Small consideration/小さな思いやり-1






 少し遅めの昼下がり。
 フラフラとアテもなくぶらついていた少女は、とある脇道を見かけ、立ち止まった。
「……そう言えば少しおなか減った」
 誰とも無く呟いて、空を仰ぐ。
 日の傾き具合からすると、オヤツの時間には丁度いい。
 そう考え、もう一度脇道を見た。
「この先に、新しいお店が出来たって噂があったけど。本当かな」
 口コミで聞いた記憶はおぼろげで、曖昧だ。
 女子間の噂なので、信用性がある話からただの出任せまで、その質の落差は激しい。
しかし、話の種を埋めるのに、これほど適した題材もないだろう。
 丁度身体も空腹を訴えている。結論は、一つだった。
 僅かに怪しげな空気を漂わせる脇道に、身体を滑り込ませる。
 普段なら、あまり近寄らないような裏道に似た所だった。
他の裏通りと比べると、若干明るめかもしれない。
 この大陸は平和な方だが、下手な裏道を通ってしまうと、身ぐるみ剥がされたりする事がある。
 まあ、黙って剥がされる訳はないが、万一のためにあまりこういう通りには近寄らない事にしていた。
 少し緊張しながら辺りを見る。
 良く見ると、壁が綺麗に塗られ、淀んだ香りはしない。
 僅かに安堵しつつ足を速めた。
「にしても、入り組んだ所ね〜…人来てるのかしら」
 噂では、結構良い雰囲気のお店、と言う事だったが、周りの様子ではあまり期待できそうにない。
 などと不届きな事を考えながら進むうち、少し開けた通りと繋がった。
「わわっ」
 いきなり視界が変わったので危うく横から来た人とぶつかり掛け、たたらを踏む。
「な、なんなのよ〜…って、あ」
 毒づき掛け、正面を見て絶句する。
 違う道に繋がっていた――と言うわけではなく、噂通りの外観でその店が佇んでいたからだ。どうやら、間違っていたのは道だけだったらしい。
 店の周りを見ると様々な通りに繋がっている。
 だが、そんな事はもうどうでも良かった。
 クルトは呆然としたような表情で店の看板を見上げた。
 トマトをモチーフにした可愛らしいと言うよりも、センスの良い看板が店のアクセントのように置かれている。
 一歩引いてゆっくり眺めてみる。
 白い…いや、僅かにクリームがかった色の壁。
 恐らく色合いに気を使っているのだろう、違和感なく辺りの町並みととけ込んでいる。 そして外にはお洒落なテラス。
 店の客が開けたのだろう。窓から見える白いレースのカーテンが、柔らかな風にゆったりとなびいている。
 店の中を軽く見ると、テーブルの周りには、ゆっくりとした動作だが、決してもたついた様子を見せないウェイターが食事を運んでいるようだった。
そこまで眺め、しばらく空を仰いだ後、目をこする。
「いや、え……嘘でしょ」
 田舎町に似つかわしくない光景の数々に、半場パニックに陥った頭をブンブンと左右に振って落ち着かせる。
そして一呼吸置き、その光景が全く変わって居なかった事実に再度衝撃を受ける。
「店はともかく、外観は噂が誇張してたもんだとばっかり思ってたのに……」
噂に違わぬ店の装いに、げんなりと呻く。
「う、うーん。やっぱり王都に店舗持ってるって言うだけあるわね」
 口コミを信じるならば、ワザワザ王都からこんなド田舎に店舗を拡大するつもりらしい。
 のんびりとした田舎町で暮らしたクルトとしては、都会の贅沢な暮らしにはあまり興味が湧かない。
いや、少しならば興味は湧くが、『都会で暮らしたい』と言うほどの気持ちではなかった。
 あくまでも、興味本位に留まるのだ。
 目の前に佇むその店は、この村に住む人の大半が、出入り口で財布の中身を何度も確認してしまうほどのプレッシャーに満ちていた。
無論、クルトも例外に漏れず、不安げに顔をしかめる。
「う……お、お金。た、足りるかな」
思わず財布を取り出し掛け、頭を振る。
「あー。いけないいけない。思わず店先で恥さらすところだったわ」
 特に最近は買うモノも見つからず、懐具合は良い方だ。
 それに、学園の生徒から又聞きした話だと、生徒が良く出入りしているらしい。
 その辺りも考えると法外な料金は取らないはずだ。
 しばし黙考した後頷き。
 ――数呼吸ほど悩んだのち、クルトは店の扉に手を掛けた。

 




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