りとるサイレンス-8






 夜の帳が下り、人々が眠りにつく頃……クルトは寝台から抜け出て忍び足で外へと足を運ぶ。
(なにやってんだアイツ)
チェリオは目を瞑ったまま胸中で呟く。
 二日前。丁度クルトが遺跡で顔をぶつけたときから彼女の様子は変だった。
(落ち込む……にしても夜に出ていく理由が分からないな)
 彼女が夜中に出歩き始めたのも二日前から……
 一体何をしているのか謎なのだが、朝起きると彼女はいつも通りに接している。
 恐らく聞いたとしても答えは返ってこないだろう。
(つまり―――付けるしかない……ってことか)
 小さく胸の内で呟いてチェリオは音もなくベットから降り立った。

 
「……四日後……か」
 夜の森の中でクルトは小さく呟いて深呼吸する。
 冷たい夜の空気が肺の中に入り、出ていく。
『せいぜい足手まといにはなるなよ』
 ふと、今日のチェリオの言葉が脳裏をかすめる。
「足手まといになんかなるもんか」
 小さく呟き、
「でも、二日前みたいに……」
 

 ―― 二日前 ――
「こぉのっ! 炎よ!」
 クルトの叫びと同時に魔物は炎に包まれ墜落する。
 遺跡へと向かう道には当たり前のように魔物がうろついていた。
「そっちいったぞ!」
 チェリオが目の前にいる魔物を切り捨て、クルトに向かって叫ぶ。
「了解! 氷…ヤバっ!」
 返答をし、視線をそちらに向けると予想以上の速さで一匹の魔物がコチラに向かって飛んでくる。
 呪文を唱える暇も集中する暇もない。慌てて跳びずさり攻撃をかわそうと試みる。
「お前ッ!」
 隣まで来たチェリオが有無を言わさず彼女を引っ張った。

……ガヅッ!

「え?」
 さっきまで彼女のいた場所が爪で抉られた。
「嘘……今ちゃんと避け―――」
「何やってる!」
 唖然としたクルトにチェリオの叱咤の声が飛んだ。
「あたしは今ちゃんと避けたはず……」
 僅かに身をすくませ、頬を膨らませる。
 確かにいつもならあれで避けられた。しかし今は……
「お前自分の体どうなってるのか忘れたのか!?」
「体……? まさか」
 いつもなら一跳びで避けられる一撃をかわせなかった。そして今の彼女は……
「まさかあたし、歩幅が小さく……」
愕然とした表情で呟く。
「分かったか。大人しくそこで立ってろ! 動くな」
チェリオに言われたとおり佇み、小さく呻く。一つの可能性に思い当たり。
「…………まさか…………あたし」
(小さくなったのは体だけじゃなくて、身体機能も低下してる?)
 そう言えばもう息が上がり始めている。  
(手伝うどころか……あたしは……)
 間違いない。足手まといになっている。
 遺跡に入る前は良いが、遺跡にはいったらどうなるか彼女でも予測が付く。
(どうしよう)
 チェリオが魔物を仕留め終わるのを見つめ、小さく肩を抱いてクルトは心の中で呟いた。
 
 
 

 彼女の一つ目の課題は子供の体に慣れることだった。
 前のつもりで走っていたらすぐに限界が来る。
 そして歩幅も理解しておかないと二日目のようになってしまう。
「ここ数日でだいぶこの体にも慣れた。歩幅も理解できたし、大体の体力的限界も。
 後は……」
小さく深呼吸して目をつぶる。
「……火炎球!」
 クルトの叫びと共に虚空に炎の弾が数個出現し、目標と周りを巻き込んであたりを粉々にする。
 小さくくすぶる粉々の岩を見つめ、
「駄目だわ。遺跡なんかでこんな術使ったら……遺跡が崩れちゃう。
 ……威力を押さえないと……
 あぁっ! こんな事ならルフィの言うとおり威力調節の仕方習っておけば良かった!!」 
 頭を抱え苦悩する。
「って、言ってても仕方ないわね。四日の間に、威力調節の仕方! 習得するのみよ!」 
 そこまで叫び、
「チェリオに見つからないようにしないと。アイツが聞いたらなんて言うか。
 あんだけ大見得切ったんだから絶対に足手まといにならないようにしないとね。
 威力調節できないから付いていけない……って言うのも格好悪いし。
 よーし、がんばるわよっ! おーっ!!」
 夜の森に少女の声が響き渡った。
 
(夜の特訓……か)
 チェリオは樹の上で小さく嘆息する。
(……四日……)
 さっきの『遺跡が崩れる』の所で思わず突っ込みを入れそうになったが何とか堪えた。
(……眠い。帰るか……)
 彼はクルトに気が付かれないように気配を殺し、宿へ戻っていった。






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