細長い鉄筋が目の前を掠めレンガの壁に風穴を穿ち。
頭上から落ちてきたらしき花瓶が風に煽られたおかげで軌道を変え、オレの右隣で炸裂する。まさに危機一髪。
「オイ坊主大丈夫か!?」「大丈夫!?」
工事現場とマンションの屋上から声をかけられたが返答する気も起きない。
「あーいえ、いいっスよ。生きてるし。じゃ、用事あるんで」
――いつものことだし。病院を勧める周りの忠告を耳から流し妙に冷静な頭で溜息を吐いた。
この世に生を受けて十と七年。オレはたぶん後数年で死ぬ。
昔は笑って済ませられた運の悪さはここ最近右肩上がりで危険度が増している。
幼馴染みに「オレって運が悪いよな」と笑って見せたが真剣に御祓いを勧められた。
馬鹿野郎。そんなんで治るならとっくに治ってるわい。
ありとあらゆる手を尽くした。神社に参り、御祓いもして貰い、各宗教の方面も回ってみたが効果無し。
出た結論は生まれついての悪運。しかも凶のおまけ付きだ。おみくじは全部大凶か凶だざまあみろ欲しいったってわけてやらねぇ。
くじ運が悪いのは諦めもつくが、週一で鉄筋が落ち、毎日花瓶や植木鉢が脳天目掛けて自由落下してくるのは命の危険を感じる。流石に命の諦めはつかない。今週なんて鉄筋が落ちるの二度目だ。
はあ、と溜息をついて立ち止まる。なんでコンビニに寄るだけでこんなにも危ない目に遭うんだ。オレはごく平穏にパンを買いに行くだけなんだぞ。
コンビニまで後五歩。さていくかと足を向け。
白い車がオレの前を横切り、轟音を立てて店の出口が破壊される。舞う砂塵にオレの髪は白髪みたいになった。泣くぞこら。
近場のコンビニはここだけなんだぞ。くそぅ。
オレの悪運の良いところは、他人に死者が出ない。これにつきる。
店が破壊されようがガードレールから車が飛び出ようが、みんな軽傷。現に車から出てきた男も無事そうで、そして店内の人々もおっかなびっくり外をみている。
悲鳴も上がらない辺り呆然としているのか。でもオレは通報せず素知らぬふりを決め込んだ。
こっちが原因――ないともいわないけれど(心情的に)、毎日毎日警察のお世話になりたくない。
サスペンスの刑事か警察みたいに疫病神扱いもごめんこうむるが、裏の犯人扱いも困る。
タダでさえ最近は顔見知りの警官の眼差しと風当たりが非常に痛いんだ。昨日ダンプと軽乗用車の衝突事故を目撃して(無論両方かすり傷)慌てて連絡したら「また君か」あげく「実は君が原因じゃないのか」と非常に遺憾なコメントをもらった。
善意の一般市民になんて言い草だ。
……連続四日連絡すれば怪しいとは分かってるんだよオレも。でもな、目の前でダンプにぶつかられた車が落としたケーキみたくぺしゃんこになったら慌てて連絡するだろう。
二日目の交通事故ならぬ自転車すっころび辺りは見て見ぬふりで放っておけば良かったとも思っている。まかりまちがってトラックにでも潰されたらヤバイと助け起こし、電話した自分が馬鹿だった。感謝はされたが駆けつけてきた警官のうさんくさそうな目が忘れられない。「いやぁ、昨日ぶりですねっ」と言うわけもいかず引きつった愛想笑いで誤魔化したが、この調子だとオレはいつか裏の犯罪者として檻行きになるに違いない。
考えるだけで憂鬱になる。事件の第一目撃者のオレは大きく息を吐き出して家への帰路につく。
それで丸く収まるはずだその場は。
「ちょっと」
ポケットに両手を突っ込んできびすを返そうとした耳に柔らかくない女の声。
「見て見ぬふりする気?」
ハイそうですよもうほっとけ疲れたと顔を向け。絶句した。
すげえ。
すっごいかわいい。もの凄くタイプ。サラサラした黒髪は肩までしかないが風に揺れてこっちまでシャンプーや石けんの匂いがしそう。
目つきは少しきつめで活動的なリーダータイプの顔つきだが、いくら周りが可愛げが無いだろうと言おうともオレは活動的な方が好き。
じゃなく、個人的な好みはこの際おいておく。
あれだけの粉塵に関わらず、その女……いや、オレと同い年くらいの少女にはススの一つも落ちていない。
埃や瓦礫が彼女を避けたんじゃないのかと思うほどに。確かにオレの不運は死人は出ないが軽傷者は多数出る。胸を張れた事ではないが。
見たところ砂埃も被っていない様子の腕を軽く払い、
「責任感に欠けるんじゃないの」
強めの眼光がこちらを貫く。
「セキニン感」
遙か昔に捨て去った言葉だな。いちいち持ってると身が持たないからハンマーで砕いてどっかの側溝に流している。
ちゅうかな、なぜこの女はオレに寄ってくるのか。ああ、そっか詰め寄られてるのか。言いがかりも説教も聞き慣れているがちとマズイ。
「お姉さん。じゃなくてえーと、お嬢さん」
「何よ」
「オレといますと、すっげえ災難に。死にはしないけど口に出すもおぞましい厄災が降りかかりますよ?」
言っててツボ売り商法みたいだなとも思って泣きたくなる。しかしオレは泣かないぞ、本当の事は早めに告げて置いた方が後々の為だとSP特番も吃驚な人生で学んでるからな!
それに壺は売らないし。金も貰わない。貰うのは一時の平和への時間だ。
「…………へぇ?」
鼻で小さく息をつき、肩を軽く揺らす。小馬鹿にされた。
「今に後悔するぞ。車がいきなり飛んできたり、植木鉢落ちてきたりするんだからな」
「わたし、今まで生きてきてるけどそんなの見た事無いわ」
なんて羨ましい平穏な人生を生きているんだ! それが普通だろうけど嫉妬が抑えられない。
みてろ、最近は不運の真っ盛りだから車とバイクと飛行機のおまけ付けで来てもおかしくないぞ!!
変な気合いを入れて睨み付ける。
けど、いくら待っても何にもない。
「何にも起きないじゃない」
「あれ?」
ふ抜けた声を上げてしまうオレ。いつもならそろそろ物の二、三個降ってきておかしくないんだが。
「ま、いいわ。あなた頭が可哀想な人なのね。じゃあ責任感なんて問いかけたわたしが悪かったわ」
「な……」
なんだとこの、と言い募り掛けたがぐっと我慢する。今はまだ何にも起きてないがここで彼女に構い続けてまたさらなる事故が、なんて嬉しくないコンボが来ても困る。
潔く言葉を飲み込んで、口調は悪いが顔は好みのこの女の離れるべきだろう。そうだ、そうしようオレ。
一歩、二歩。後退ると、相手がぽかんと口を開いた。へ?
ぎにゃあ、わんわん、ばうばう、と獣の声がして一瞬意識がなくなった。
尻餅をついて薄く開いた視界に入る犬猫の後ろ姿。
「どこから逃げ出したんだ、ライオンじゃないだけまだ幸運、か」
呻く間にも、もみくちゃにされた鈍い痛みが襲う。
「危ない!」
彼女が悲鳴を上げた。オレの座り込んだ後ろに重そうな砂袋がHit。
もういい。どこの袋か確認するのもめんどい。
「あ、あの」
「そう言うわけで。オレに寄るとそっちも」
「…………特に異常はないわ。あなた以外」
無いな。
あっれ、おかしいな。
「ほら、座ってないで起きて」
「すんません」
助け起こされて肩身が狭い。あはは、役回り逆じゃん。
あっ、やば。また何か…………来ないな。
どうもこの女と一緒だとオレも不幸な目に遭わないらしい。なんだこの平和な一時。
生まれてこの方味わった事がないぞ何も落ちたり飛んでこないのなんて。
「疑って悪かったわ」
「イエ」
そんなことで謝られても情けなさで身が縮む。しこたま現実をみつめてそうな彼女すら納得させるオレの運のなさ、はああ。
にしても、だ。これだけオレの隣で平穏無事なのも珍しい。
友達知り合い全員がオレを避けているのも差し引いても、会話が長くできるなんて滅多にない。
よっぽど彼女は強運の持ち主なのか。ふと、ある噂話が浮かび上がった。
「名前、福永とか言う?」
「ええ。それが何か」
「そ、それでもって下は幸美とか?」
「そうだけど」
「あの大吉当たりまくりで宝くじ一等二等ひきまくりのラッキーガール!?」
「そう言うあなたは大凶当たり前日常生活に支障が出てきているほどの不運の固まり『無田 彰』さん?」
「う、うん」
互いに無言になる。
そっか、そうか。それでオレの側でも無事なのか。むしろこっちまで無事。なんて強運。
侮れないなラッキーガール。
待てよく考えるとこれは凄いぞ。
この女の側にいれば安泰。(オレが)死ぬ危険は右肩下がりか?
今まで脅えていた不安にもおさらば!? 拳を握りしめ、オレは決意した。
「……オレと付き合ってくれ。君がいないと死にそうだ」
端から聞くと相当な口説き文句だが、違った意味で本気の台詞だ。
「あなたタイプじゃないもの」
オレの渾身の告白は砕けて砂となる。強運の女神はつん、とそっぽを向きすいと素通りしていった。
くっ、出だしで失敗した。だがしかし、こちとら長年色々と浴び続けた身、その程度の冷たさで打ちのめされるもんか。
見てろストーカーと気持ち悪いと罵られようと張り付いてやる。文字通り命がけの恋だ。結果は後から出せばいい。
「明日の学校が楽しみだぜ」
噂のラッキーガール福永 幸美。
オレに目を付けられたのが彼女にとって最大のアンラッキーな出来事かも知れないな、と少し思った。
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