『では、会場中央にある二本の剣。同時にお取り下さい』
マルクの解説を聞き、ルフィとチェリオは地面に突き刺さっている剣を抜き出す。
そしてゆっくりと間合いを取る。
『試合開始と言う言葉で開始です! 準備は良いでしょうか!』
ヒュッ。チェリオが合図代わりに剣を一閃させる。
しばしの躊躇いの後、ルフィも同じように剣を一閃させた。
それを確認し、マルクは息を吸い込み、大きく声をはき出した。
『では、試合開始ーーーーーーーーーー!』
チェリオは剣を構え、尋ねる。
「嫌じゃ無かったのか?」
「ヤケ」
ほぼ本音を語るルフィ。
「ヤケか」
チェリオは納得いった、と言うように頷き、体を傾ける。
「では、始めだ」
言葉と当時に青年の姿がかき消える。
ぉぉぉっ、と辺りから感嘆の声があふれ出る。
『な、なんと! 消えました!! 何処へ行ったのでしょう!?』
「ぁ」
ルフィは小さく声を漏らし、体ごと振り返って剣を掲げる。
ギイッ!
重い手応えと、鋼と鋼が擦れる嫌な音。
「……っ」
ルフィは何とか踏みとどまり、刃をはじき返した。
剣を片手に持ち、青年はたんっと軽く着地する。
『なんと! 上空から現れました!!
魔力のたぐいは一切関知できないようです。
すばらしい脚力!!』
「ほぉ? よけたか」
「い、今のは…ま、まぐれ」
「まぐれで止められてたまるか。それくらいで止めれるモノじゃない。
……楽しくなりそうだな」
慌てて取り繕うルフイの言葉を否定し、口元に怪しげな微笑を浮かべる。
懸念していたとおり、本気になったらしい。
非常にまずい展開だ。
「では、次は本気だ」
「あの、ちょっ……」
「問答無用」
呟きざまに剣を一閃する。反射的に身をそらすルフィの肩に先ほどスレイを戦闘不能に陥らせた打撃を放つ。
が、肩に触れるギリギリで、ルフィは慌てることなく体を反転させる。
回転の時についでに攻撃を加えることも忘れない。
チェリオは軽く後ろに跳躍してかわし、着地した。
「…………」
「…………」
二人が対峙したまま見つめ合う。
「ほぉ」
「え、えーっと」
感嘆の声をあげるチェリオ。
つい反射的にかわしたあと打撃を放ってしまったが、よく考えると凄いことをしたような気がする。
「お前の格闘の得意分野は剣だったか?」
チェリオの問いに無言で首を振る。
「それでソコまでやれれば上等だな……しかし」
言葉を切り、間合いを詰めてくる。
それは、先ほどとは段違いの速度だった。
見えるか見えないか、ギリギリの所だ。
「……速……」
毒づくまもなく剣先が目の前に迫る。
ルフィはかろうじて剣を絡ませた。
全身から汗が噴き出、心臓の鼓動が早鐘のように鳴り響く。
刃をかみ合わせる至近距離のため、チェリオの栗色の髪が額にかかる。
「何でさっき本気を出さなかった?」
「え?」
「お前の打撃をよけた拍子に少し隙が出来たはずだ。
あの時当てていれば決着は付いていた。
この試合(ゲーム)は一本取れば勝ちだからな」
「…………それは」
ぐっと言葉に詰まるルフィ。
実際にそのような戦法をしかけてきたとしても、別のかわし方があったがチェリオは言わない。一応授業のアドバイス代わりだ。
「コレでゲームセットだ!」
僅かに力がゆるんだ隙を見計らい、ルフィの剣に力を込めて刃を叩き付けた。
ボギン、と鈍い音をたて、銀光をまき散らしながら剣先がはるか彼方に飛ばされる。
「………!」
剣から手を離すのをかろうじて押さえたルフィだったが、もう獲物はなくなっている。
「ちょっと! そーゆーのあり〜〜〜!?
司会者! 審判! 校長! そこん所どーな訳!?」
『えーっと。ブーイングが上がってますが……ルール上には何も問題なく。可とされます』 観客席からクルトの抗議が上がるが、マルクは冷静に試合のルールを取りだし、読み始める。
『さあ、もう獲物はない! ルフィ選手ここで敗北となるか?」
「あの……」
マルクの景気の良いかけ声に、少年の声が割ってはいる。
『え? ど、どうしたのルフィ兄ちゃん』
恐怖で固まっていたかと思われたルフィから、意外にも声を掛けられ、マルクは慌て、思わず地が出た。
「ルールをもう一度お願いします」
『え、はい。ルール説明の復唱ですね。
ルールは簡単! 時間無制限で相手を倒した方が勝ち。
攻撃方法は剣と体を使った攻撃なら、魔法以外何でもアリです!』
「剣が折れた時点では負けじゃないんですよね」
ルフィはゆっくりと。微笑を浮かべて尋ねる。
その表情からは、いつもとは違い何も読みとれない。
『え、はい。その通りでーす…って、もしかして』
ルフィの意図を理解し、元気よく答えるマルクの声が引きつった。
「……チェリオ。僕の得意な格闘教えてなかったよね」
「ああ、まあな」
『ル、ルフィ選手! どうやら折れた剣で戦う様子!!
勇ましいが、ハッキリ言って無謀だ!!
っていうか無茶だよ、止めてよルフィ兄ちゃん〜〜〜』
マルクの説明は、最後に懇願に変わった。
「ル、ルフィ!! アンタまで何馬鹿なことを」
「そうですわ! ルフィ様。無茶はお良しになってっ」
「……おやおや」
蒼白になったクルトとエミリアが悲鳴のような声をあげた。
しかし、校長は楽しそうに微笑んでいる。
「その剣じゃ戦えない」
「うん。だって僕、剣が一番苦手だから」
その言葉が合図だったように、チェリオはルフィに向かって一撃を繰り出した。
はったりかどうかを見定めるために、今までよりも甘く打ち込む。
ルフィの姿がかき消えた、ように見えただろう。会場には。
チェリオは素早く前方に跳躍する。
ヒュッ! 少年の足が、今まで青年の立っていた虚空を切り裂いた。
降り立った少年を見て、チェリオが毒づく。
「……人の肩を踏み台にするな」
「あ、ごめんね」
指摘され、ルフィは気まずげに笑う。
「しかも肩を踏み台に上空で飛び上がり、一回転。
その時の勢いを利用し背中に痛恨の一撃を放つ。大体普通は戦闘不能だな。
良くて骨折。地面に倒れていれば圧迫死」
パンパンと肩の泥を払い落とし、呟く。
ルフィはしょうがないよね、と言うように苦笑した。
「やっぱりチェリオには効かなかったね」
「当たれば効くがな」
「しかし、素手は素手。刃には絶えられないだろう」
そう言って刃を構える。
刃先は潰してあるが、金属であることには変わりはない。
がきんっ!
かみ合う刃と刃。
思わずチェリオは舌打ちする。
「ち、さっきの折れた剣」
ルフィは先ほど捨てなかった剣の柄でを食い止めている。
「っ……!」
力任せに剣をはじき、チェリオの腹部をねらって打撃を放った。
チェリオは紙一重で交わしながらルフィに近寄っていく。
「素晴らしい健闘だが、ここらで終わらせてもらう」
チェリオはそう言って攻撃の手を止めた。
すかさず攻撃をしかけようとしたルフィの手が止まる。
相手は近寄ってこない。全体的にノーガードだ。
いま、攻撃を加えたら確実にヒットする。
相手に怪我を負わせることなく気絶させることが出来る。
ただし、それが常人の場合は。
チェリオのようなプロが打撃の際にわざと近寄ってきたなら、どうなるか分からなかった。ルフィに躊躇いが生まれる。
「攻撃、しないのか?」
「……っ」
力を込め、拳を放つ。
「甘いな」
腹部の辺りで寸止めにされた腕を掴み、チェリオはポツリと呟いた。
「うぁっ!?」
ダンッ! 一瞬で世界が回り、腕に激痛が走る。
カラン……折れた剣の柄が地面に転がった。
「ま、この辺で止めておく。なかなか楽しめた」
どうやら背負い投げの要領で地面に叩き付けられたらしい。
チェリオは立ち上がり、パンパンと手をはたく。
「え?」
ルフィは、青年の楽しげな言葉に、腕を押さえ、立ち上がった。
「ルーフィ〜〜大丈夫!?」
客席を強引に割り進みながらクルト達がこちらに向かってきたのが視界の端にちらりと見えた。
「ただ一つ。甘さは命取りだ」
「…………」
「お前はその内自分に殺されるかもしれない。
その時、自分一人だけだったら良いんだがな……」
「……え?」
ルフィが尋ねるより早く、マルクの呆けたような声が校庭に響き渡る。
『け、決着が付きました! 勝者は……』
「勝者は無し、と言うことにしておけ。手加減されて勝てても嬉しくない」
『……えぇっ? どうしましょうか……勝者ああ言ってますし』
「二人とも優勝で良いんじゃないですか?」
マルクのうろたえたような問いに、校長はにこやかに答えた。
『と、取りあえず、お二人とも優勝です! おめでとうございますっ』
歓声が上がる間際。
「あたしの幼なじみに、何するのよ、この馬鹿ぁーーーーーーーッ!!」
ぼぎっ、と言う鈍い音と共にチェリオが倒れた。
ルフィはその光景を呆然と見つめたまま固まった。
すたんっとクルトが軽やかに着地する。
その顔は怒りさめやらぬ様子で、蹴り一つではどうにも収まりそうにない。
「あ、あの……ちょっとクルト」
「大丈夫、ルフィ? この通り悪の剣士は倒したから! もう安」
「大丈夫ですの? ルフィ様!?
ああ、こんなにお怪我をなされて……おいたわしいですわ」
クルトの頭を力ずくで沈め、エミリアがホロホロと涙ながらに呟いた。
「ちょ、エミリアさん、苦し……放し」
力一杯抱きすくめられ、呼吸困難になりかけてルフィはジタバタともがく。
「やめれ」
圧死させんばかりのエミリアの様子を見、クルトは強引に二人を引きはがした。
「何なさるんですの!?」
「……ぜぇ、はぁ」
抗議の声をあげるエミリアの隣でルフィはクルトに抱え込まれるように座り込んでいる。
「アンタこそ」
「くると……痛い」
なおもエミリアに突っかかろうとしていたクルトに、ルフィはとぎれとぎれに呻いた。
「え?」
腕を押さえたまま座り込んでいる。
「大丈夫だから、はなしてよ……?」
「もしかしてルフィ、さっき投げ飛ばされたせいで……」
「あ、ちょっと痛めちゃった。でも大丈夫だよ、このぐらいならすぐ自分で治せるか」
尋ねるクルトに向かって肩をすくめ、微笑する。
答える途中でバキビシと凄まじい音が耳に入ってきた。
「なんてことしますの! 私のルフィ様に向かって!!」
地団駄を踏むエミリア。
「手加減しなさいよ! この! この!」
同じく地団駄を踏むクルト。
二人のしたには倒れたチェリオが居た。
「……え、っと。二人とも?
あの……ちょっと……」
ビシバシビシバシ。
音は一向に止まない。
「癒しの光」
小さく呟き、痛む腕に手を置く。
淡い光が集まり、消えた。
もう痛みはなくなっている。
数度腕を確認し、
「二人とも止めてよーーーーー」
二人を止めに駆けていった。
『えーっと。校長先生。この場合は?』
「ん〜。エミリア君とクルト君の優勝ですねぇ」
『だ、大どんでん返し。予想も出来なかったことですが、優勝者はクルト・ランドゥールとエミリア・マインドに決定ーーーーーーーーーっ!!
生徒の皆様。くれぐれもヤケになってデモを起こさないで下さいネ☆』
マルクの明るい言葉に、会場からブーイングが巻き起こったのは言うまでもない。
ただし、最後の一言が効いたのか、暴動は起きなかったことをココに記す。
《ソードダンス/終》 |