滑り込みで遅刻は免れたが、肝心の鞄に忍ばせた包みが登場する機会はなかなか訪れなかった。
「何か用か」
あんまりにも気にしすぎたせいか、眺めすぎて不気味そうに眉をひそめられる。
「べ、べつにー」
栗色の双眸に呆れた眼差しを向けられても、顔を逸らすことしかできない。
どきどき。何時も味わうドキドキとはまた違う胸の高鳴り。
これがプレゼントする前の気持ちなのかな、と鞄を持ったまま休み時間に隙をうかがう。
べったり扉に身体をつけ。かさりと机の裏に身を忍ばせ。ぐんと樹の皮になりきって耳をすませ。ちょっとイケナイ世界のドキドキに足を踏み入れつつ待つが一向に一人にならない。別に堂々と渡しても良いのだが、恥ずかしいのであんまり知られたくないという微妙な心。
独りが好きだという割に何時も毎回後ろ辺りに女子が居るとは何事だ。
待っていてもこれでは埒があかない。
時刻を確認し、先回りすることにした。
裏庭の木陰に足早に向かう。胃が痛くなる緊張感は心臓に悪い。さっさと渡してしまうに限る。校舎の影から顔を出し。ぎく、と肩が跳ねる。
先客発見。
一人の女子生徒がキョロキョロ辺りを見回して樹の側にしゃがみ込んだ。
(あちゃー。これは無理か。でも、何か変ね)
何度か人目を付けるように辺りを見渡して。青年に会いたい割にはやけに人の有無を確認し、懐から何かを取り出すとそっと置いて走り去った。
「……なんだろ」
よくないとは思いつつも、好奇心は抑えられない。誰もいないことを確認し、静かに彼女の居たらしき辺りに向かう。
丁寧に飾られた箱と石を重し代わりにのっけられた手紙が一つ。
「置き手紙?」
宛先を見て途中で仰け反り掛けたが辛うじて留める。
(愛するチェリオ・ビスタ様へ。あいする。あいしてるのか)
そうか、アレを。と、妙に感慨深い気持ちになりつつ青年がこちらに来る前に慌てて樹の影に駆け寄る。
入れ替わりのように、ゆったりとした足取りでソレ……いや、果報者が来た。
(そうか、置き手紙。その手もあったんだ。じゃあ早速)
ぐ、と拳を握って心を決めた少女の鼓膜に青年の独り言が流れ込む。
「愛する……愛する貴方に送ります?」
(うわうわうわ。恥ずかしい内容を朗読してるーー)
反射的にダンと樹の側面を殴り掛けたが辛うじて抑える。
「…………愛、だと。馬鹿らしい」
びり。溜息と何かに亀裂が入る音が聞こえる。
心のこもった手紙は瞬く間に紙の花びらになって風と共に去っていく。
(やぶ。破ったあああ!? なにあれ酷い信じられないいやチェリオらしいけどでも愛してる駄目なの!?)
「つるむのは嫌いだ」
吐き捨てて、あまつさえプレゼントの箱に手も付けない。
(ああもう相手が浮かばれないわよ。でもレムも……)
心の中でハンカチを噛み千切らん勢いで噛み締めて、ふと思い出す。
『プレゼント嫌いなのもあるけれど。僕、敵も多いから。闇雲に人のは貰わないんだよ』
怒鳴りつけた自分にポツリと漏らした、蒼い瞳を。
(むーん。チェリオもそうなのかも知れないわね。でも、どうやって送ればいいかな。
直接渡すのが良いんだろうけど……あたしらしければ。違ったやり方なら気が付いて貰えるわよね。というか同じになるわけ無いのよ愛してないし)
そうだ愛してない。反すうして、抱えていた鞄を見る。
やっぱり自分らしいって言うのはそうだろうなと。そして。
「あたしって可愛くないわよね」
そう呟いて小さく笑った。
どれだけ寝たか。
ん、とチェリオは大きく伸びをして空を見る。茜色の大地に鳥たちが影をきざんでいる。
栗色の髪をかき乱し、欠伸をかみ殺すと腹部に軽い引きつりが走る。
「まだ治ってないな」
睡眠時間を増やしても自然治癒力には限界があるか。僅かに顔をしかめ、床に掌を着いて立ち上がりかけ。数歩ほど先に置かれた何かを見つけた。
「またか」
直線上、なおかつここまで側に来て気が付かれないとはあっぱれだが、何度も懲りない奴らだと息を吐く。
重い腰を上げ、長い指先で数刻前と同じ動作で手紙を拾い。
続こうとした行動が止まった。
「ふう。まあ、善意は貰うか」
小さく口元に笑みを浮かべ、荷物を拾う。
『愛してない貴方に贈る。貴方を愛してない者より。
愛してないけどなんとなく渡します。不良品でも文句言わない。
予備も付けたので今度は川に流さないでください。
PS.匿名希望なんで追及したら拳が降ります』
続けて二枚目に書かれた一言に。
『ありがとう。でもやっぱり追及したら殴る』
「……礼かこれ」
とうとう堪えきれずに笑ってしまった。
大分身軽そうになった鞄を振り回し、クルトが笑う。
「お、チェリオー。あ、マント新しくなったんだ」
「そうだな。何処かのお節介が用意したらしい」
酷く嬉しそうな仕草に青年は新品同然のマントを翻し、肩をすくめて見せた。
「ふうん」
生返事をしつつ茜がかった空を見つめる。
「代金は置いた方が良いのか聞きたいが置き手紙で聞けないしな」
「お金は要らないらしいわよ」
見も知らぬお節介の風の便りを受け取りはじめたのか、ぼんやりと口を開く。
「そりゃ太っ腹だな。じゃあ次を頼むときはどうするか」
「……家庭用の鍋」
チェリオの茶化し気味の台詞にクルトは酷く薄い言葉を吐き出し。
据わった目で振り向いた。
「は?」
「金は要らないから鍋全種類寄越せ。と言うんじゃないかしら」
何故か湿っているマントを羽織っている少女を眺め、チェリオは瞳を瞬く。
深い深い少女の溜息が漏れて。空の雲が静かに流れていった。
《愛してない贈り物/終わり》
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