ソードダンス-3






 黒髪が風になぶられ揺れる。
 一瞬風が止み、スレイは動いた。
「だぁぁっ!」
刃が相手の腹部をとらえ、貫き通す。
 はず、だった。
 が、僅かな音と共に背後から強い力で殴打された。
「っ!?」
 地面を数度転がり、後ろを見ると。先ほどまで前方にいた青年が後ろに立っている。
 立ち上がり体制を整える。打たれた肩がずきりといたんだ。
「ってぇ……」
「ふ、もうお終いか?」
 相手は呼吸も乱さず平然と尋ねてくる。
「まだまだぁっ!」
「……コレで十回目だぞ。いい加減諦めろ」
「ぜってー一本は取ってやる! 負けっ放しでたまるか!!」
 赤いマントをなびかせ大声で豪語する。
「恥の上塗りになるだけだと思うが……」
 相手側の青年は栗色の瞳を細め、呆れたように嘆息する。
「それに、お前はもう十回死んでいる。実践では一度きりだ」
「オイ、練習だろ。コレは」
「戦場では練習という文字はない」
 半眼になって突っ込むスレイに、青年はサラリと言ってのける。
 

「うわ〜」
何だか凄いことになっている試合会場を見て、ルフィが口元に手を当てた。
「…………」
 一方のクルトは険しい表情で、二人の口論を見つめている。
 不意に、クルトが二人の方へ駆けだしていった。
「あ!」
 止めるまもなく、 
「……チェリオ。 あんたね、一応プロなんだから手加減ってものしなさいよね」
 人差し指を青年の胸元に突きつけ、睨み付ける。
「いつのまにわいた」
「あたしはボウフラか」
首をかしげる青年の言葉にクルトの口元が引きつる。
「オイ、クルト。コレは男と男の決闘なんだ。女が首突っ込むなよ!」
「なんですってぇ?」
「うっ、やる気か!?」
 険しくなったクルトの顔を見て、スレイが身構える。
 しかし、少女は呆れたような顔になり、今度はスレイの鼻先に指を突きつけた。
「って、言いたいところなんだけど、『決闘』?
 思いっきり負けまくってて『決闘』?
 アンタ体ボロボロになってるじゃない。コレじゃあリンチ。私刑よ私刑!」
「ぅ゛っ。うるせーっ!」
 スレイが真っ赤になって反論しかけたとき、チェリオが小さく口を開いた。
「……そうだな。一応生徒は護衛相手だからここらでやめておくか」
「オイ、そんなのあるかよ。一点くらいは」
 不平をブツブツと言い続けるスレイを顎で差し、
「クルト、コイツを保健室に連れて行け」
 チェリオの言葉にクルトの顔が引きつり、スレイの表情が青ざめる。
「……私刑?」
 チェリオは軽く手を左右に振り、凄まじいことを言ってのけた。
「違う。肩、骨折してるはずだ」
「はぁ!? 
 スレイ! あんたどぉして言わないのよ!!
 こんの、馬鹿!!」
「馬鹿! ばかばか言うな! オレは健康体だ。打ち身だ打ち身!!」
「そうなの?」
「いや、多分ヒビくらいは入ってるな」
「なんですぐ取りやめて治療に行かないのよ!?
 放っておいたら大事になるんだから!
 ちょっと、誰か保健室〜〜
 あ、えんじぇー。えんじぇ居ない〜?」
「はぁ〜ぃ。およびですかぁぁ?」
「いや、呼んでない呼んでない」
「うん、ちょっとここの熱血馬鹿が骨折しちゃって」
「いやいや、全然平…をぐっ!?」
 あくまでもシラを切ろうとするスレイの肩をポンッと叩く。
 傷口を叩かれスレイは悶絶した。
 それを見ていたえんじぇは慌てたように近寄ってくる。 
「まぁ、大変ですぅ〜っ」
「く、クルト……けが人を叩くのはちょっと」
少々荒いクルトの行動に、ルフィは眉をひそめた。
「良いのよ。あのぐらいしないと無茶するから」
 肩をすくめて答えるクルトの目の前で、スレイがえんじぇに連れて行かれる。
「さ、行きましょう〜。ちゃんと固定して湿布を貼ってあげますから〜」
「止めろ〜ッ。オレは健康体だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」
連れ去られるスレイの悲鳴が、断末魔のようにしばらく耳に残った。
「参ったな」
 しばしの沈黙の後、チェリオがポツリと言葉を漏らした。
「ん? なんでよ」
 クルトは首をかしげる。
 大事になると自分では言ったとはいえ、あの程度の軽い骨折なら魔法でも十分に治る。
 可哀想なことに、今はそれを使えるモノが出掛けているが。
 ルフィに頼むことも出来るが、まあ、シラを切った罰には保健室行きで十分だろう。
それに、先ほどの疲労もあるだろうから、少し寝ておいた方が良い。
 えんじぇに預けること以外は特に問題ないはずだ。
「いや、補習も兼ねていたんだが……次の授業内容は実技でな」
「それで?」
 何か嫌な予感がする。
「剣術の授業だったから暇だし、ついでに引き受けてたんだが」
「……もしかして、見本がスレイだったの?」
「そう言うことになるか」
「だったら少しは手加減しなさいよ。後々のこと考えて」
「ついつい、いつもの通りにしそうになってな」
 どうやら、スレイが抜けると次の授業に支障が出るらしい。
「じゃあ代役立てないとね」
「誰が出るの?」
 クルトの提案にルフィが首をかしげる。 
 彼女は自分の顔を指さし、
「あたしとか?」
 どぉ? と言うようにニッコリと笑う。
 ルフィが大あわてで手を振って反対する。
「だ、ダメだよ。絶対ダメ!!」
「そうだな、大体お前剣なんかもてたか?」
 チェリオの指摘にクルトは口をとがらせ、 
「むっ。剣くらいもてるわよ!
 こんなモノこういう風に持てば……」
しゃがみ込み、足下に置いてあった模擬刀に手を掛ける。
 模擬刀なだけに、重さも殆ど本物と変わらない。
 ただし、刃は潰してあるが。
「こういう、風に、もて、ば」
「持ててないぞ」
 うめき声を上げる少女に、チェリオが突っ込みを入れる。 
「し、失礼ねッ! 持ててるわよちゃんと!!」
 確かに彼女の言うとおり、持ててはいるが腕は伸びきって震え、今にも落としそうなほど危うい状況だ。
「いっぺん振ってみろ。素振り」
「ぅ゛っ」
 冷たいチェリオの言葉に、クルトはうめき声を漏らす。
 力を込め、震える腕を上に掲げ、
「ふ、振れば良いんでしょ。振ればぁぁぁっ」
 ぶん、と振り下ろす。
 そこで力尽き、ゼエゼエと息をつき、しゃがみ込む。
「呼吸が荒いな。剣を交えるなんて夢のまた夢だな」
「チ、チェリオ。しょうがないよ、チェリオと違って力が無いんだから」
 少女はぴくりとルフィの言葉に反応し、剣を抱えて立ち上げる。
「……ふぬぬぬ。まけるもんかぁぁぁぁ」
「その根性は認めてやるが、無理だ。代役は」
 青年の言葉が終わるか否か、汗ばんだ少女の手の平から模擬刀が滑り落ちる。
「あ」
「危ないよっ」
 とっさに、ルフィは少女の手を引いた。
 堅い音をたててクルトの足下の地面に剣が倒れる。
「やはり無理だな」
「むぅ。きっとこのカタキはルフィが取ってくれるわ」
「僕!?」
「そう言えばルフィと剣を交えた事がなかったか」
「あの、いや、その。僕、平和主義だし、あんまりそう言う危険なこととか……」
「獲物は剣。ほとんど実践と変わらない。
 必要に応じて拳や蹴りを使って良いとする。
 ただし、魔法は禁止だ」
「頑張ってネ! ルフィ♪」
「あの、二人とも……」
本人をムシして着々と段取りが決定していく。
「クルトは邪魔だから場外(人混み)に行ってろ」
「了解。ルフィ!頑張れ〜」
 気合いの抜けるような軽い応援をしながらクルトは小走りに離れていった。
「あ、ちょっとクルト。おいてかないでよぉっ!」
「さ、始めるか」
「あ、でも。僕もうすぐ授業だから……」
「ああ、授業だ。コレが」
「く、クルト送り届けてこなくちゃ」
 ルフィの言葉を遮るように、ぴんぽんぱんぽーん。
 と、軽快なメロディが響き、スピーカーから聞き慣れた声が漏れ出る。
『え〜校庭でお集まりの生徒の皆様〜。
 げんきですか〜。
 校長のレイン・ポトスールです♪
 とっても元気そうですね〜。
 どうやら校長の僕が知らない間に面白い事態になってるようです。
 チェリオ君対ルフィ君。
 とっても面白い対決になりそうですので、今日の授業は全面的に中止して観戦をすることにしま〜す!
 十分後に試合開始らしいので、それまでに客席を用意いたしますからねーっ。
 ついでに僕も観戦したいと思います。
 では、十分後にお会いしましょう! 』
ぷちっ。無機質なスイッチの切れる音と、無情な沈黙の後、辺りから歓声が巻き起こる。
「嘘」
 校長……相変わらずどこから聞きつけてきたのか分からないが、すばらしい耳の早さだ。
 しかも、もう手回しは始まっているらしく、ルフィの目の前で着々と準備が整い始めている。行き来する作業員を目の前にルフィは顔面蒼白で呻いた。
「相変わらず乗りが良いわよねぇ。ウチの校長。
 後で教師達にどやされるわね。きっと」
校長の言葉の後、気のない拍手を送り、クルトはある意味感心したように呟く。
「そう言うわけで、もう断れないようだな。
 止めたら後が怖いと思うが」
「……ぅぅ」
 チェリオの言葉に反論するすべは、ルフィにはもう、無かった。

 




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