梢に包まれたまま、閉じた瞳をゆっくりと開く。
ちち、小鳥のさえずる声が間近に聞こえた。
静かに流れる雲。時が鈍く動く。
つまりは、
「暇だ」
そう言う事である。
この村に来てから生死の狭間をくぐり抜けること幾度か。しかし最近はどうも平和でいけない。
そっと自分の腹部に手を当てる。傷はほとんど無く、それが違和感として残る。
僅かな油断があったにしろ同業者に深手を負わされる等もってのほか。
《しかし、負わされたのだろう》
「煩い」
僅かだが、独りでに抜け出ていた闇色の刀身を乱暴に鞘へ収める。
――人の思考を勝手に読むな。そして鞘を抜けるな。
《そのような腑抜けざま、魔剣士の名が泣くぞ。我は仕える主を間違えたか》
また爪先程の隙間顔を出す刀身を親指で力一杯押し込め「その腑抜けたヤツに負けた剣が何を言う」と口に出しかけて止める。
《ふん。あの時は器が良くなかったのだ》
やはり口に出さずとも伝わったらしい。かわいげがないことこの上ない。
「お前も、剣なら、剣らしく、鞘に、お、さ、ま、れ」
力ずくで抜け出てくる異常な剣を押し込んで息をつく。
言われっぱなしはシャクだが、こればかりは正論で言い返す言葉もなく空を仰ぐ。
慢心があった訳でもないが、修行の一つもしないと腕が更に錆び付いていく。
「旅、出るか」
吐息混じりに新緑を見つめる。
性格の悪い魔剣は、今度は何も言わず居るべき場所に収まったままだった。
女というものは突き放せばまとわりつき。側に寄れば離れていくものだとどこぞの軟派師が言った。
それは嘘だ。
現に、面倒でも告げるだけ告げておこうとある程度親しい少女に出立を伝えてみても。
「あ、そうなんだ。ふーん、でもあたし今無理。懐寂しいからバイトしてるの。で、遠出できないのよ」
現金を貰うわけでもないのにかと突っ込むと、
「その代わり毎日デザート食べられるのよ。無料で! アンタと旅に出るより万倍も建設的な上に得になり、身にもなるじゃない。
と言うことで見送る時間も惜しいから好きなときに出て行って良いわよ。どうせ帰ってくるんだろうし」
笑って答えられた。
取り敢えず村の出口に佇んだまま息をつく。全く人の来る気配はなし。鳥のさえずりが先程から煩いくらいに聞こえる。
――本当に来ない、あの女。
日時場所を曖昧に教えておいてもこの仕打ち。魔剣よりも可愛くない。
特殊な方向性の少女には通常の絡み手とやらも通用しないに違いあるまい。
《捨てられたな》
青年の意志を汲むだけなら鞘から出ずとも良いのだが、口を出すには鞘から抜ける必要がある。普通の魔剣なら消耗を気にして抜けることすら控えるが、そんなもの知ったことかとでもばかりに横柄な剣はからかいと会話の為だけに顔を出す。
そもそも付き合ってはないがな。茶々を入れられ遠い目をする。
恋人ではない。恋人ではないタダの知り合いだが、人情として見送りの一つは期待するだろう。少女――クルトが聞いていれば「アンタが人情!?」と腹を抱えて笑い転げそうな台詞を心の中で呟いて息を吐く。
携帯食料や水も充分持った。校長に話しも通しておいた。何時出ても良いのだが、思わず少しだけ村を振り返る。
本当に、身になるぞ。その甘いもんは。の憎まれ口を心の中で投げて、重たかった足を進める。
アテは、少しだけある。期間の限られた旅。
《何をしに行く》
「そうだな、手っ取り早く、魔剣でも探すか」
整理していた袋の中から見つかった地図を見て、次の行き先に指をあてる。
昔目星を付けておいた剣の在処達。
《魔剣が見つかる確率は低いぞ》
今更鞘に収めるのも面倒になり、小さく「だな」と呟く。
大方見つかりやすいものや有名どころは人の手に渡ってしまっている。伝説の剣を見つける気で行かないと探す間に神経がすり減る。
目的は壮大だが短期旅行。チェリオの魔剣探索の旅が始まった。
|