「やあ風音。オレと恋人しない」
「失せろ」
その男はある晴れた日曜の朝、我が家の向こうにある電柱前に落ちていた。
「待って。待ってくれハニー」
「ハニー言うな。色情狂」
甘いマスクに色気のある仕草。私の通う高校で評判の美形、浮ついた噂も校内一。名前は忘れた。
悲痛な声を一刀両断にして、先程閉じた扉を開くべくノブを握る。
「家の前に居座ったら通報するから。ミカン箱抱えて何処か遠くに行け」
角砂糖のような甘い声も、異性を誘う流し目もミカン箱に座り込んだままでは威力半減というもの。へらへらとした愛想笑いに殺意すらわく。
果物屋で調達したらしき大きめの木箱に何故収まっているのか聞く気も起きないほどに。
「無理だ」
中から哀れっぽく呻いてくるが、当然知った事ではない。側面に『拾って下さい』と書いてあるのはどういう趣向だ?
「出て行かなくば、情けなくも愚かしいミカン箱入り男として校内新聞の上に貼ってやる」
「そ、それも駄目だ!! ソレされたら生きていけないよ風音ちゃあん」
そんな格好で座り込んでいながら校内新聞に載るのは嫌か。近隣住民であり三輪車を愛用するお子様がミカン男を物珍しそうに眺め、去っていく。
周りの人間は非日常な光景にどう声をかけて良いのか分からないらしくいまだ通報される気配もない。
「猫なで声出すな軟弱者。珍種の生物として校内発表されたく無ければ我が家の前に居座るな。敷地に入ってくるのも却下だ」
「だ、だからぁ。そういうわけにはいかないんだって」
「そちらの存在そのものが迷惑だ。早々に立ち去れ」
「――ゲームで」
「げえむ?」
「大負けしちゃったから、風音ちゃんと清く美しいお付き合いしないとならなくなっ」
私はその戯言が緩んだ口元から漏れる前に、踵で男の入った箱をひっくり返し。外出予定を変更し家の中で一日過ごす事にした。
気にくわないがあんなたわけた台詞を聞き続けて脳が腐るよりは良い。
『入れてぇ〜』
家に入る刹那更に情けない声が聞こえたが、私の言いつけ通り我が家の敷地を跨ぐつもりは無さそうだった。
|