りとるサイレンス-6






 図書館の一角で山積みの本に挟まれながらチェリオは黙々とページをめくる。
 隣では疲れた顔のクルトが俯せになって脱力していた。
「おい、サボるな」
「だってぇぇ〜ドコ見ても字、字、字、字。頭が痛くなるんだもん」
 チェリオに睨みをきかされ、クルトは情けない声を上げて肩をすくめた。
「何当たり前のこといってんだ」
「……ぅぅ……図書館なんてぇぇぇ」
ハラハラと落涙しながら本を怨めしげに眺める。
 明かりはついておらず闇の中に浮き上がるように本がそびえ立っていた。
「馬鹿やってないで手伝え」
 言いながらも手は休めない。
「うう、コレは試練なのね。あたしを試す壁なんだわ!」
「早速ぶつかったけどな」
 クルトの叫びを眺め、チェリオはぱたんと本を閉じる。
「うっ……それは……その」
「……まあ、何かあるだろうとは思ってたがな。あの遺跡」
詰まる彼女を面白くも無さそうに眺め、本の山に手を突っ込んで本を引っ張り出す。
 乱暴に手を突っ込んだため本がどさどさと音を立てて落ちたがチェリオは気にならないらしく、また本を開いてページをめくり始めた。
「入れないとはな」
「ぅぅ…………」
 チェリオの嘆息にクルトは小さくうめき声を上げた。
 昨日、様子見に行った遺跡でクルトはチェリオの『落ち着け』と言う忠告を振り切り、中へ入ったのは良いのだが、見えない壁に阻まれた。
「ぁぅ〜〜……まさかあんなトコに壁があるとは……」
 涙目になって額をさする。額には大きな絆創膏が貼られている。
「お前がイキナリ妙な悲鳴あげてうずくまったときはどうしようかと思ったぞ」
「妙な悲鳴ってのはよけいよ。え……? 心配した?」
「いや、どういうリアクションをしたらいいか物凄く困ったな」
「……こまらんでいいそんなモノ」
一瞬期待に瞳を輝かせたクルトだったが、
チェリオの言葉を聞いて半眼になったあと思い出したように地団駄を踏む。
「あんた! あのとき笑ったでしょ!
誤魔化しても無駄よ笑ったでしょ!! 見てたのよアンタの目元がかすかに動いたの!」
「…………笑ってない」
「いーえっ! 絶対アレは笑ってたのよ!! あたしを見たまま動かなかったじゃない!」
「……イキナリ立ち止まって座り込み、呻きつづけるヤツを見た後他にどんなリアクションをしろっていうんだ……?」
「肩がかすかに動いてたもん!」
 なおも言い募るクルト。
「…………どうでも良いから手を動かせ。手を」
「否定しないって事は笑ったと言うことをみとめるのねっ」
「何でそうなる! さっき否定しただろうが」
「いーや! 否定の気持ちがこもってなかったわ!
否定するなら否定するらしく心を込めて否定してよ! 紛らわしいじゃない!」
「…………」
 クルトの言葉にさすがにチェリオも絶句して顔を引きつらせる。
「笑ったのよね? 笑ったんでしょ。どーなの言いなさいよ!!」
「笑った。コレで良いか。どうでも良いから手伝え」
 ついに根負けしたチェリオは負けを認めて……と言うよりめんどくさくなったのかクルトの言葉に同意する。
そして右側に積んであった本を五、六冊程手にとってクルトの両手に抱えさせる。
「何……うきゃ〜〜〜お、重いっっ!!ちょ、ちょっ、あ」
 文句を言おうとしたクルトは体勢を崩し、
その後ガタガタ……どしゃっと言う物凄い音が隣で起こったがチェリオは気にせず席に着き、ページをめくっていた。
 しばらくの沈黙の後……。
「ア・ン・タ・ねぇぇぇぇぇぇぇ!!
か弱い少女にこんな重いモノ押しつけるなんて何考えているのよっ! 無茶苦茶重いじゃない!」
 本の下敷きになっていたクルトはガバッと身を起こし、本を横へ放り投げるとチェリオの方に文句をぶつける。
 カラン。古びた本が乾いた音を立てて地に落ちた。
「おまえな……ここにある本幾らすると思ってる?」
 その表紙に目を通し、チェリオは小さく呟く。キョトンと首を捻る少女。
「ほぇ?」
「……まあ俺のじゃないからいいけどな……」
 小さく吐息を吐き、中身に目を通す。
「えと……幾らぐらいなの?」
「そうだな……金貨百枚ぐらい」
「ひゃくまいっ!? そ、それって半年くらい遊んで暮らせるんじゃ……」
「そうだな」
 引きつった彼女の問いに生返事を返しながらページをめくった。
 クルトは恐る恐る本をつまんで壊れ物を扱うがごとく慎重にめくる。
 一冊読むのに日が暮れそうだ。
「おまえな……何年掛けて調べる気だ?」
「えーと。あ、あは、あはははは」
 呆れ声のチェリオにクルトは困ったように首を捻り、乾いた声で笑う。
「あのな――…」
チェリオは文句を言いかけ、その手が止まる。
「あったぞ」
「ええっ!? どこどこ!」
クルトは慌てて本を閉じ、慎重に机の上に置くとチェリオの背後に回り込んで後ろからのぞき込む。
『黒の帳が金色の瞳を開くとき、混沌への扉は開かれる。
 赤き刃によりて、鋭きかがり火をともせ』

「金色の瞳? か、かがり火」
 中の一文を読み上げ、クルトは疑問符を頭上に飛ばしながら頭を抱える。
「じゃあ行動は四日後だ。それまで時間を潰すか」
「へ?」
 落ち着いたチェリオの声に顔を上げる。
「何で四日後? 行動って……」
 チェリオはしばし沈黙した後、半眼でクルトを見つめた。
「な、なによその目はッ!」
「もしかしてお前分からないのか? 十歳児の姿になって脳味噌までガキに戻ったとか」
「ぬわんですってぇぇぇ! こぉの男ぉぉぉ」
嘲るようなチェリオの言葉にクルトは勢いよく彼のマントを掴んで椅子から飛び降りる。
「おわっ!! こらっ! マントを引っ――――」
チェリオの制止の言葉も虚しく……。
 マントを引っ張る=首が絞まる=重さで椅子が傾く……という怒濤の連鎖によりあえ無く床に引きずり倒される。
 とっさに身を捻り、頭を打つことには免れたが、
「何だ……何かつぶしたぞ……? まさ…か」
 チェリオはあることに思い当たり慌てて立ち上がって下を見る。
案の定クルトが潰れて目を回していた。よけ損ねたらしい。
「やっぱりな……オイ。起きろ」
「ぅきゅ〜〜〜」
 ガクガク揺さぶると、妙なうめき声で答えてくる。
「……コラ」
「うきゅ〜〜……いたたたぁぁ」
クルトは頭を振ってフラフラと立ち上がる。
「だから引っ張るなって言ったんだ」
こめかみを押さえ、チェリオは大きく嘆息する。
「チェリオ……アンタ重いわ」
「…………お前が小さいだけだろ」
 肩をすくめて睨み付ける。
「でもあの文の意味分かんないわ。ホントにあの扉を開くための文なの?」
「間違いない……って、お前、本気で分からないのか?」
「うん」
 クルトはキッパリと頷いた。
「自分で考えろ」
 帰ってきたのは冷たい返答。
「むぅ〜〜〜〜分かんない分かんない分かんないーーーー」
 マントを掴んでクルトは上下左右にブンブン振り回す。
「……ぉぃ。教えてやるからマントを引っ張るな」
 また引きずり倒されるのは嫌なのか、今度は床に座って本を開く。
「わーい」
 クルトも歓声を上げてそれに習った。

 




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