大地と水晶-1





「いつまで付いてくるのよ」
 青年とバッタリ出会ってしまったのはただの偶然。校庭を何となくふらふらと当てもなく彷徨って、ぶつかり掛けて気が付いた。狙って出会った訳ではない。
 早く分かれようと足を向ける先に、何故か青年が居て、また歩みを早める。
 そんなことを繰り返し。間の抜けたことに校庭を二人でグルグル回っていた。
「別に、向かう先にお前が歩いているだけだ」
不機嫌そうな言葉に、少女はふわりと新緑色のマントをなびかせ、
「なぁーによ。あたしが悪いって言うの? それに、向かう先が同じなんて変なこと言わないでよ。なんか似たような思考回路と習性持ってるみたいで嫌だし」
 腰に手を当てる。ふい、と顔をそらし、素っ気なく方向転換。ず、と砂を擦る音が横合いから聞こえ、なんとはなしに視線を向けた。
『…………』
 青年も全く同じタイミングで、同じ方向に向きを変えたらしい。二人似たような顔で絶句する。
「だ、だから。何で付いてくるのよチェリオ」  
 両手を腰に手を当てたまま、威嚇するように呻く。動きに合わせ、彼女の艶やかなツインテールが跳ね上がる。射抜くように睨み付けられ、青年は栗色の瞳を細め、
「付いてきたのはクルト、お前の方だろう」
 口元をつり上げる。からかうようなその口調に少女は半眼になり、頬を膨らませ、腕組んだ。
「違うわよ。自意識過剰男」
 冷たくそう言い、そっぽを向く。
「自意識過剰女」
後を続けるようにぽつりと一言。
「何ですっ……なんか、こー。あんたと話すたんびに思うんだけど」
 囁かれた言葉に反応し、ばっと顔を上げ、噛みつき掛けた言葉を少女は疲れたように飲み込んだ。こめかみを押さえ、呻く言葉の端々に何処か倦怠感のような物がかいま見える。
「ああ」
「息切れするまで叫ぶたびに、ああ、なんかあたし無駄なコトしてるなーと思うのよ」
 無表情に頷く青年に僅かに視線を掠めさせ、鉛より重い溜息を吐き出す。
「言えてるな。大体突っかかるお前が悪い」
 軽い肯定と冷たい視線。同意は得られたようだが、言いたい台詞は伝わらなかった。
 取り敢えず彼の襟首を掴み、
「そう言う返し方するアンタの方が悪いわっ。こ・れ・だ・か・ら、乙女心の何たるかが分からない奴は〜っ」
 思い切り揺らす。
「何を言う。俺は元来平和主義者だ。ついでに、乙女は何処に居るんだ」
 真顔の答え。二枚どころか舌が百枚位に割れているんじゃなかろうかと喚きたくなるのを堪え。
「嘘付け。何処の世界に女に剣突きつける平和主義者が居るのよ! ここにいるじゃない立派な乙女が。ほら、ここに」
 ばん、と叩きつけ気味に掴んでいた手を解き、自分を示す。青年は持ち前の運動神経をフルに発揮したためか転けもせず、躰を安定させると自分より目線が低い所にある少女の頭に手の平を置き。
「みえん。お子様なら目の前にいるが。よしよし」
 あろう事かぐりぐりと撫で回しながらぽんぽんと宥めた。
「うあーーこいつはーーー」
 腕を振り回しても届かないため、地団駄を踏みつま先で地面を抉る。
 結局、どちらも譲らないのでいつもの口論という名のじゃれ合いに発展する。
「……無駄に疲れたな」
 体力を消耗したのか肩を揺らし、うずくまる少女に視線を向ける。
「どっ、同感」
 頷きながらクルトは大きく息を吸い、
「はぁーーー」
 吐き出す。
「どうした」
 溜息ではなく、少女が浮かべた暗い表情に青年は眉根を寄せる。
「いや、なんか、毎回毎回やってると最近じゃ叫んでないと調子がでないような気が。
 変な習慣が付いたじゃないのどーしてくれるのよまったく」
 腰に手を当て睨む。憮然とした声が帰ってきた。
「俺のせいか」
 当然の抗議だが少女は大きく頷き、
「間違いなくアンタのせいよ。この先他人に叫ばなければ体調不良を訴えるような奇妙な身体になるんだわ。きっとそーよそうに違いないのよ。そうなったら一体全体どう責任……は取らなくて良いけど、本当にどうしてくれるのよッ」
 断言して歯を剥く。
 が、チェリオは反論をもせずゆっくりと歩み寄り、肩に手を伸ばす。
「お前……」
 近寄ってきた顔に後退る少女。性格は最悪で性根辺りはねじれ曲がってる彼だが、悲しいかな見た目だけは悪くない。反射的に跳ね上がりそうになる心臓を宥めるが、弾みのついた鼓動は収まらなかった。
 落ち着け。落ち着けあたし。見た目に惑わされるな前にいるのは変態だ。
 自分に活を入れ、
「な、なに」
 吐き捨てようとした声がどもったのに気がつき、クルトは顔をしかめる。
 一拍、二拍、三拍。たっぷりと彼は少女を見つめ、
「あんまり叫ぶとそのうち血管切れるぞ」
 そんなことを言ってくる。クルトの僅かに浮かべていた戸惑いが平坦になり、そして満面の笑みに変わる。ゆっくりと手の平をチェリオの頬に添え、 
「……あはははは。いやだなーチェリオったらぁ。
 あんたね、だぁーーーれのせーだと思ってるのよ〜。もう、そんなことヌケヌケと言う口は、こ、れ、な、の、か、し、らー? このお口?」
 優しく掴むと加減無く力一杯横に引いた。笑みは変わらないが声は零下だ。
「いひゃい。やめお」
 幾ら整っている顔でも引き伸ばせば原型も分からない。元よりそういうコトで手を抜く気もなかった。更に容赦なく引く。充分痛くなっただろうと言うところで手を放し、
「次言ったら首しめるじゃなくて折るわよ本気で」 
 ふう、と溜息を吐き出す。赤くなった頬を両手で押さえ、
「お前が言うと洒落にならんぞ」
 呻くチェリオ。クルトはこっくり首を縦に振り、
「だって本気だもの。洒落になるわけ無いじゃない」
 あはは、と気楽に手を振った。目は笑ってない。
「そうか、って、何かが間違ってる気がするぞ」
「きのせーよ。ん?」
 から笑いをして肩をすくめ、向けた先の光景に言葉を切る。
 遠目なので確実だとは言えないが、視界の先に移る人影。
 ボロボロの暗緑色のマントを纏い、帯剣をした男性。剣士か何かか。
「あら……」
 違和感。
 魔術師の卵が集う学園に不釣り合いというだけじゃなく、こちらに視線を向けていることにも激しい違和感を感じた。
「どうした。間の抜けた声を上げて」
「抜けてないわよ。ただ、えっと、あたしの気のせいかな」
 口を尖らせて反論するが、その台詞も曖昧に終わる。
 剣士は少しずつ歩みを早める。向かう先がこちらに見えるのは目の錯覚か。
 何か得体の知れない感情が限りなく増殖し始める感覚。
 これは、何だろう。違和感か。それとも別の予感か何かか。
(あの人から睨まれた気がするんだけど。顔に覚えはないし。でもなぁ)
口の中で呟いて頭を振る。記憶にはなくとも、何か魔術の余波を受けたとかそう言う文句があるのかも知れない。
(ここしばらく観客は巻き込んでいないと思うんだけど。するとアレかしら。
 数日前ちょっとだけ倒壊させた校舎にたまたま居た不幸な人とか)
 そこまで頭の中で呟いて、ふと気が付いた。向けられた視線を直線にすると微妙に少女を逸れている。
「ん? でもあの人の見てるのって」
 直線が交わる場所にいるのはただ一人。先ほどからブツブツ独り言を言ったり首を傾けたりと面妖な動作を繰り返すクルトを不審気な眼差しで見つめている、この青年のみ。
「見てる」
 眉根を寄せるチェリオ。もどかしげにクルトは大きく手を振り、
「ほら、あの人。さっきから妙に熱い視線を注いで」
 言葉が途中で噛み千切られる。指した先には、その人が居た。
「魔剣士、チェリオ・ビスタだな」
 十歩も離れない場所から、真っ正面からこちら、いや。青年を見つめ、剣士風の男が口を開く。クルトは彼と、チェリオを交互に見。
「何よ、チェリオ。また変な事でもしたの?」
 相手の険悪な視線に首をすくめ、軽くチェリオを睨む。
「いや……しらん」
言葉が終わる前に、銀の残滓が少女を掠め、青年を薙いだ。
「……っ」
 一般人では到底無理な反射神経を持って青年は身を引く。
 千切れた紙のような白い物が宙を舞った。
「…………へ」
 一瞬の出来事にクルトは反応できず、間の抜けた声を漏らす。
 少女の方を軽く眺めた後、気が付いたように青年は纏っていたマントの端を持ち上げ、小さく嘆息する。
 溜息に視線を動かすと、裂けたマントが映った。
「……良い挨拶だ」
 手を放し、チェリオは皮肉げに相手を見ながら瞳を細めた。 
 触発されるように相手の青年も間合いを取る。
 そこで、我に返った少女が混乱し掛かった脳みそをほぐしつつ、二人を睨み付ける。
「あの、えっ。えーと……ちょっ、ちょっと待ってよ。こら、そこの二人いきなりあたし置いて話し進めないでよっ」
 このまま行けば悲劇のヒロイン取り合いの図、ではなくオブジェと化した少女挟んで本気の鍔迫り合いになる可能性が大だ。
 危ないから下がっていろ、ひとけがないところでならな、とそのくらいの気配りが欲しいところだが、チェリオという青年に、その辺りの心遣いを求めるだけ無駄というモノである。
(一応あたしはか弱い女の子なんだから、そんなのまっぴら御免よッ)
 連日平和とはかけ離れている事は確かだが、流石に飛び交う血潮、裂かれる肉等という血なまぐさい事態は避けたい。
(ただでさえ最近、まともな女の子が体験しないような事ばっかり立て続けに体験してるし)
 これ以上ややこしいことにならないように、出来る限りの笑顔を浮かべ、「落ち着こうよ、ね」と首を傾けた。
 ちょっとだけ泣きたくなるような少女の心情とは裏腹に、相手は冷たく一言。
「女は黙れ」
 冷たいを通り越してぞんざいな態度に、ひく、とクルトの口元が引きつる。
「あー。もう遅いと思うがこいつを適当にあしらうと後々怖いと。やはり遅いか」 
「……ふ、ふふ」
 愛想笑いに近い微笑みがバラバラと崩れていく。青年が腕組みつつなにやら言って居たような気もするが、この際どうでも良い。
自分のこめかみの辺りからブチ、と言う音が聞こえた気もしたが、もうその辺りもどうでも良い。
「あ、のねぇ」
 取り敢えず。引きつる頬をなだめることは諦め、
「女は黙れ、静かにしろ? いい加減失礼過ぎるわよ。何よその言いぐさ。さっきの剣だってあたしのこと掠めたじゃない。見ず知らずの相手には剣を向けてはいけませんとか習わなかったの。あげく乙女を無視して決闘? 勝負? ふざけんじゃないわよ、最近の剣士って奴は礼節とかそう言う物も知らない無礼千万な馬鹿が多いわけ!?」
 反論の隙さえ与えずまくし立て、びし、と指先を突きつける。
「だから止めろと言ったんだが」
溜息混じりの青年の台詞。少女の性格を把握した上での的確な指示ではあったがやはりというかなんというか遅かった。
「……外しただろう」
 まくし立てられた抗議に相手の殺気が薄れる。その瞬間を見逃すクルトではない。
「外せばいいってモノじゃないでしょ。アンタ初対面の相手に紙一重で剣振られて楽しいの!?」
 追撃の手はゆるめず苛烈さを増していく。その内襟首を掴んで振り回しそうでもある。
「乙女の頬とか髪に擦り傷なんてつけようものなら、子々孫々まで呪い続けたあげく恥ずかしすぎて表に出られないような様々な噂を広めムグっ」
「お前が口を出すと話が先に進まん。黙ってろ」
ノリにノッていたクルトの声は口元を覆う掌で留められる。
「むぐーむぐぐー」
 反論はくぐもった呻きになった。
「で、何用だ」
「用は察しが付いて」
 険悪な少女の唸りを気にせずに話は続く。
「むむーむむー。むぐむぐ」
 クルトは顔をしかめ、息の出来る隙間すらない手の平を叩く。無駄に頑丈な青年は動じない。両腕を振り回すが真面目な雰囲気でスルーされる。いい加減呼吸が出来なくなってきているのだが、口を塞ぐ青年は全く気が付かない。
「…………居ると思う、が」
「むむむーむぐむぐむぐ」
 両腕を振り回し、足をばたつかせて暴れると、流石に気になるのか二人の会話が止まった。
「口ふさがれてる時くらい静かにしろ。緊張感が無くなる」
 なにか言いたそうだったが無論そんなことはどうでも良い。
 揺れそうになる意識を引き伸ばし、青年の手が緩んだのを切っ掛けに束縛から逃れる。
「ぷはっ。し、死ぬかと思った……」
 数度深呼吸をし、新鮮な酸素を肺に送り込む。薄れ掛けた視界は何とか元に戻った。
 心配どころか迷惑気に睨んで来る栗色の瞳を軽く見やった後、
「はいはい分かったわよ。男と男の話し合いなんでしょ。
 邪魔な女は黙って離れて傍観しておくわよ」
 腰に手を当て言葉を吐き出す。
「離れるのは良いが、去らないのか」
「ん〜。だって面白そうだし」
 半眼で視線を落とされ、悪戯っぽく笑うと肩をすくめる。
 ふわりと肩に掛かった紫の髪の毛が跳ねた。気楽で気軽ないつものノリだ。
 だが、平静を保ったままだが少女の心中はおだやかではなかった。
(というのは表向きね。この剣士に背を向けるのは何となく危ない気がする)
 にこにこと笑顔を保持したまま頭の中で手を考える。先ほどの相手の動きを考えるとむやみに動き回るのも危険だ。良く見ていなかったのもあるが、軽く打ったとしてもかなりのスピードだった。ここから脱するのが一番だとは思うが、気まぐれで本気追撃されたら洒落にならない。まだ数手も合わせてない現時点では相手の力量は未知数。しばらく傍観者に徹する必要もあるだろう。チェリオをエサにして見てるだけとも言う。
「……まあいい。用があるなら用件を言え」
 見かけののんきさとは裏腹に、少女がせわしなくクルクルと思考を回転させているのは気が付いているのか、諦めたようにチェリオは嘆息した。
「用向きは、剣を交える。それだけだ」
 剣を交える。ようするに決闘しろと言うことか。
 生徒の護衛、なんていう地味な役職に就いているチェリオだが、裏かどこかのリストには結構大きく載っているらしい。多分、お前を倒して名をあげる、系の申し出だろう。
「…………断る」
 答えは簡潔だった。
「…………」
 にべもない返答に相手が絶句する。
 数歩ほど離れた場所でそれを眺めつつ指先で長めのツインテールを弄び、
「どうしたの。珍しいわね」
 クルトは小さく眉根を寄せた。血気盛ん、と言うわけではないがチェリオ・ビスタと言う青年は戦いを好まないわけではない。むしろ平和な現状が不満だと常々口にしている。
 物騒な話だが戦場の方が向いているとさえ零すことも少なくない。嬉々として魔物を狩る彼が、楽しそうな決闘のようなモノを蹴るのは珍しかった。
「めんどい。ついでに眠い。と言うわけで却下だ」
「偉い理不尽な理由ね。アンタそのうち背後から刺されるわよ」
 気怠げだが、端的な返答。クルトは紫の瞳に軽く呆れを滲ませて吐息を吐き出す。
「眠いモノは眠い。それに、お前との会話で疲れた」  
 ポンポンと自分の肩を叩きながら、年寄りじみたことを言う。
「人のせいにしないでよ。どうせ面倒くさい、と言うのが一番なんでしょ」
 新緑色のマントに付いた埃を払い、クルトは呻いた。
「まあ、それはそうだが」
否定せずにチェリオも頷く。
「どうしても、剣を交える気はない、と」
 相手は殺気を色濃くし、派の隙間から声を絞り出す。
 まあ、今のやり取りを見て納得する相手も居ないだろう。
「あぁ。面倒くさい」
 酷く投げやりに頷く。そして、
「……面倒だから斬りかかってくるな」
 釘を一刺し。舐めている、どころの話ではない。本気でどうでも良さそうだ。
「剣を抜かないな」
「先程から言っているだろう。今はそんな気分じゃない。お前と遊ぶ気もない」
「ならば。その気にさせるのみ」
「俺に生半可な。何」
 だれた生地のような伸びきった空気が張りつめる。背に上る寒気。
「ん……え? な、ちょっ」
 クルトは動かない思考を無理矢理動かし、口の中で呻きながら反射的に体を動かした。
「く、の」
 軌道をそらそうと努力しても向かう風は逸れない。唇から出た自分の声が遅れて続く。
 もう気が付いていた、相手の狙う獲物の目的が瞬時に自分へ変わったことに。
「勘が鋭いが、遅い」
 少女の動きに僅かな感嘆を一つ。そして小さく笑みを浮かべる。
刀身をたたき込むためだろう、指先を微かに動かした。
「え」
 本能的に避けようと相手の動きを見据え、声を漏らす。
 見えない。
 相手の動きが上手く見えず。銀の光が煌めく様子しか知覚できない。
 ぞわり、と少女の背に戦慄が走った。
 ―――避けきれない。
「……っ」
 反射的に一歩引き、身構える。
 頭を庇うように組んだ腕は儚い抵抗。現実逃避と、続く衝撃に備えて目を瞑る。
 腕を切り飛ばすには十分、だが刹那の間。
 達人は相手に痛みをもたらさず死をもたらすと聞く。
 だが、どんなに待っても痛みも衝撃も来なかった。
 肉を抉る音でもなく、血の滴る水音でもなく。
 響いたのは刃がかみ合う、固い音。
そっと瞳を開く。くすみかけた白いマント。庇うようにそれが広がっている。
 いや、正真正銘庇われた。気持ちを落ち着けてみると、鞘から刃が覗いてはいるが、三分の二も抜けていない。刀身を抜く余裕もなかったと言うことか。
「漸く、剣を抜いたか」
「お前、は」
 本気の鍔競り合い。予想はしていたが、ここまでせっぱ詰まったモノになるとは思わなかった。ギリギリと刃が悲鳴を上げている。互いに引く様子もない。
「今、本気でやっただろう」
 ふいに、凍るような冷えた声が青年の唇から漏れ出た。
「あぁ」
「俺が行かなかったらどうする気だった」
「躯が地に帰る、それだけだ」
 飄々とした相手の答えは決意を固めるに十分だったらしい。刃を跳ね上げ、斬り返される前にクルトを抱えると大きく飛び退く。
「チェリオ。あんた……」
 少女は大きな紫の瞳を潤ませ、震える唇で言葉を紡ぐ。
「…………」
「あんた、今。あたしを蹴ろうとか体当たりしようとかしなかった?」
 険悪な呻きだったが、僅かに青年の緊張がほどけた。
「ああ。間に合わなかったが」
「何時も思うけど、それ乙女に対する仕打ちとは思えないわよ」
 ずっと抱えられる事がいやなのか、少女は飛び跳ねるように地面に降り立ち、溜息を吐き出す。
「軽口はそのぐらいにしておけ。不用意に前に出て頭が軽くなっても責任はもてんぞ」
 剣の柄を持ち直し、小さく呟く。陽の光に煌めく刃。完全に刀身は露わになり、臨戦態勢を整えていた。躊躇いがちに少女は口を開く。
「強い?」
「…………」
 青年は答えなかった。いつもの腹が立つほどの余裕はどこかへ消えている。
「あたしもそこまで馬鹿じゃないわ。素人は後ろで観戦しているわよ」
 吐き捨てて、クルトは小さく笑った。地に足をしっかり付けて、片手を広げる。
「素通りさせてくれる気、無さそうだし」
 砂を擦る音に二人同時に身構える。
 相手を見据え、少女の口元に浮かぶのは不敵な笑み。
足の震えを辛うじて抑え、どんなに強がろうとも。状況は最悪だった。

 




記録  TOP  進む


 

 

inserted by FC2 system