チリン…と、澄んだ音がする。
扉を見ると小さな銀の鈴が付いていた。
すぐに、「いらっしゃいませ」とウェイターの一人なのか、二十半ばといったかんじの男性が目の前まで進み出てきた。
クルトの姿を認めると、少し首をかしげたが「お父様とお母様が後で来るご予定ですか?」とにっこり微笑んだ。
少しの間、目をパチクリさせていたクルトの頬が、止まった思考が戻るに連れ、引きつっていく。
「あのぉ…あたし、一応…十五、何ですけど」
クルトは、押さえた殺気が微量に漏れだした低いうめき声で、抗議の言葉を漏らした。
その言葉がウェイターは分からなかったようで、天井をタップリ三十秒ほど眺め、
「あ、ああ。コレは済みません。すぐにお席にご案内致します」
僅かに慌てたようにクルトを席へと案内した。
「ふう……やっぱ来なきゃ良かったかも」
ぼそりと呟いた言葉が耳に入ったか、先ほどのウェイターは気持ち悪いほどの笑みを浮かべ、メニューを差し出した。
ため息混じりにそれを受け取りつつ、辺りを見る。
「やっぱ女子が多いのね。あー、カップルも多いか」
メニューを開いて呟くと、先ほどのウェイターも反応した。
「いえ、男性の方もいらっしゃいますよ」
「ドコに」
メニューを立て、横目で辺りを見る。
カップルを除くと、男性の『だ』の字も見えないほど女子で席が埋まっていた。
「あちらの方とか」
このウェイターは律儀なのか何なのか良く解らないが、いちいちクルトの言葉に反応し、席を見る。
「あれはカップルでしょ。アンタそろそろ仕事に戻らないと怒られるわよ」
チーフらしき人物を視線に捉え、クルトは嘆息した。
ウェイターは小さく「コホン」と控えめに咳払いをし、
「ご注文は?」
と、少女を伺い見た。
そう言えば注文をしていなかった事に気が付き、メニューを見ずに答えた。
「あ、ああ…えっとね。パフェ」
「何の……?」
「何のって……パフェ」
尋ねられ、目を丸くする。
相手も驚いたようにこちらを見ていた。
「失礼ですけど。もしかして、この様なところは初めてで?」
「うん」
取りあえず嘘を言っても仕方ないので頷いておく。
相手は少し遠い目をした後、
「パフェも色々種類がありまして、選んで頂かないと」
そう告げてきた。
「へ?」
クルトはキョトンとした後、慌ててメニューを再度開く。
彼の言うように、彼女の知っている『パフェ』はたくさんあった。
色取り取りのイラストに添えられた、そのデザートに対する小さなコメント。
「わぁ……こんなにあるんだ〜」
目を輝かせ、メニューを丹念に調べていく。
「え、ええ。パフェでソコまで喜ばれるお客様も初めて見ました」
頷いた後、ウェイターは珍しい物を見るような目でクルトを見、言葉の後半を呟くように続けた。
無論。聞いては居ないクルトは一通りページを見終え、感心したように頷いた。
「今まで食べてたのって、『ふるーつぱふぇ』とか言うのね」
凄い大発見をしたようにしきりに『ふるーつぱふぇ』と、呟く。
それを見、ウェイターは引きつった笑みを浮かべ、
「……名前すら知らなかったんですか」
「だってあたしが知ってるパフェって一つだけだったから」
呆れと驚愕をない交ぜにした彼の質問に、少女はさも当然というように答えた。
ある意味絶望的な彼女の返答に、驚愕したらしいウェイターは僅かに後退する。
「大丈夫か、この店。この先……」
早速。と言うよりも、流石に店の先行きが気になったらしい。
そんな事はどうでも良いクルトは、顔を上げ、
「あ、じゃあね。ふるーつぱふぇ頂戴」
ポンッと手を打って微笑む。
「……勤め先変えようかな」
死活問題に関わる重大発言を聞いていたウェイターはそれどころではなく、ブツブツとこの先の行動について真面目に考えていた。
「お兄さーん。ふるーつパフェちょーだい」
もう一度呼びかけてみる。
だが、全く反応がない。
「怠慢だわ」
自分の発言のせいだとは欠片も思わず、クルトは不機嫌そうに呻いた。
しばらくすると、近くで成り行きを見ていたチーフらしき男性がウェイターを連れて行き、『クビ!』と言い放つのが視界の端で僅かに確認できた。
どうやら、コレで辞めるかどうかは迷わずに済んだらしく、吹っ切れたように『こんな店コッチから願い下げだッ』と言う言葉が聞こえた。
新たに呼ばれたウェイターに素早くに注文を済まし、お冷やを軽く口に含んで小さく呟く。
「暇……」
実際の所、注文した後はすぐ来るため待つ暇さえない物なのだが、何故か一向に注文の品が届く気配がない。
コップに付いていた水滴で絵を描いて遊んでいたが、それにもすぐに飽き、辺りをぼーっと見渡す。
ふと、厨房の近くで声が聞こえた。
『おい、まだアッチ出来ないのか?』
どうやら先ほどのチーフらしき……いや、チーフの声らしい。
少し苛立ったような声が聞こえた。
声の様子から察するに、全体的に注文の出来上がりが遅れているようだ。
「そうですねぇ。ちょっと遅すぎると思うな。オレ、ちょっと見てきます」
『ん。ああ……悪い。見てきてくれ』
横合いから掛けられた少年の言葉に、チーフは僅かに声の調子を和らげた。
その後すぐ、足音が奥へと向かっていった。
…………
………………
一瞬。
かなりの違和感を覚え、クルトはかすかに眉をひそめた。
「……?……」
だが、特に思い当たるフシもない。
そう思い、またコップに口を付ける。
その横を慌ただしく先ほどの少年とおぼしき人物が早足で抜けていく。
黒い髪が動きに合わせて軽くなびいた。
横目でそれを見ながら何かを思い出したように呟いた。
「そう言えば、格好いい男の子がいるって言ってたっけ……?」
特にミーハーというわけではないが、話のネタにはなる。
見ておいてそんはないだろう。
「……でも。男って沢山居るわよ。此処」
辺りを目立たないようにそっと見回す。
服装は統一してあるのか、黒のキッチリしたスーツのような物を着込んでいる。
黒い上着とスラックス、白いシャツに黒いネクタイ。
それがクルトの知らない『都会』を感じさせる。
あか抜けた、と言えば聞こえは良かったが。悪く言えば動きにくく、堅苦しそうな印象を受けた。
全員が全員同じ格好をしているので、全く見分けが付かない。
紫色の瞳を細め、
「うーむ」
取りあえず品定めを始める。
一人目。
確かにハンサムと言えない事はなかったが、物腰が軽薄な印象を受ける。
「ボツ」
小さく呟いて二人目を見る。
顔立ちは幼く、青年というより少年と言った方が近い。
良く眺めると、動きが僅かにもたついており、少しオドオドした印象を受ける。
コレはマイナスだ。
他の行動がもっとすっぱりしていたら、まだ上げる余地はあったが、一見したところやはり行動がハッキリせず、曖昧だ。
「ボツ」
容赦なく呟いてクルトは次に取りかかった。
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