でーとコネクション-1





 空が青い。いや、もう(あかね)色の光が徐々に青空をむしばみつつあった。
 名前も知らない鳥が、緩やかな円を描きながら滑空していく。
 窓の側の木々を眺める。風は無く、木立はザワリとも囁かない。
こういう日は、見晴らしの良い場所に行くと、夕日が綺麗だろう。
……夕日も良いが、それが闇に移り変わる様を眺めるのも興味深い。
「ちょっと、アンタ人の話聞いてるの?」
視界一杯に少女の顔が映り込む。
 物思いにふけるところを無理矢理中断された。
いや、現実逃避を中断されられたと言った方が正しいか。
 眠りを半場で醒めさせられたような心地の声で、呻く様に口を開く。
「あぁ……聞いているような、聞いていないような」
「どっちよ」
少女は半眼になりながら、腰に手を当てる。
高めに結い上げた紫水晶(アメジスト)のツインテールが動きに合わせて揺れた。
いつもは好奇心に満ちあふれた瞳の輝きが、今は呆れと言う文字で埋め尽くされている。
「人が喋ったらぼけーっと窓眺めはじめて。チェリオ、失礼にも程があるわよアンタ」
 腰に当てていた片手を上げ、人差し指を立てて『ダメよ〜?』と言うように軽く左右に振った。
少女に睨まれ、チェリオは気のない声で答えながら、目に掛かりはじめた自分の栗色の髪を、長めの指で軽く退け、
「……いや、少し『空が青いな』と思ってな」
「あお、い?」
 そう言われ、空を習って見上げる。
「赤いわよ」
 彼女が言うように、空は見事に赤かった。
 僅か。だと思っていた時間だが、空が(くれない)色に変わるには十分すぎるほどの時だったらしい。
 軽く頭を振り、
「……そんな気がしただけだ」
「むー? まあ、いいけど。で、返事は?」
「…………」
 少女は答えを求めてくるが、
 ―――さっきなんて言ったんだ、衝撃が大き過ぎて忘れた。
 などとは口が裂けても言えない。
可愛い顔に見合わず、彼女の攻撃には情け容赦がない。
 蹴り、拳、魔法。アリとあらゆる手段でもってチェリオを倒しに掛かるだろう。
 いや、殺される。
 特に、さっきの長い沈黙が、彼女の言葉の後、『……もう一度言ってくれ』と聞き返す事にすら気が回らず、
 現実逃避していた故の沈黙だという事が分かれば、即刻死刑モノだろう。
「もう一度言え」
 何故か機嫌が良さそうだった少女の周りの空気が、重くなる前に取りあえず聞き返す。
 背に腹は替えられない。
「いいわよ。―――と言うわけで、デートして!」
どうやら聞き間違いではなかったらしい、と何度も言葉を咀嚼して飲み込んだ後ようやく気がつく。
「は? 熱あるか?」
彼が思いつく限りの第一声は、コレだった。
 栗色の瞳を細め、僅かに口元を歪める。
 いつもなら、罵声が飛ぶところだったが、少女は特に気が悪くなるでもなく、笑顔で首を横に振った。
「全く持って正常よ」
「…………一体どういう風の吹き回しだ? いつも何時も俺を目の敵にする奴が」
 チェリオの言うように、少女は彼を目の敵のように毎回攻撃をしかけていた。
 だが、主語を抜かして喋るチェリオも悪いと言えば悪いのだが…
 彼女はその言葉に頷きつつ、ポケットから二枚の紙を取り出し、ピラピラと振る。
「あ、うん。だから、無料招待券がペアであるのよ。二枚よ二枚」
 どうだ、と言うように軽くチケットを回し、チェリオが頬杖を突いている机に置いた。
「……招待券? ルフィと行けばいいだろう」
勢いよく置かれたため、風圧で移動しようと模索していたチケットを、軽く人差し指で制しつつ、少女を眺める。
「ルフィはダメ。『ゴメン、ちょっと、その…明日は家庭教師の人が来るからはずせなくて』とか言ってたから」
 ぷう、と軽く頬をふくらませ、嘆息する。

 空色の髪、少女じみた大人しそうな顔立ち。少し自信のない表情、仕草、ルフィが彼女に誘われた時の光景が目に浮かぶようだ。

「……じゃあ他の奴を誘え。ナニも俺に来る事はないだろう」
「レムは三日くらい完徹してて、言えば来るかもしれないけど流石に寝せ無いとダメだし、
 スレイはバイト、マルクは見つからないし、ケリーは勉強!
 校長に頼むのなんか絶対イヤだし、ソレで明日時間あいてそうな暇な奴と言ったらチェリオくらいしかアテが――――」
乱暴に椅子を引くような音に反応し、少女は慌てて青年のマントを掴む。
「ああ、待って待って。無言で去らないでよ」
「たらい回しか、しかも最後の。離せ、俺は帰る」
一気に声のトーンが下がったチェリオを見、
「そんなそんな、どーしてもチェリオが来ないとダメなのよ。
 ね、ね、ね、ねっ? お願い〜 後生だからさ」
 必死になって頼み込む。
「ふう…まあ、聞くだけ聞いてやらないでもないが」
 青年は、渋々、といった感じで席に座り、向かい合った。
「うん、だからね」
「ああ」
「使用期限が明日までだから、勿体ないし。しかも男女じゃないとダメだから女友達は連れて行けないし、
 連れててまあ、見てくれが良さそうなのは男子の中で一応アンタも何とか収まって……」
 スタ…スタ…スタ
 床が靴で擦れるような音を耳ざとく聞きつけ、立ち上がる。
「って……ん? ああッ、音もたてずに居なくならないでよ!」
「誰が行くか」
「ええ!? どうしてよっ」
 力一杯否定の声をあげるチェリオを見、クルトは何故か驚愕の声をあげた。
 どうやら今までの発言に悪気はないらしい。善意も感じられないが。
 憮然とした声音で、彼女を見やり、
「どうしてもだ」
一言の元に切り捨てる。
「そんな事言わないで」
少女もしつこかった。
  紫水晶の瞳を潤ませ、必死に頼み込む。
 だが、留まらせているのはマントを力強く掴む手だった。
「…………」
 しばしの黙考の内、青年の心は傾いていく。
 ここで無駄な労力を使う方が疲れないだろうか。
 コイツのしつこさは筆舌にしがたいモノがある、何度煮え湯を飲まされて―――
「そうだな……」
 少し愚痴になりかけたところで、チェリオはある取引を持ちかけた。
取引と言っても、ほんの少しささやかな事。
 ただ、無条件で少女の言う事を聞きたく無いだけだった。
彼らしいと言えば、彼らしいであろうその言葉に、しばしクルトは渋面になり、渋々。本当に不承不承頷いた。

 




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