テ・ン・サ・イ?-2






 図書室の奥……の、更に奥。
 一室の部屋にクルトは通された。
 三人程度が両手を広げて立てるほどの広さが十分あり、真ん中に簡素なテーブルと椅子がある。
 テーブルの上にはノートや教科書。床には木箱が二、三箱鎮座していた。
「あのー。ここはどちらなのでしょうかしら」
 クルトは辺りを見回し、引きつった笑みを浮かべ、妙な言葉で尋ねる。
「図書室で叫ぶのはご法度。言うなれば、生徒の」
「拷問部屋!?」
 ずざっと後ずさり、身をのけぞらせるクルト。
「違う。なんで拷問部屋なの」
「い、いや、それは、そのぉ」
「まあ、生徒の補習部屋なんだけど……ちゃんと防音加工済みだから、叫んでも平気だからね」
「だからねって、言われても……」
「だって叫ぶでしょ。君」
「失礼ね! ……ぅぅ……叫ぶけど」
否定しかけ、その否定の言葉が絶叫になっていることに気が付き、肯定した。
「素直でよろしい」
「レムも素直に」
「僕のことは良いから」
 クルトの言葉をみなまで言わせず途切れさせた。
 



 問題を出されて数分後。
 レムのチェックが入る。
「…………」
「…………ど、どう?」
 沈黙したまま目を通すレムを伺いながら、クルトは恐る恐る尋ねた。
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、ココまでだとは……想像以上で頭が痛くなってきた」
 ぱたんとノートを閉じ、痛烈な言葉を口にする。
 ぅぅ、とクルトは言葉を詰まらせ、情けなさそうに見レムを上げた。
「そ、そこまで言わなくてもッ」
「じゃあ聞かせてもらうけど。一問目の問題『体力回復の薬に使われる植物は何?』 
 っていう問題なんだけど」
 一旦言葉を切り、
「明らかに植物の事を聞いてるのに。な・ん・で、国の名前が入るの!?」
 怒りを抑えるように震える声音で矢継ぎ早に言葉が紡ぎ出される。
 彼の正論にクルトは冷や汗を流して視線を彷徨わせた。
「……いや、それは、えーっと」
「前々から言わせてもらおうとは思ってたんだけど」
「な、何よ」
「君は全体的に知識量が足りなさすぎるよ。
 学年テストで最下位って何? 
 君のクラスの受け持ちは多いけど、まるで僕の教え方が悪いみたいじゃないか」
「い、いや、その。あたしって物覚え悪い方だから」
「聞いたよ」
「な、なにを?」
「君、結構前から魔法文字を読めるようになってたって」
「かえらせて頂きます〜」
ガタッと席を立とうとするクルトの首根っこを、猫を掴むようにレムは掴みあげた。
「無駄。さっきも言ったとおり、君はもう完全に包囲されている。
 ちなみに暴れても結界は何重にも張り巡らされてるから」
「ぅっ。ならばココにいる元凶を」
 レムの言葉に唇をかみしめ、見上げる格好で彼の方を見る。
 彼女の発言に動揺したそぶりも見せず、レムは冷たい口調で告げた。
「ふ〜ん? 僕を倒そうって魂胆? 
 出来るモノならやれば? 後々後悔すると思うけれどね」
「ゴメンナサイ、気の迷いでした」
 あまりにも無謀な試みは、レムの無言の圧力によりあっさりと打ち砕かれた。
暴れるのも後々面倒なので、クルトは観念して黙々と問題を解きにかかる。
「……所で聞きたかったんだけど」
 今し方渡されたプリントに目を通しながら、クルトは尋ねる。
「ん。何?」
「レムの隣につんである木箱のようなモノは一体なんなの」
 彼女の言うように、レムの隣には木箱が積まれて……
 いや、壁となっている。
「聞きたい?」
「うん」
 嫌な予感がする。
 しかし、危機感よりも好奇心の方が僅かに勝った。
「聞かなくてもわかりなよ。君の勉強道具に決まってるじゃないか」
レムは小さく嘆息し、少女を呆れたように眺めてとんでもないことをサラリという。
「……ぇ?」
 一瞬、クルトの思考は停止し、まっさらになった。
 そんな彼女を無視し、レムは木の箱を軽く手の甲でコンコンと叩く。
「教科書、魔導書、とかね」
言いながら、近くにある箱の蓋を開く。
 箱の中には彼の言ったとおりのモノが整然と詰め込まれていた。
「ま、今日中に三箱とは言わないまでも、一箱程度は覚えてもらわないと」
 そう言って蓋を閉める。
 その音のせいかどうかは知らないが、クルトはハッと正気に戻り、悲鳴のような声をあげた。
「む、む、むむむ無理に決まってるでしょーがっ!!」
「決めつけはいけないよ。出来るかどうか、やってみないとね」
「……ぐ」
いつもの自分の台詞をそっくりそのまま返されて、クルトは呻く。
「それとも。いつも言っていた君の言葉は、嘘だったとか?」
「ふっ、や、やったろーじゃない! こうなればトコトン頑張ってレムが「う」の字も出せないほど驚かせてやるわよっ」
「言ったね?」
「言ったわよ」
「じゃ、他の生徒からの記録更新を目指し、頑張ろうか」
「じ、じょーとーっ!」
 言葉の変わりに。
 拳を握った少女の目の前に、でんっと山と積まれたプリントが置かれたのだった。 



 しばし瞳を閉じて沈黙していたレムだったが、何の前触れもなく静止の声をあげる。
「はい、そこで止め」
「…………」
 クルトの手の動きが止まった。
 力尽きたのか、べたっと机に顔をうつぶせる。
 疲れ果て、もはや反論する気も返答する気も起きない。
「そろそろ休憩にしようか。根を詰めすぎてもはかどらないからね」
「わぁい」
 レムの休憩の言葉に、嬉しそうな気配は見えるが、声に力はない。
 それを見たレムは、小さくため息を吐くと、席を立って奥の部屋に消えていった。
「……ぅー」
 クルトはヨロヨロと上半身を起きあがらせて呻く。
 ペンの握りすぎか、手が、痛い。  
「お待ちどお様」 
それ程立たないウチに、レムが木のコップを二つ抱えて戻ってくる。
「特別サービスだからね」 
 そう言ってコップをクルトの目の前に置く。
 甘いにおいが鼻孔をくすぐった。
「わ♪ ココアだ」
「気が向いただけだから、今度はないよ」
 無邪気にはしゃぐクルトを横目に、レムは金のスプーンで中身をかき混ぜる。
 突き放したような言い方だが、表情から行くとまんざらでもないらしい。 
「分かってる、分かってる! レムのココアだ〜っ。久しぶり♪」
両手を合わせ、クルトは目を輝かせる。
 彼女が犬だったなら、尻尾がちぎれんばかりに振られていただろう。
 それ程の喜びようだ。
 流石に呆れたように、レムは呟く。
「ココア一つでソコまで喜ばないでよ。恥ずかしい」
「え? ココア一つだけど、レムがココアいれてくれるなんて滅多にないんだもん」
 周りに花を散らさんばかりの笑みを浮かべ、クルトは言った。
「……まあ、そうだけど」
「うぁ。おいしー♪ やっぱりレムのいれるココアっておいしーわよねっ。
 やっぱり、色々凝ってるからなのかしら」
「ほめたって何も出ないよ」
「やだな〜。あたしの心からの本音よ。別にゴマすってる訳じゃないわよ?」 
何か企んでる? と言うようなレムの視線を受け、苦笑気味にパタパタ手を振って否定する。
「そー。それなら良いけど? ココアの賛辞一つで恩売られても困るし」
 レムはそう言って肩をすくめた。クルトがまさかぁ、と首を振る。
「いくら何でも恩は売れないわよ。ほめ言葉で」
「君ならそれくらい軽いでしょ。強引だから」
 きゃたきゃたと笑い声をあげる少女を見、何かを含むような口調で呟いた。
 クルトは両手をパンッと合わせ、首を僅かにかしげる。 
「ほめてんの?」
「ほめ言葉に聞こえる?」
 クルトに冷めた視線が突き刺さる。
「レムが言うと聞こえるかもしれないわ」
「耳、医者に行って治してもらってきなよ」
 真剣に答えるクルトを横目で見ながら、ずずっとココアをすする。
「あ、しつれーね。あたしの耳は正常よっ!
 まあ確かに、レムの耳と比べると劣るだろーけどね、ソレは個人差ってモノよ!!」
 むぅっと頬をふくらませ、クルトはぶーたれる。
 この場合、個人差と言うよりも種族差と言った方が正しい。
 レムは小さく吐息を吐き、カタン、とカップを置く。
「あぁ、君に必要なのは脳の増量だったね……」
「もっとしつれーよ。ソレ」
 しれっと呟くレムに、クルトは険のある視線を送る。
「……まあ、それはともかく。
 言えば作ってあげるよ。暇だったらね」
「それはともかくって何……って、何を?」
「君の手に持ってるモノ」
「……!?」
 端的なレムの言葉に、クルトは恐怖に引きつったような顔で指を押さえた。
 明らかに何かとてつもない誤解をしている。
 不機嫌そうにレムの犬耳がピクピクと上下に揺れた。
「……あー。言い直すよ、君の手の中にあるモノ」
「え、あ。ココア、ココアだったのね。
 研究にあたしの手を改造、とか言われるのかと思った」
 ホッと胸をなで下ろすクルト。
「君、人のことなんだと思ってるの?」
「レムだと思ってる」
 睨み付けるレムに対し、真剣な顔をして答える。
 馬鹿にしているのか本気なのかがよく分からない。
 いや、多分本気なのだろうが。
 ため息をつく彼を尻目に、クルトは頬をふくらませる。 
「……でもレム。詰め込む量多すぎない?」
「多くないよ」
「いや、でも」
 なにやら文句を言いたげな彼女に、レムは少し含むような言葉を紡いだ。
「……君は、僕が何のために勉強につきあってると思うの?」
「嫌がらせ」 
即答。
 レムはダンッと手を机に付き、無言のまま立ち上がった。
 そしてそのまま去ろうとする。
「あ、あ、冗談。冗談! 怒らないでよその位で」
慌てたようにレムの袖を掴み、引き戻す。
 レムは立ち止まり、小さく嘆息して席に着いた。
「下らない冗談は嫌いだよ」 
「もう少し寛容にならないとオトナとは言えないわよ。レム」
 レムの視線から目をそらし、あははははは。と、引きつり笑いをしてパタパタと手を振る。
「……君に(さと)されるとは思わなかった。天変地異の前触れかな」
「いや、だからそれは一体どういう意味よ」
どことなく感心したようなレムの言葉を聞きとがめ、クルトが半眼になる。
「まあ、それはともかく。
 実際の所、君にはこの程度の知識を頭に入れてもらわないと危険なんだよ」
 ふて腐れたようなクルトを見ながら魔導書を開く。
「ともかく、じゃなくて詳しく聞かせ……危険?」
 追撃を掛けようとしたクルトの言葉が途中で途切れた。
「覚えてもらわないと困る。じゃなくて、危険。意味、分かるよね」
「よく、わかんないけど。言ってることが」
「……人によって魔力の容量は違う。僕にも、君にも言えること。
 そして、魔法を扱うには、その容量に見合った知識と技量が必要になる」
「…………」
「普通に生活する人のように、覚醒していないウチはまだ良い。
 けれども、魔法を一度体で覚えてしまったら……」
 一旦呼吸を整えるように言葉を止め、意味もなく魔導書のページに指を這わせる。
「魔力を押さえる技量を持たなければ、高確率で暴走する。
 特に、君は普通の人に比べて魔力が異常に強すぎる。
 強すぎる力は自分の身に危害が及ぶ。
 そして何より……」
「……何が言いたいのよ」
「もう、言わなければいけないんだけど。君の魔力は年々『上がって』いっている。
 コレは確かだよ。もしやと思って昔のデータを引っ張り出したんだからね。
 人によっては成長によって魔力の上昇が認められるが、君の魔力上昇の(あたい)は異常と言って過言ではない。
 君は気が付いていないかもしれないけれど、いつも使っている魔法。
 僕に言わせるとほとんど暴走なんだよ」
沈黙が、落ちた。
 クルトは俯き、何も言わない。
 いや、コクコクと首が揺れる。
「…………ぐぅ」
 レムは教科書で少女の頭を思いっきりはたいた。
 結構こたえたのか頭を両手で押さえ、机に突っ伏す。
「いったぁ……」
「き、君は……人が真面目な話をしてるのに。寝る? 普通!」
レムは震える拳を握り、彼にしては珍しく感情的な口調で叫んだ。
 その様子に気圧され、クルトは思わず文句を忘れて押し黙り、
「取りあえずレムが心配してくれてるのは分かったわ」
 そう言って小さく微笑んだ。
「何でそう言う解釈になるの」
 鼻白んだようにレムが言う。
 それを聞きながら、クルトはクスクス笑い声を漏らして笑った。
「なるわよ。レムだったら誰が暴走しようが関係ないって言うから」
「あのね、君の魔力が暴走して壊れるのが、学園の一ブロックだけで済むと思うの?」
 しかし、彼女の言葉は、レムの冷たい言葉によって阻まれる。
「え?」
 呆ける彼女に指を差し、
「違うね。ブロック程度では済まない。
 学園全域だけではなく、最悪村まで被害が及ぶ」
 そこまで言って吐息を漏らす。
「……じゃあ村を出て」
「何時暴発するのか分からないのに? 旅の途中の宿で……と言うこともあり得る」
 首をすくめるように呻く彼女の答えに、キツイ一言をお見舞いする。
 淡々と告げていた言葉を途中で切り、少し口調を和らげた。 
「しかし、君が行方不明になってる間……何があったか知らないけど、
随分と制御方が身に付いている。少し知識を加えれば暴発の危険は無くなると思うよ」
「……うっ……」
行方不明というのは多分あの遺跡に行った数日のことだろう。(リトルサイレンス参照) 
あまり思い出したくない言葉なので、クルトは小さくうめき声を上げた。
「そのうち多分実技試験がある。それに……」
「それに?」
「今言わなくてもいずれ分かるよ」
「えぇ!? ちょっと途中でとぎらせないでよっ。気になるじゃないのっ」
「さあ、休憩はココまで。さっさと終わらせるよ。
 僕の「う」の字も出せないようにしてくれるんだよね?」
 言い募るクルトの言葉をサラリとかわし、プリントを掴み上げてレムは口元を僅かにつり上げた。
 「う」の字も継がせないはずが、彼の言葉でクルトは自分で小さく「う」というハメになった。

 




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