チェリオの魔剣探索紀行-2






 平坦な地が緩やかな曲線を描く。
 少しだけ盛り上がった固い地面に埋まる剣に手をかけて、引き抜こうと持ち上げる。
 端々が汚れた台座から、それは動かない。否、僅かに揺れるだけで引き上げることが出来なかった。
 後方で、村長と告げていた人物や、村の人間が固唾をのんで見守っている。
 指先で剣の柄を動かす。僅かな揺れ。やはり、内側に空洞があると言うことか。「おお。また」なにか呟こうとしている老人を尻目にチェリオは他人から見えないよう口元を釣り上げた。
 ――面白い仕掛けだ。だが、ぬるい。
 素早く柄を持つ指先を動かし、剣先を緩くくねらせる。それを幾度も繰り返した。
 剣の根元が分からないように回転式になっている。力はいらない。爪先と腕の動きを駆使する。
 ずるり、と引き抜かれた異形の剣。
「お、おお。まさかこの剣を抜ける者が現れようとは!」
 沸き立つ周囲には目もくれず、黙したまま青年は刃を見つめる。
 後ろに突き立った薄汚れた看板には。『伝説の剣』と書かれ、由来やなにやらもつらつらと並べられている。
「このような早業。お主のようなお方が初めてです。どうぞこの伝説の剣を遠慮なさらず持っていって下さい」
 深々と頭を下げて、青年の持つ剣と同じ形状のデンセツノケンを掲げて村長と名乗る老人は言葉を紡ぐ。
 青年は黙したまま。誰も何も言わない。
 ただ、こだますのは低い呻きとも嘆きともつかぬ音。人間で言うならば、腹を押さえて必死に笑いをかみ殺しているような気配が腰辺りでする。
《良かったな、主。伝説の剣だぞ、デンセツのけ―》
 二の句を継がせぬよう、ぴしゃりと剣の鞘に抜け出た刀身を収め。 
「いるか!」
 振り向きざまに右手にぶら下げた複雑な鍵状の剣先を一閃する。一拍おき、かた、と驚く程静かな音を立てて看板がサイコロ状に刻まれる。
 腰を抜かしそうな表情のまま、震える足下踏ん張って。根性がある村長らしき老人は声を上げた。
「さ、さすが伝説の剣。見事な斬りごたえ」 
「嘘も大概にしろ。どの世界に二本ある伝説の剣がある。というか一度も抜かれてないんじゃないのか。ん?
 なのに『その様な早業』と言うからには一度以上は抜かれたんだな。俺の腕ならこの剣がなまくらでもバターナイフでも人体の喉笛掻き切れるぞ。それとも頭が割れるのが好みか」
 笑顔も浮かべず恐ろしい台詞を並べ、妙に長い剣の刃に手刀を叩き込んで三分の一程度の長さにし、息をつく。
 誰も何も言わない。青ざめた村人と村長の顔が見える。
「台座を開け。しかしもデモもなく開け。元板キレになりたいのは――いや、元人間になりたいのは誰からだ」
 否定も反発の言葉もなく。恐怖に歪んだ愛想笑いを浮かべた村長とおぼしき老人が台座の隙間に手を入れる。
 カチ、と鈍い音がして。扉のノブを回すような響き。静かに開いた台座の中を確認し。
 自分の想像通りの光景に、青年は半眼になって心の中で深い溜息を漏らした。





 荒れた道を独り歩く。
《しかし良くできたパズルではあったな。伝説の剣ではなかったが》
 静かな、静かな旅。
《まあ、明らかな嘘だったが》
 傍目から見れば。
「五月蠅い!」
うら寂れた村から出たとたんの笑い含みのからかいに。気の長くない青年は歯を剥いた。
 開いた台座の内側には剣よりやや広めな空洞があった。
 適当な鍛冶屋に打たせた二束三文程の鍵状の剣をはめ込めば伝説の剣もどきの出来上がり、である。
 良くある観光名所の一環で、以前試した地面に接着された詐欺伝説剣よりはましな、パズル方式伝説の剣だったわけだ。
 嘘は嘘なのできっちり案内代と称した代金を返金させ、お詫びと口止め料を申し訳程度に頂いて、怒りのやり場を村人に向けないうちに退散した。
 空振りはこれで四回目。うち三度は評判目的の偽物揃い。
 これで苛立つなと言う方が無理である。
 ――それ以上言うならヤスリをかけて海水につけ込んでやる。
 八割方本気の青年の思念に、流石の魔剣も沈黙した。


 




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