テ・ン・サ・イ?-1





数秒前からその音には気が付いていた。
 階段を下る音。
少年はコードをいじる手を止め、いつの間にか肩口にかかっていた自分の蒼い尻尾髪を手の甲ではじき、顔を上げた。
 それと同時に、背後から楽しそうな声がかかる。
「レ〜ム〜君っ♪」
 鼻歌交じりの呼びかけに、レムは大きくため息を吐き、手袋を外してゴーグルを額までずりあげ、声の主に向き直った。
 振り向いた先には、予想通りの人物がいつものように穏和な笑みをたたえて佇んでいた。
 金髪碧眼の美青年。ニッコリと微笑み、彼の辞書には『怒り』などの単語が無いような気すらする。外見は典型的な穏和な人物。
 しかし、人間というモノは、外見だけでは分からないものだと言うことを、嫌と言うほどレムは知っている。
 そして、この校長もまた、その部類に属するような気がしてならない。
 そんなレムの考えを知ってか知らずか、至近距離なのに右手を挙げて脳天気に左右に振る。
 見ているだけで力が抜ける動作だ。
 腰が砕けそうになりながらも表面上は取り繕い、無表情を装った。
「……校長、何か用ですか?」
 ウンザリとしたレムの言葉も気にせずに、校長は尋ねた。
「暇ですか?」
「全然暇じゃありません。見て分かりませんか?」
呆れたようなレムの言葉を聞いているのか居ないのか、校長は非常に楽しそうに笑っている。
「まあ、それはそれとして。今日の授業よろしくお願いします」
 ぴっと人差し指をたてて言う校長。それを眺めるレムの目が半眼になった。
「またですか?」
「またです」
「この間も僕がしませんでした?」
「そうですねぇ。そう言うこともあったような。
 まあ、気にしないでよろしくお願いします」
 気安くそう言って笑う。
「雇われている身ですし、別に拒否はしませんけれど」
 レムはそう言うと、机の上に積み上げてあった本の山から何冊かを取り、まとめる。
「……何処に行くのかは敢えて聞きません……まあ、言われなくとも大体分かります」
 ポケットに入っている紙とペンを取り出し、簡単に書き込む。
 一番上の本を取り上げ、パラパラとめくってその間にメモを挟みこんで校長に渡した。
「今日の範囲はここからここまでぐらいで良いですよね」
「……はい。そんなもので良いです」
 渡されてすぐに頷く。
 メモを見ているのか疑わしかったが、あまり気にしないことにして、レムは机の上から一枚の板をつまみ上げた。銀色の板。チップのようなモノ。
 掴んだ指先に力を入れれば、脆く崩れそうなほど、薄い。
 蒼色の瞳を細めて傷がないことを確認し、校長に差し出す。
「それと……これ」
「なんでしたっけ」
受け取りながら、首をかしげる。
一瞬レムの眉がピクリと跳ね上がった。
「約束のモノですけれど。忘れないでください」
「板が?」
「…………そう言えばココは田舎でしたっけ」
 レムは、それなら仕方がない、と言うように肩をすくめた。
 校長の手の平からチップをつまみ上げ、腕に付いた奇妙な形の銀色の腕輪を、自分の目の前に持っていく。
 左腕に付いたその腕輪は、細かな文様と文字が書き込まれ、特に変わった点と言えば、丁度手首の真ん中当たりに小さな卵形の膨らみがあることだ。
 厚みはあまり無く、親指と人差し指で輪を作った程度の大きさだ。
 目立つモノではないので、袖をたくし上げなければ気が付かない。
 普段は服や手袋の下に隠れていたらしい。
 レムは卵形の部分に指を置き、チップを当てる。
 よく見れば恐らく小さな切れ込みがあるのだろう。
 ゆっくりと静かに、銀色のチップは埋没した。
 そのすぐ後に、淡々としたレムの言葉が響く。 
「パスコード……**** 起動、完了。解析開始」 
 『きゅっ』と、生き物の鳴き声のような小さな声が聞こえた。 
 校長が辺りを見回すより早く、腕輪が淡く光り出す。
 レムは腕をおろし、不意に、指でピッと一本の線を空中に描いた。 
何も描かれるはずのない宙に、彼の軌道をたどって淡い一本の線が現れる。 
「スクリーンを」
言葉に応え、一枚の板が彼らの目の前に出現する。淡い光を放つ文字が一斉に流れ始めた。 
「そのまま文字を流しても良いんですが、見にくいですからね」  
レムは喋りながら、キーボードを叩くように空中の文字をなぞる。
 流れる文字がピタリと止まった。
「この間頼まれた資料です。生徒の動向パターン、魔力などを記憶させてます。
 立体的な映像が流れるので、微少な動きも見逃すことなく観察できます」
ゆっくりと右手の平を開く。彼の手の平の上で、生徒達が勉強をし、魔法を使っていた。
 校長は面白そうにそれを眺め、微笑む。
「ふむ……。君の故郷じゃこの機械は珍しくないのかな?」
「場所に寄りますけどね。それに、僕が少し手を入れてます」
 レムは少し考えるように天井を眺めた後、そう答えた。
「ってことは魔機ですか」
「まあ、そうなりますね。視点や大きさは自由に変更できます」
 校長の言葉に頷き、パチンと指をはじくと、手の平の光景が、斜め上から見下ろすアングルに切り替わった。
「いきなりのお願いだったんですが、早急な対応ありがとうございます」
「いえ……この程度はなんて事ありませんけど」
「ところで……生徒の中に、変わった人居るでしょう?」
「……多すぎて返答できません」
 校長は、しばし考えるように顎に手を当て、
「ん〜。いうなれば、とっても変わった結果が出た人、結構居ませんでした?」
「……ええ。確かにあるクラスだけ、ね」
「飛び抜けて奇抜な人の、データ。出せますよね?」
 歯切れ悪く答えるレムに、校長は尋ねた。
 あえて「だせますか?」ではなく、「出せますよね?」と言ってきた校長を見、レムは肩をすくめながらもデータ検索を始める。
「…………」
 すべるように宙をなぞっていた指が止まる。
「該当者発見。データ検索終了」
 小さく呟いた後、軽く指をはじいた。
 パッとスクリーンに何名かの名前が挙がった。
「レム君。顔見知りの方、居ますよね」
「ええ。あのクラスは良く受け持たされるので」
 レムは、少し視線を下にずらし、校長の言葉にこたえた。









 息苦しいほどの緊張感が部屋を支配していた。
 その静寂を切り裂くように、良く通る声が響く。
「今回の授業は、『気』や『魔力』と呼ばれるものに関して詳細に説明していきたいと思います。
……ちゃんと聞いておかないと後がキツイからね。
 聞いて無くても良いけど……点数悪かったら。分かってるよね」
教卓の上に置いた教科書を軽く眺めた後、すぐに閉じてレムは生徒達に釘を刺す。
 その後小さく付け加えた最後の言葉に、ビクリと生徒達の肩が震えた。
「完全に説明するには一日では時間が足りない。なので、今日は『魔力』の周囲に与える影響について説明したいと思うけど……
文句はなさそうだね」
 異議のないことを確認して、頷く。大体の生徒は、異議があっても言い出せないが。
「たとえば、『A』が魔力を発し。『B』が、その側にいたとする」
 そこまで言って、チョークを黒板に立て、丸い円を対に二つ描き、記号を書き込んだ。
「魔力を受けたモノが草花だとすると……その影響を受け、変異する確率は」
「コルクードの造船技術はせかいいちですぅ〜……だ」
 淡々と説明を続けるレムの言葉に、ろれつの回らない少女の声が割り込んだ。
 声の方に視線を移すと、うつぶせになった状態で一人の少女が安らかな寝息を立てている。
 書き込む姿勢で固まったレムが、ぎこちなく手を動かし、チョークを戻した。
 片手に教科書を抱え、つかつかと無表情で席の方に歩いていき、
「……変異する確率はどのぐらい?」
ぺしぺしと相手の頬を手の甲で叩く。
「……まろーウニス帝国」
「……今は歴史の時間じゃないよ」
 寝言で返答する少女の額を軽くはじいた。
 まだ起きない。
「む……ひゃぁ。ウバーム理論ぅ」
 首をかしげるように頭を少し動かし、またしても器用に寝言で答える。
「不正解。無精してないで起きる! ……クルト・ランドゥール!!」
とうとう業を煮やしたレムが、クルトの脳天に教科書でチョップを見舞う。
「あぃた!?」
スコンと間抜けな音がし、クルトが頭を押さえて跳ね起きた。
「ふぇ? あいたー。
 ったくだれよ! 人の頭無神経に叩くのは!……くのは」
寝ぼけ眼でブツブツ文句を口の中で呟いていた少女だったが、 視線を上に上げるに連れ、言葉がとぎれがちになっていく。
「……お早う。前の席で熟睡とは、いい度胸だね」
レムは、丸めた教科書であいた自分の手の平を軽く叩きながら、目を細めた。
「い、いやぁ。あは、あははは。図太い神経があたしの取・り・柄だし……
 良い天気ねぇ〜」
 わざとらしく窓の外を見ながら引きつった笑みを漏らす。
「図太い君に質問。魔力を受けたモノが草花だとすると……その影響を受け、変異する確率はどのぐらい?」
 レムは冷静にその言葉を聞き流し、質問を再開した。クルトの動きが固まった。
「ドノグライとか言われましても」
 思わずカタコトになりながら強張った笑みをレムに向ける。
「寝言では答えてくれたのに、目覚めたら答えてくれないの?」
「いや、寝言は寝言だし、なんて言うか……全然分からない」
「ふぅん……まあ、良しとするけれど」
「本当!?」
「補習」
「…………」
 ぶつかる視線と視線。そして広がる痛いほどの静寂。
 一呼吸の後、
「ぅえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 クルトの悲鳴が教室中に響き渡ったのだった。




スタスタと廊下を進むレムの後方から、拝み込むような声がする。
「レムー、レム様〜。レムくーんっ。
 お願い許してあたしが悪かったからお願いします御免なさいっ」
「…………」
 一向に反応を示さず、片手で少女を掴んだまま廊下を進む。
「いやー!? お願い寝たのは謝るからごめんってば!
 反省してるからこの通りっ! ね?」
両手が使えないので、片手を拝むように顔の方まで持っていき、媚びへつらう。
 レムの足が止まり、顔が後ろに向いた。
 うるうると泣きそうな顔でクルトが嫌々をしている。
 しかし、彼の返した言葉は淡々としていた。
「気持ちがこもってないね。いくらゴネても、図書室で補習だから」
「ぅぅっ。いじわる〜〜〜〜〜誰か助けてー」
 バタバタと片手を動かすクルト。しかし、力任せに逃げおおせても補習は倍に増えるだけ。取りあえず抵抗の形だけでも示しておく。
 通りかかった青年が二人の姿を認めて声をかけた。
 栗色の髪の毛と同色の瞳。
 白いマントに長身。王子様の形容詞にピッタリの姿形をしている。
 しかし、口調はぶっきらぼうだった。
「……仕置きか?」
「そう」
「がんばれよ」
 端的に答えるレムに、コチラも短く返す。
 しかも、応援の言葉を。
「止めろよアンタはーーーーーーーーーっ」
だんだん、と廊下を片足で踏みならし、クルトは悲鳴のような絶叫をあげる。
 しかし、青年は気だるげにあくびをし、呟いた。
「めんどい」
「チェリオの阿呆ーッ」
 怒声を浴びせるクルトに向かって、レムが小さく告げる。
「廊下で騒がない」
「はぃ」
『秘技、補習増加攻撃』が来てもイヤなので、クルトは引きつった声で頷いた。 
「じゃあな」
大人しくなったクルトを見て、チェリオはマントを翻し、廊下の角へと消えていった。
 それを認め、レムが静かに口を開く。
「じゃぁ、図書室に行こうか。きっと楽しいよ。
 今は放課後だからビッチリしごいてあげるから」
「ぅぅっ、地獄だぁぁぁ」
口元にうっすらと、悪魔の笑みを浮かべるレムを見てクルトは涙目で呻いた。

 




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