ルストモンスター-3






 目的の場所を目指し、薄暗い森を進む。
「皆さん〜。ちゃあんと付いてきてますかぁ? はぐれた方は居ませんかぁ〜?」
 まるで何処かのガイドのように、えんじぇは間延びした調子で微笑みながら声をあげた。
数十センチ浮かび上がり、ふわふわと滞空している姿はお気楽そのものだ。
「あたしらは子供か……」
 クルトが疲れたように肩を落として嘆息する。隣にいたルフィが、まあまあと言うように微笑みながら少女の顔をのぞき込む。
「分かってるわよ、アレが地だってことは。力の限り」
ウンザリしたようにそう返し、
「はぐれてる奴居るわよ。後ろに」
 チェリオを指さす。
 彼の場合違った意味で群れからはぐれている。
「おい!?」
後ろに居たチェリオが引きつった顔でこちらを向いた。
「クルトさ〜ん? チェリオさん〜はぐれてぇ、無いみたいですけどぉ〜」
 えんじぇがそちらを向いて不思議そうな顔をする。
 軽い冗談を素で返され、クルトは何処か遠くを見るように空を眺め、嘆息した。
「……あはは……」
「おい、まだなのかよ。オレ飽きてきたぞ。この景色ぃぃぃ!」  
困ったように苦笑するルフィの後ろから、少年のだらけたような大声が聞こえてきた。
「やっかましいわねスレイ。ちょっとくらい我慢しなさいよ!」
眉を寄せクルトが頬をふくらませる。どちらかというと言葉の中身より声の大きさに不快になったようにも見える。
 不平を口にした少年は、頭の後ろに手を組みながら、黒い瞳を半眼にして呻く。
「だってさ、つまんねえもんはつまんねーんだよ。行っても行っても森・森・森っ!」
森の部分を強調しながら、バッと右腕を近くの木々に向けた。赤いマントが翻る。
「い〜〜かげん、ダレてくるぞ」
そう言って腰に両手を当て、大きく嘆息した。
「……そりゃその気持ちも分からなくもないけど」
一旦何かを言いかけたクルトも、詰まったように口をとがらせ、空を眺めた。
 梢の間から僅かな陽光と青空が垣間見える。
 しかし、視線を戻すと辺り一面はまるで樹海。
 ほぼ陽光が当たらず、薄暗い。
 空から僅かに漏れる陽光は、まるで、夜空に浮かぶ月からの月光のようだった。
「行っても行っても樹・樹・樹……。あたしだってとっくに見飽きてるわよ」
「だろ。あきたあきたあきた」
 連打される不平にクルトの頬が引きつった。 
 それに気が付かず、スレイが大きく嘆息する。
「もう、せめて何かなー。こうパァッと景気の良いこととかねーかな」
「だから……」
 少女の唇から、ヤケに静かな言葉が漏れた。
 危険を察知してスレイの不満がピタリととまる。
「あたしだって我慢してるんだから、あんたも我慢しなさいよ」
 笑顔のままだが、静かな口調にたっぷりと殺気を乗せてクルトが言った。
 スレイがうっと詰まったように口をとがらせる。
「だってさ……」
「だってもクソも無いのよ。とっとと口閉じなさい」
 イライラ状態のためか何時になくクルトの口調が乱れている。
 言葉の中の殺気と笑顔の釣り合いが取れていない。
「クルト……言葉が」
ルフィが少し引きつった顔で、パタパタと手を振って小さく呟く。
「……とにかくよ。不平不満は置いておくとして。道はココで合ってるのかしら」
 少女はこほんと一つ咳をして、少しバツの悪そうな顔をした後、えんじぇに向き直った。
「え〜〜〜〜………っ……と」
 相変わらず間延びした声を上げ、ゆっくりと首をかしげる。
 この辺りで周りの生徒の不安が20%ほど上昇した。
「何なのよその長い間は」
 いつもより20秒ほど長めの間に、流石にクルトの顔も引きつった。
 そんな不安を吹き飛ばすようにえんじぇがニッコリと微笑んだ。
「大丈夫です〜。合ってると思います〜………多分」
「……『思います』?」
「えっと……『多分』?」
クルトとルフィが交互に呟いて沈黙する。
周りの不安感は、えんじぇの言葉にもうすぐで100%に達しようとしていた。
「えんじぇ。今凄い不安になったんだけど……迷ってたりしないわよね!?」
「……マズイんじゃないか? ココで迷ったりしたら」 
「スレイ。アンタ本当に大馬鹿! 馬鹿スライム!! 
 こんな所で迷ったら遭難よっ。マズイくらいじゃすまないでしょーがっ」
 慌てたような少年の言葉反応し、クルトはビシリと指を突きつける。
「オレはスライムじゃねーっってんだよ。バカバカいうな、この馬鹿」
「何ですって。馬鹿に馬鹿と呼ばれる筋合いはないのよ大馬鹿スレイ」
「まだ言うか。気にしてることを言うな馬鹿」
「馬鹿って言った方が馬鹿なのよ」
「とか言うお前も言ったんだから大馬鹿」
「あのぉ……」
「二人とも〜」
 二人の怒濤の言い争いに、えんじぇとルフィが困ったように声を掛ける。
 しかし、あっさりと無視された。
 言い争いは終わらない。
「何ですって。大馬鹿に大馬鹿と言われる心当たりなんて無いわよっ」
「また言った。お前がバーカ」
「えーっと……二人とも。それじゃあ子供の喧嘩」
 この上なく低次元な言い争いにルフィが眉をひそめて呟く。
 それにピクリと反応し、クルトとスレイはまるでさび付いたネジのような音をたて、振り向いた。
『子供〜〜〜〜!?』
「ご、ごごごごごめんね……つい」 
二人の息のあった動作に恐怖を覚え、 ルフィは悲鳴のような言葉で謝罪する。
『ついぃ?』
「いや、その。えっと……こっ、言葉がすべって」
 二人の詰問に身を震わせるようにし、ルフィは呻く。
 ソレを見ながらチェリオは感心したようにポツリと呟いた。
「……流石は幼なじみ同士。息ピッタリだな」
 その言葉が終わるか否か。えんじぇが脳天気に到着を告げる。
「あらぁ〜。どうやら着いたみたいですぅ。道、あってましたぁー」
「……色々聞きたいことは山々なんだけど。その一言。でもついて良かったわ」
「そうだなぁ。こんな所で遭難なんてオレはゴメンだぞ」
 クルトとスレイはそう呟いて、ほっと胸をなで下ろす。
 それを余所にチェリオが剣の柄に手を掛けた。
「安心している暇は無さそうだがな」
「うん」
青年の言葉にルフィも小さく頷く。
 それを見たクルトはパタパタと手を振り、
「へ? もー。二人とも中に入る前に戦闘態勢にはいるなんて準備が良すぎるわよ」
 おどけたように笑う。
 スレイとえんじぇもそれに同意した。
「そうだぞー。あんまり気ぃ張りつめるのも良くねーぞ」
「そうですよぉ〜。のんびり行きましょうー」
 その言葉にチェリオとルフィの身体ががくりと傾いた。
 何かを堪えるように額に手を当て、チェリオはえんじぇに話しかける。
「……えんじぇ。お前は気がついとけ」
「え? お名前で呼ばれて仕舞いましたぁ」
何処かずれた場所で驚いたように呟いて、頬を赤らめる。
 抜けた答えにチェリオの肩が大きく転ける。
「……もういい」
 何処か諦めたように青年はウンザリと嘆息した。
 ルフィは体制を立て直し、チェリオに目配せする。
「チェリオ……来るよ?」
「ああ」
 ルフィの言葉に頷き、剣を抜く。
「来る? 来るって何が」
「……ぉー。目がマジだぞお前ら」
二人の姿を見て、クルトとスレイは察しが悪くのほほんと首をかしげた。
 チェリオは無言でクルトの背後にツカツカと歩み寄り、
「…………」
 沈黙したまま蹴りを見舞う。 
「きゃぁっ!?」
 クルトが簡単に遠くの方にはじき飛ばされた。
「あの〜……きゃぁ〜〜〜〜〜ぁ」
 何かを言おうとしたえんじぇにも無表情で体当たりを喰らわせる。
「チェリオ。もう少し優しくね。優しくっ」
 ルフィは引きつった顔でそう注意を付け加えながら、スレイを自分の方に引き寄せた。
「お、おぃ?」
「いったたた……アンタ一体何するのよッ!?」
 起きあがったクルトが頭を振り、怒り心頭と言ったように一歩前に踏み出した。
「動くな」
「動いちゃ駄目だよ二人とも」
それをチェリオとルフィの声が静止する。
「え…」
 二人の言葉に思わず聞き返し掛けた彼女の足下に轟音を立てて岩が突き刺さった。
「ぅっ」
 スレイの身体すれすれにも岩が飛んでくる。
 土埃を立て、ゴロゴロと転がった後止まった。
 あんなモノが直撃すれば怪我では済まない。
「ひぇぇぇ」
 クルトが引きつった声をあげて後ずさった。
「い、いったいこれは何なのよッ」
「おい。あそこ見ろよ……」
スレイの指さした先には雑魚の代表格であるオークの一団。
「あぁっ! 雑魚のくせに雑魚のくせにあんな最新機器をッ」
「投石機がか?」
そちらを向いて悔しげに呻くクルトの言葉に、チェリオが小さく突っ込みを入れた。
 こちらを見下ろせる崖上で、オーク達が原始的な投石機を使ってこちらに向かい攻撃をしかけている。
全滅させたら身ぐるみを剥ぐ気なのだろう。
「あっぶねーなぁ。当たったらどーすんだよ」
「どうもしないんじゃない?」
「さもなくば喜ぶかだと思うが」
スレイの仏頂面の言葉に、冷静にクルトとチェリオは呟く。
「けどまずいなー。あんな高い所じゃ魔法も届かないし…剣だって」
「まず無理だな」
 後一つだけ手だてはある。絶対に使いたくなかったが。
「では〜。私の出番ですねぇ」
 引っかかっていた樹からようやく抜け出、緊迫感など欠片も無しにえんじぇは微笑みながら言葉を紡ぐ。
「そーねー…」
「……オレはいやだなー」
「あ、あはは」
 クルト、スレイ、ルフィが口々に感想を述べる。
「あまり無理はするな」
「はい〜〜♪」
 チェリオの言葉うちに含めた『お前が無理をすると俺たちが死ぬ』と言う言葉は見事に伝わらず、えんじぇはますますはりきった。
「チェリオ。アンタなんつー余計なマネをするのよ」
 ぽんぽんっと肩は届かないので胸板を叩くクルトの目は笑っていない。
「ブレーキになると思ったんだが」
「アクセル掛けてどーするのよ」
 チェリオの答えに震える声でそう呟き、胸ぐらを掴み上げる。
「おい。お前ら早く着けろ。まとめてダメージ喰らうぞー」
 そんな二人を見ながら、準備万端なスレイが呆れたような目でため息混じりに告げる。
「あ、嘘!? あたしも早く着けないと」
「ん……」
 二人同時に耳栓を取り出し、着ける。
「らーらら〜♪」
 同時だった。えんじぇが歌い始めるのと。
 辺りの木々が軋み、空間が悲鳴を上げる。
 飛んでいた鳥は落ち、辺りの生物たちはバタバタと倒れ伏す。
 無論、崖上のオーク達も例外ではない。
 ゴロゴロと斜面を転がり大多数が即死した。
 耳栓をしたクルト達でさえ、音の響きに身を震わせる。 
音に誘われて眠りこけるという範囲を遙かに超えた、殺人的な破壊音がえんじぇの小さな唇から紡がれた。
「らららぁ〜♪ 安らかに子守歌で眠って下さいー」
 耳栓を着けていなければ突っ込みが総掛かりで来そうだが、無論みんなそこまで度胸はない。あったとしても数秒持たずに気絶する。
 五分足らずで決着は付いた。
 が、全員が耳栓をはずせたのは、えんじぇが歌い終わった三十分後だった。




木々の切れ目から透き通った青空が見える。
 合間から差し込む陽光は、暖かかった。
 しかし、クルト達の心は暗たんとしていた。
「……使っちゃったわね。アレ」
「ああ」
 呻くクルトの言葉にチェリオが相づちを打つ。
 よほど嫌だったのだろう。少女は頭を抱えて苦悩する。
「校長の用意した耳栓。絶ッッ対使いたくなかったのに」
「しかし使わないと死ぬぞ」
チェリオは少女と辺りに倒れた鳥や動物たちに視線を交互に送った。
 その言葉にクルトは腕組みをし、仏頂面で嘆息する。
「そりゃそうだけどさ」
「まあまあ。でも怪我が無くて良かったと思うよ?」
 ぬかるみのように重たい二人の空気を取り払うように、ルフィが穏和に微笑んで、空気を和ませた。それにスレイも続く。
「そーそー。みんな無傷で無事故。ラッキーだって」
「ん、まぁ……そうね」
「だな」
スレイの言葉にクルトとチェリオは嘆息しつつも頷いた。
「みなさぁーん。こちらが洞窟の入り口になりまぁす」
 一曲歌ってスッキリしたらしく、えんじぇは爽快そのものの笑顔で洞窟を指し示す。
 茂みの影になっていて分からなかったが、目立たないところに洞窟の入り口がぽっかりと空いていた。
 クルトは拳を握り、
「よおし。頑張るわよっ」
腕を天に突き上げつつ、雄叫びを上げた。
が、その動きがあることに思い当たり硬直する。
「所でえんじぇはどうするの?」
 こんな騒音天使が洞窟に入ったが最後、絶対に耳栓がはずせなくなる。
 彼女が歌った場合、自然のスピーカであちこちに反響するはずだ。
そんな心境を知ってか知らずか、相も変わらず脳天気にえんじぇは微笑み、
「私は〜皆さんをぉ、おまちしていますぅ。校長先生から〜私がお助けすると、試験にならないと言われましたぁ。
 ですから〜、洞窟の出入り口をちゃーんと見張っておきますぅ」
 どうやら校長からすでに手配済みらしく、えんじぇはあっさりとそう告げた。
「そ、そう……そうよ。見張りも立派なお仕事よ。頑張ってね!」
「頑張れ」
「はい! 付いていけないのは悲しいですけどぉ、私ぃ〜頑張りますぅっ」 
拳を握るクルトと、後ろでポツリと投げやり気味に呟くチェリオの言葉に励まされ、
多分後者が強いのだろうが、天使は気合いの入った声をあげる。
「皆さん。頑張って下さい〜」
 脳天気な声に励まされ、取りあえず全員が洞窟の中に入ったのだった。

 




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