闇の眷属-2





図書室の奥の奥。滅多に人の立ち入らない、倉庫に続く扉からとまどったような声が漏れ出た。
「あれ。コレも、コレも、コレも、コレも違う」
ガサガサと何かをひっくり返すような音。
「……無い。無い、無い、無い、無い、無い……おかしいなぁ」
 ドサドサと重ね、崩す音。
「おや?」
 丁度本の整理をしに来た少年が音を聞きつけ、首をかしげる。
 深緑色の髪の毛が首をかしげた拍子に揺れた。
 少しずり落ちた自分の眼鏡も軽く掛け直す。
 そっと扉の前に近より、耳をそばだてる。
「…………あぁーっ、もう!!」
いい加減に業を煮やしたように苛立った声が響いた。
 聞き慣れているが、ある意味聞き慣れていない声に内心驚きながら、ゆっくりと扉を押し開ける。
「無いよ、何でないんだろ」
 顔だけ出して確認すると、予想通りの人物が床にちょこんと座り込み、四方に本を積み上げて居た。
 大きく嘆息し、自分のローブの袖に付いたホコリをはたきながら少年が本の選別を行っていた。
「もう一度最初から調べ直して、それでも駄目なら他の人に聞かないと」
 自分の空色の髪の毛を片手で掻きながら、少年は呟く。
「コレで十回目だよ……うー。やっぱり無いのかな」
「何やってるんですか? ルフィさん」
「ぅわ!? え、あ、その。あ、ケリー君」
 不意に声をかけられ、彼はのけぞるように悲鳴を上げて逃げ腰になりかけたが、目前の少年を認め、落ち着いたように微笑んだ。
「何をしてるんです? あ、失礼しますね」
ケリーは小首をかしげたあと、気が付いたように小さく会釈をして扉から中に入った。
「ちょっと…ね、戻す場所が分からない本があって。あ、今の声とか聞こえてたのかな」
「表まで漏れてましたよ」
「……うぅ。は、恥ずかしいな〜」
 頭についたホコリを丁寧にはたいていたルフィの手が止まり、僅かに赤みの差した自分の顔に当てられた。 
「大丈夫。僕しか聞いていませんし、秘密にしておきますね」
「有り難う」
 僅かにホッとしたような顔を見せ、選別をまた始める。そんな彼の隣には『山』と呼んでも差し支えのない量の本が積まれていた。
 本の題名を見てケリーの顔が引きつった。
 取りあえず自分の眼鏡を袖で拭いて掛け直す。
 汚れも付いていない。度も合っている。
 ソレを確認して再度本の山に向き直った。 

――― 書籍目録(しょせきもくろく) ―――

じっくりと眺めたが、やはり変わらずそう書かれてあった。
「あの…これは?」
「あ、書籍が何処に分別してあるか書かれた目録。
 取りあえず図書室の出来るだけかき集めて全部照らし合わせていたんだけど」
 パラパラとページをめくりながらのルフィの言葉にケリーは絶句する。
 普通の本ならまだしも、本の分別や場所の書かれてある目録の山。
 本の山は見慣れていたが、目録となると話は別で、軽く目眩を覚えた。
 前々から本が大量にあるとは思っていたが、目録の冊数でこの量だ。
 本自体がどの程度の量か、考えるだけで恐ろしい。
「図書室の本の場所と本の種類……ちゃんと記憶していたハズなんだけど、全然見つからなくて。
何度も調べて居るんだけど」 
そして、その本を記憶しているルフィも恐ろしかった。
「……やっぱり無い。十回以上調べても見つからない」
ぱたんと本を閉じ、ため息混じりに呟いた。
「ルフィさん。本の題名は分かって居るんですか?」
「実は……その」
 ケリーの言葉にルフィは困ったように眉を寄せ、黒い背表紙の本を片手で持つ。
 僅かに黄ばんだ紙。所々破けたページ。
 そして、元々は金の文字で書かれてあっただろう題名があるべき場所は黒一色になっていた。
裏を見ても背表紙を見ても同じだった。
「題名が無い…ですね」
「多分かなりの年代物だからシールとか剥がれたんだろうと思うけど。
 題名もすり切れたみたいで見つからなくて」 
「内容は?」
「…………」
何気ないその問いに彼は僅かに顔を曇らせ、
「魔導書なのは確かで…僕には読めない…みたいだから」
 そう言って首を振る。
「貸して下さい。ちょっと失礼しますね」
 ルフィの手から本を受け取り、ページをめくったケリーの動きが止まった。
「コレは……?」
「魔法文字と古代文字の一種。僕に分かる事はこれだけ。
 鑑定もしてみたんだけれど……僕の修行が足りないみたいで」
 そう言ってルフィは目を瞑り、自分の胸に両手を当てた。
恐らく鑑定用の魔術なのだろう。胸元に当てた手が光を放ち幾度かゆっくりと明滅した後、消える。
 ケリーの手におさめられていた本が一瞬淡い緑色の光を放ち、すぐに収まった。
 光が収まったのを確認して、ケリーは眼鏡の位置を直しながらもう一度本に目を通す。
「確かに……魔法文字と古代文字のようですね。注意して見ても見落としそうですけど」
 複雑な文字と記号が絡まり合っている。
 恐らく一種の暗号なのだろう。普通の手段では文字として読む事すら難しい。
「僕も読めません。ルフィさんの力が足りない訳じゃないですよ。
 コレが魔導書だと分かる時点で上出来だと思います。
 それに……もしかしたらこの本は」
 彼の言葉の続きは予想が付いていたのか、ルフィは僅かに眉をひそめてポツリと呟いた。
「ケリー君もそう思う? 僕、それは…あまり考えたくないんだけど」
「この本は何処で?」
 本を閉じ、尋ねるケリー。
 ルフィは僅かに視線を足下に落とし、
「――――この前、クルトから受け取って」
「そうですか……考えたくないですけれど、この本はもしかして」
 納得した、と言うように頷くケリーを見ながらルフィは不安を紛らせるように右手で軽く自分のローブの胸元を握りしめ、小さく吐息を吐く。
「あの部屋の本かな。違うと良いんだけれど」
「ここで言っても仕方ありません。行きましょう」
「……うん。そうだね」
気持ちが落ち着くようにしばらく目を瞑り、扉を開いた。
ルフィに続き、ケリーも扉から部屋を出る。
網の目のように配置された本棚をかいくぐり、ある一角で立ち止まる。
 先ほどとあまり変わらない作りの扉。しかし、彼らは知っている。
 中は違う。
「…………」
 ルフィは我知らず生唾を飲み込み、心臓の鼓動が早くなる。   
後ろの少年も同じのようでゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。
 白い指先を自分で確認するように目の前で開閉する。
「じゃあ、開くね」
「はい」
 ケリーの言葉を合図に魔力を指先に集中させ、扉へ向ける。
 ルフィの表情は何時になく真剣なものだ。
 その扉はそれ程までに複雑な封印が施されていた。
 複雑に暗号化された封印を一つずつ解いていく。
『…………』
 小さく言葉を唱え、扉をなぞるように指が動く。
 そう経たず、カシンと鍵が外れる音が聞こえた。
「開いた」
「入りましょう」
「……うん」
 頷き、中へはいる。
 足下に描かれた古びた魔法陣に手の平を向け、それを解除する。
その光景を見ながらケリーも両脇に掛けられた罠を解いた。
「コレで全部かな」
「みたいですね。流石に厳重でしたね」
「仕方ないよ。此処は関係者でもあまり立ち入らない……いや、立ち入れない場所だから」 
そう言って嘆息する。
 僅かなホコリの匂いとツンとするような香り。
 乱雑に並んだそれらを見ると、一見普通の魔導書と変わらないように見える。
 あまり変わらないだろう。装丁は。
 しかし、中身に決定的な開きがあった。
「……コレが全て禁書ですね。見るのは僕も初めてです」
「僕もあんまり入った事がないから。じっくり見るのは今日が初めてかな」
外界へ決して出す事の出来ない禁書の数々。
 薬物から召還術。魔術まで様々な種類が置かれている。
 勿論普通の生徒の出入りは禁止されていた。
 図書室で活動する彼らでさえ、あまり立ち入れない場所でもある。
「…………」
 ルフィは辺りに自分たち以外誰もいない事を確認し、早々に扉を閉めた。
 厳罰覚悟で入ってくる度胸のある者が居るとも思えないが、念のためだ。
開いたままで良い物は此処には置いていない。
 禁呪もそうだが、呪いの掛かった本も此処には置かれている。
鑑定能力に長けたルフィはたびたび此処へ本を運ばされたが、
ザッと見ても本棚に乱雑に並んだそれらが危険すぎる事が分かるので、良く見る事も、触れる事もしなかった。
「……書籍目録……は」
 辺りに視線を這わすが、それらしいモノはない。
「書籍目録あると良いんだけど。多分無いだろうなぁ」
「でしょうね。すべての禁書に目を通して目録書く人はあまりいませんから」 
「呪われてる本もあるからね。ふぅ、地道に調べるしかないか」
「それにしても凄い量ですね…」
「うん。前あった図書館の中身を全部コッチへ移行したらしいから。
 閉館しても、捨てるのが勿体ないから校長先生が引き取ったって」
「ああ、そうだったんですか」
そう頷き、ケリーは本を選別し始める。
 ルフィも同じように慎重に慎重を重ねて選別を始めた。
「無いね…」
「そうですね」
 しばらく経って一息を入れる。
頷き合う二人を凍らせる声が後ろから響いた。
「あ! こんな所にいたっ。やっぱりコッチだったのね」
 ガタンッ…
 ルフィが軽く手に掛けた本を手から滑り落とした。
どさっと重い音が静かな部屋に反響する。
「あ、本を落としたらいけないのよ。曲がっちゃうって何時も自分で言ってるクセに」
たたっと軽く駆け寄り、クルトはしゃがんで本を取り上げた。
「良かったわね。曲がってはないみたい」
 そう笑顔で言って本をルフィに渡した。
「何処から、来たの?」
「クルトさん……どうやって此処に?」
「ん? え…どうやってだったっけ。多分扉からだと思うけど
 どうしたのよ二人し―――」
「誤魔化さないでよクルト。ちゃんと此処は鍵掛かってたんだよ?」
 そう言ってクルトの目を真っ直ぐに見た。
 いつもは柔らかな声が固い。
 ――――信じたくない、だが目の前に知っている人がいる。
 一番居て欲しくない人が。
 僅かにルフィから苛立ちが感じられた。
 クルトは目をパチクリさせ、気圧されたように一歩引く。
 そして慌てたように首を振った。
「へ? けどあたし鍵開けた覚えないわよ。ど、どうしたのよ二人とも顔怖いわよ」
「待って下さいルフィさん。
 ……クルトさん。此処が何処かご存じないんですか?」
「え、うん……全然」
 何時になく真剣な面持ちのケリーの言葉に、クルトは不思議そうな顔をして躊躇いがちに頷いた。





 寝ぼけ眼をこすりながらたどり着いた先は見知らぬ場所だった。
「ん?」
 ホコリの匂いとツンとするような独特の匂い。
 現在いる場所に思い当たって、チェリオは整った容貌を僅かに歪めた。
「図書室…か?」
 特に意識して歩いてきたわけではないが、周りに視線を走らせると、 
のし掛かるような妙な威圧感を持った本達が乱雑に並べられていた。 
 本棚だけでは足りないのか、床にも本がチェリオの腰辺りまで山積みにされていた。
棚をピッと指でなぞると線が引かれる。
 あまり使われた形跡はない。
何処だ此処は、とひとりごち、指に付いた綿ぼこりをフッと吐息で吹き散らした。
 取りあえず近くにあった手頃な高さの本の山に腰掛け、
「怠い…」
 と、面倒そうに年寄りじみた呟きを漏らす。
どうも今朝方夢見が悪かったせいか、体がだるい。
 すこぶる不機嫌な顔をして大きく嘆息をする。
 いつもなら「辛気くさいわよアンタ」と、来る突っ込みも今日は来ない。
「…………」
 少々物足りなさを感じて少しかぶりを振る。
「いや、静かな方が楽だな」
 一瞬感じた虚しさを気のせいにし、辺りをもう一度見回した。
 良く見てみると辺りの本にはあまり統一性が見られない。
 大きさ、色、古さ。
 几帳面なルフィやケリーが本を此処まで乱雑に扱うとも思えないのだが、実際本は乱雑に積まれていた。
「…………」
 何とはなしに一冊の本を手に取った。
特に本に興味が有るとも言えないが、全くないわけではない。
 妙に目に付いた一冊の中身を確かめようと、開いたその時。

 辺りが闇に包まれた。

 




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