ずれ始める刻-2





「ですが、そう書かれて」
 言い募ろうとする言葉を溜息で遮り、
「書くしか無いじゃないですか。魔術を習ったばかりの生徒が暴走した魔術を力ずくで制御して、余った力を人の居ない場所に放つなんて。
 お偉方が聞いたら天へ地への大騒ぎ。嗚呼クルト君は憐れモルモットに〜なんてヤですからね」
 首を振る。確かに見習いの年端もいかない少女がそんなことをしでかせば、何処の魔術師も被検体として幾らでも金を積むだろう。それとも無理矢理攫われるかも知れない。
 住まいも食事も与えられるだろうが、待つのは彼の言うとおり、実験体だ。
 校長の言葉に疑問が幾つもわき出る。
「制御? ですが、聞いた限りでは」
 そのうちの一つを口にする。確か、少女――クルト・ランドゥールはかなり制御に不安要素があったのではないか、と。
 月に破壊される倉庫、校舎、余った力でクレーターまで創り出す程の制御不足だと聞いたことがある。
「制御できてませんよね。変ですよね。でも誰も変だと思わないんですよ。
 クルト君自身が苦手だと言うし、本当に制御が上手くないですから」
 じっと校長はリンの瞳を見つめる。核心には触れない。言葉遊びと、謎かけを楽しんでいるようだった。
「演技、とでも」
「うーん。だとしたらそれはそれで面白いんですがね。リン君、擬態って知っています?」
「外敵から身を守る為に周囲に合わせる、というものですか」
「クルト君はつまりそれです。多大な魔力は隠せない。なのに他の人と暮らしても他人に影響が及ばないよう無意識下で制御を行っている。
 少し変わってはいるけれど、自分は普通の人間だと周りの人に認めて貰う為に」
 青年に呑気に呟かれて背筋が冷えた。強い魔力は時に人を狂気に落とし、物に意識を宿らせる。側にいる生物の骨格から組織まで変貌させ、怪物と呼ばれる程の体躯になり、獰猛さも増す。
 生徒達が他人に危害を加えないように魔力の放出を意識して貰う為にと、何度も何度も授業でやっているのを見たこともある。
 魔力測定器が壊れる程の魔力なら、既に影響が出ているはずなのだ。なのに少女の周りで変わったことは起きていない。
 力を放出させていたときも辺りに後遺症すら残らなかった。自分で余分な力は回収しているか、打ち消していると考えるのが妥当だろう。
 リンは自分に問う。何故、今まで気が付かなかった?
「無意識」
 否――気づけなかったのだろう。ギタイとはそう言うことなのか。
「ええ。無意識ですよ、本当は彼女制御できるんです。でなければ中級魔法も、暴走事故が一度だけと言うのも納得がいかないでしょう。
 本人は本当に苦手だと思いこむようになってる見たいですけど」
「思いこみ、ですか」
 よく分からなくなり反すうする。
「リン君。人は何で痛みがあると悲鳴を上げます? どうして高いところから落ちるとき身体を縮めます。攻撃を受けたときもなんで腕を前にかざします?」
「それは、防衛本能と、恐怖ではないでしょうか」
「ええ。クルト君もその防衛本能や恐怖にのっとっているだけですよ。恐らく、制御が下手に見えるようにしてるのもその一環です。
 何から逃げているのかは知りませんが、もう僕が言わなくても良いんですよ」
 リンは振り向いた校長を見つめた。嬉しそうでもあり悲しそうでもある色を含ませ蒼い瞳が揺らぐ。
「本人はもうそろそろ、気が付いてくれるはずです」
 瞠目し、暗くなり始めた外を見た。
「逃げる必要が無くなったのでしょうか」
 今まで隠れ切れていたのに今更何故。と疑問を飲み込んで、別の言葉を舌先に載せる。
 青年は肘を軽く窓の縁にかけ、微笑みを返してきた。
「切っ掛けは分かりませんけど、もう逃げ切れなくなったんでしょう。何かから。
 だから、ほら。来ましたよ」
 校庭にふら、と現れた人影に校長は小さく微笑んで見せた。

 




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