ルストモンスター-6








「どうしたのよ一体……」
 少女は、固まっている剣士が凝視している場所に向かって視線を移す。
 同時にルフィもそちらを見やり、小さく声を漏らした。
「え……」
 座り込んでいた魔物が何時の間にか立ち上がり、四肢を大地に付けて尻尾を大きく立ち上がらせている。
「…………っ」
 ようやく気を取り直したチェリオは踵(きびす)を返し、逃走を図った。
「ちょっと待ったーーーーーーー。アンタ何護衛対象置いて逃げてるのよっ!」
 それを指さしながらクルトが立ち上がる。
 ぐいんっ
 チェリオの体が何かに引き寄せられるようにのけ反った。
「へ?」
「え?」
クルトとルフィの目が点になる。
「くそ……負けてたまるかッ」
 何かに引きずられまいと踏ん張る青年。しかし二人には独り相撲のようにしかみえない。
 ルフィがチェリオの吐き捨てた方向を見る。クルトも同じようにそちらを注目した。
「…………」
  赤サビ色の魔物は先ほどの格好のまま体を震わせ、尻尾を大きく揺らす。
 ピリピリと体に異質な感覚が伝わってきた。
「まーけーるーかー」
 岩に必死でしがみつき、チェリオが呻く。
 銀光が閃いた。
 ガシガシンッ。
 鉄球状の尻尾の先端に、何処からか引き寄せられたように、剣がピッタリとくっつく。 
「何!?」
「磁石……?」
 驚きの声をあげる二人を余所に、ぶんっと尻尾を振って剣を地面に振り落とす。 
剣先が石にぶつかり、ガヂンと鈍い音が響いた。
尻尾を立てたまま座り込み、両足で剣をチョンチョンと触る。
「何だか気持ち悪いわ……」
「僕も何かフラフラする」
 可愛いしぐさを余所に二人は気持ち悪そうに口元に手を当てた。
 異様な感覚はまだ収まっていない。
「……コイツは……強力な磁場を発生させ……」
 チェリオが説明しようと口を開くが、またからだが浮き上がったのか言葉が途切れる。
「磁場なんか作って一体どうするのよ……鉄くずしかくっついてこないわよ」 
少女の呟きと同時に、異質な感覚が途切れた。
「カゥ」
 魔物は触れていた前足を放し、ジッと剣を見つめる。
剣が僅かな光を放ち、次の瞬間には赤黒い物体がその場に横たわっていた。
「え?」
 二人の口元が僅かに引きつる。
 姿こそ変わっているが、柄の部分は先ほどの剣のモノだ。
 魔物は嬉しそうにそれを両足で挟み込むように持ち、シャリシャリとむさぼった。
「カゥー♪」
「さ、錆びに……」
「なってる……」
 嬉しそうに硬そうな刀身をはんでいる魔物を見て、二人は絶句する。
 岩に掴まったまま、チェリオが呻くように呟いた。
「コイツの名は『ルストクエイト』……通称」 
そこまで言って魔物に視線を移し、
「通称『錆の魔物』として恐れられる存在だ」
 げんなりと呻く。
 丁度錆を食べ終わったところで、魔物は小さく舌なめずりをした。   
鞘の部分をくわえ、岩の裏に持っていく。
 どうやら食べれない部分は捨てているらしい。
「……うわ」
 ルフィがこっそりそこを覗くと、山積みにされた刀身のない剣や他の道具。
 全て金属の部分だけ全て無くなっている。
 少女は腕を大きく広げ、
「……確かに人によっては怖いわね。あたしには関係ないけど」
 ヤレヤレと首を振る。
「おい」
「関係ないけど」
後ろの非難がましい声をあっさりと聞き流し、涼しげに言葉を紡ぎ、座り込む。
「所でお前の髪飾り金属製じゃないか?」
「へ?」
チェリオの言葉と同時。
ぱく。そんな音が頭の方から聞こえた。
 いつの間にか肩まで上っていた魔物が髪飾りを両手で持ち、口にくわえている。
 まだ錆びていないのが救いだ。
「それは駄目ーーーーーっ」
 肩に乗っていた魔物をクルトは慌てて降ろす。
「カゥー」
 何処か不満げな表情で口をもごもごさせていたが、魔物は髪飾りを吐き出すと、舌を小さく出す。
あまり嗜好(しこう)に合わなかったらしい。 
「……無差別かと思ったが、好みもあるんだな。何でも食べるコイツが吐き出すとは」
 岩に抱きついたままチェリオが感心したような声をあげる。
「なんか少しむかつくわ。その言い方。あたしの髪飾りは毒物かッ」
「ま、まあまあ。食べられなくて良かったでしょ。ね?」
 口をとがらせて膨れるクルトを宥めるようにルフィは微笑む。
「そうだけ…」
 少女の返答が終わる前に、ぐいんという空間のきしみのような音と、鋼の打ち付ける音が響いた。
 魔物の尻尾の先には剣がくっついている。
 どうやらまだ食べたり無かったらしい。
「……ちょっと待て」
 チェリオの顔が引きつった。
 それを余所に、魔物は「カウー」と目を細め、刀身を錆びに変えて食し始める。 
「もしかして」
「チェリオの…」
二人の気の毒そうな言葉が重なる。
「…………ちょっと待てーーーーーーー」
 しばし固まっていたチェリオは悲鳴のような絶叫を上げた。
「ああ…可哀想に。あたしには関係ないけど」
「ク、クルト……」
 目元の涙を拭う仕草を見せながら、勿論濡れては居ないが。ポツリと漏らす少女の言葉に、ルフィは小さく口元を引きつらせる。
「お、俺の剣が……喰われたッ」 
「カゥー♪」
  何時になく怯えと動揺を織り交ぜたようなチェリオの声が響く。
 それを見ながら、クルトは小さくあることに思い当たった。
「多分レムも苦手なんだろうな。あの子」
 そのことに関しては反論する理由も見つからなかったので、ルフィは素直に頷く。
 機械系統をいじる身としてはああ言う魔物は恐ろしいだろう。
「これ以上は喰わせないからなッ。これだけ集めるのにどれだけ苦労…ッ。止めろッ」
「……のどかねー」
 魔剣士の絶叫と、魔物の嬉しそうな声を聞きながらクルトはポツリと呟いた。

勿論。この魔物で死傷者も出るはずもなく。
 全員試験を簡単に終わらせた。
ただ一人…異様に疲れたモノはいたが。

 結果報告の書類を眺めながらレイン・ポトスールはつまらなさそうに少し瞳を伏せ、
「あ。やっぱりみんなクリアですね……まあいいです。
 やはり苦手なモノを克服させるのって難しいんですかね。荒療治でも」
僅かに口元に笑みを浮かべてそう呟いた―――


追記:あの無表情な魔剣士が、あそこまで取り乱したのは後にも先にもあの時位だったと、後にクルトは語ったという。






《ルストモンスター/終わり》




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