出てこないと怒っちゃうわよー」
 思わず頬が緩みそうな程の脳天気な少女の声に、青年はサッと顔を青ざめさせる。
 誰が見ても変な光景だった。
 先ほど苦もなく素手で大男を叩きのめした青年が、少女の冗談とも思える言葉におののいている。
「もの凄くマズイ。このまま俺はここで生涯を終えるのか?」
しかも、こんな台詞を呟いているのだ。
 からかわれているとしか思えない。
「コイツを突きだして事情説明をすれば命が延びるか? 
 いやしかしアイツの事だ『うそつけ』の一言で却下されるに相違ない」 
 大男を見、ひとしきり言った後、頭を振りながら呻く。
「チェリオーーー今なら怒らないから出てきてよーーー」
 やはり明るい声音の少女の声が辺りに響く。
 決断は、一瞬。
「………今すぐでるか」
ふざけているとしか思えない少女の言葉を聞き、青年は少し安堵したようにすぐさま振り向き、裏路地を後にした。
「…………なに…いまの」
 残された少女は。タダ呆然と、座り込んだままだった。

 




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