白い壁に囲まれた小部屋の中居る人物に向かって、校長は笑いかけた。
「と言うわけでよろしくお願いしますね」
「わかりましたぁ」
分かってるのか、分かっていないのか分からない間延びした声が返ってきた。
扉の向こうにいる生徒達が声の聞こえるそのたびにビクリと震える。
「あたし、帰る。帰る。今日はサボるフケるから止めないでお願いッ!」
突如、我慢できなくなったか、クルトが悲鳴のような声をあげて逃げようとした。
ガシッとその腕が引き留められる。
「もう、ダメですよ? 教師の目の前でサボるなんて……」
「教師じゃなくて校長でしょッ」
いつの間にか隣に来ていた校長が穏やかに微笑み、忠告する。クルトの声はほぼ悲鳴だ。
「似たようなものです。エスケープ(逃走)は認めませんよ」
そう言って少女をギュッと抱きしめる。
クルトは青ざめた顔をして暴れ、罵声を浴びせかける。
しかし、全然応えた様子もなかった。
「ぎゃー放せ変態校長ーーーーーーッ」
「……俺も出来れば関わりたくないんだが」
二人の行動に目もくれず、チェリオは珍しく、少し血の気の引いた顔でポツリと呟いた。
「チ、チェリオさんもいらっしゃるんですかぁ〜〜!?」
彼の小さな呟きに耳ざとく反応し、相手が勢いよく扉を開く。
ガラララッと、五月蠅いほどの音が立ち、横開きのドアがピシャリと開いた。
「わ、私、感激ですぅ〜」
開いた先には予想通りの人物。クルリとカールした桃色の髪を持つ天使が瞳をウットリと潤ませていた。
「いや、これから帰るところだ」
チェリオは反射的にきびすを返そうとする。
しかし、
「ええ。一緒ですよ」
校長の言葉によってそれが阻まれた。一瞬沈黙したまま固まる。
「ほ、ほんとうですかぁっ!」
「うぉっ!?」
感激したような言葉と同時にチェリオの背に強烈な体当たりがヒットした。
身体がグラリとよろめく。
「本当ですよ〜えんじぇさん」
チェリオの背中に嬉し気に抱きついた天使に向かい、校長は微笑みかける。
斜め右側から視線が突き刺さった。
「……うふふふ。モテモテねぇ。チェリオ〜」
クルトが頬に手を当て、半眼で何処か意地の悪いなぶるような視線を送る。
「ク、クルト……」
そんな彼女の様子を見てルフィが困ったような顔で嘆息する。
チェリオが文句を言うより早く、えんじぇが恥ずかしそうにフワリと離れた。
「あ、嫌ですぅ。私ったら……つい」
両手を赤くなった頬に当て、パタパタと羽を動かす。
両足ともジャンプをするときのように曲げられ、足下は地面についていない。
ゆっくりと動きに合わせて僅かだが、ふわふわと上下に動く。
そのたびに彼女の白い服と淡いピンクの髪の毛が揺れた。
肩には一応ショールのようなモノを掛けてはいるが、薄衣で下の服がハッキリと透けて見えた。
ノースリーブの白い服のため、白い華奢な肩口や白の肩紐が見える。
「若いって良いですねぇ。そう思いません? クルト君」
「校長も十分若いわよ……って、何であたしに振るのよッ!!」
首を振りながら年寄りじみた口調で話しかけてくる校長に答えを返し、クルトは引っかかる物を感じて噛み付くように叫んだ。
しかし相手は依然として微笑んだまま。
「特に深い意味はありませんよ」
「……信用ならないわね」
半眼になって見据える少女を見、大げさな仕草でかぶりを振る。
「困りましたね。教師は信用命なんですけど」
「そんな物、元から無いから気にしなくて良いわよ」
クルトは情け容赦なくそう告げた。
「がーん」
校長が微笑んだまま呟くが、その表情のせいで真剣にショックを受けているかは謎だ。
「下らん……今回はやはりパスさせてもらう」
二人の言い合いが収まった頃。
ホコリを落とすように肩を手で払い、チェリオは目を細めて呟いた。
それを聞いてクルトが呆れたように腰に手を当てる。
「何よチェリオ。サボる気?」
「そうだ」
にべもなくそう答えた。
いつもならムキになったチェリオと口げんかに発展するのだが、今日はよほど嫌なのだろう。
そう言うそぶりもなく視線を少し動かしたのみ。
腰に手を当てたまま、クルトは何処か拍子抜けしたようにキョトンとしている。
相手から勢いのある言葉が返されないため、いつもの元気な言葉のラリーは続かない。
「……へ?」
ようやく、少女の唇から間の抜けた声が漏れ出た。
彼女の隣にいたルフィも何か言いたそうに青年を見る。
それが終わるか否か。
視線を受け流し、チェリオが身を翻して帰ろうと歩みを進めた。
「そう言うわけだ。俺は帰らせてもらう」
「えぇっ。チェリオさん〜〜」
慌てたようにえんじぇが手を伸ばす。が、腕を掴むのがためらわれ、
結果、彼の白いマントを掴んだ。
それにつられ、身体がのけ反る。
「は、放せ。俺は帰る!」
数歩下がり、後ろにいる天使を睨み付ける。
「そ、そんなぁ〜」
えんじぇが悲しそうにうるうると桃色の瞳を潤ませる。
「駄目ですよチェリオ君。すっぽかしちゃ」
校長が微笑みながら天使に助け船を出した。
それをピシャリとチェリオが振り払う。
「喧(やかま)しい。俺は帰るからな」
「あ。雇い主に向かってそう言うこと言いますか。
そうですか……じゃあ止めるなら、お約束していた報酬も幾ばくか差し引くことになりますねぇ」
あっさりとはね除けられたにもかかわらず、校長は笑顔を消さずに片手を開くと指2、3曲げた。
こういう物を世間では脅しという。
「…………」
その言葉に一瞬固まり、チェリオは整った顔を僅かにゆがめた。
それを横目で見ながらクルトが小さく呟いた。
「校長ってばタチ悪〜い」
「……あはは……」
流石にコレはフォローできなかったのか、ルフィが引きつった笑みを浮かべて笑った。
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