りとるサイレンス-4





数百年前――
町を恐怖が襲った。
 そのものは人々の長き時を経て培った生を喰らい、すする。
 未来を紡ぐはずの赤子は消滅し、子供は赤子と化す。
 人々は混乱し、絶望した。
 しかし、魔剣を自在に操る剣士がそのものと六日七晩戦い、辛くも封印することに成功する。

 
 ――――以上が雇い主であるケビン・アルグレイスが語ったこの地域に残る昔の伝承だった。
 それを聞いている間中チェリオは元から機嫌のいいと言えない顔を更に悪くさせていたのだが、最後の言葉が告げられたときには彼の周りに殺気のようなものまで漂っていた。
「それだけか。おい」
 呻いて眉を寄せ、『役に立たんな』と何の遠慮もなく嘆息する。
「え……ええ」
 ケビンは困ったような顔をした後、慌てて頷いた。
 チェリオの隣では、クルトが足をブラブラさせて出された菓子をつまんでいる。
 彼の機嫌の悪い理由は彼女にもあった。


 依頼書に記してある場所へたどり着いた二人の目の前には、豪邸と言っても生ぬるい大きな屋敷が佇んでいた。
 ここから見ただけでは分からないが、もしかすると往復する距離がやや大きな山の山道ぐらいあるのではないだろうか。
 門番に子供連れのせいで怪訝そうな顔をされつつも名を名乗り、依頼書を見せるとすんなりと中を通される。
 馬車で案内された先はやはり豪邸だった。
馬車内に居た時間を考えると先ほどの予測はあながち間違いでもないなと確信する。
「ま……わざわざあんなとこの剣士一人呼び寄せられるんだからな。
 なるほど、さすがは金持ちの芸当ってワケだ。これは……俺がドコにいようとも連れてこられたな、きっと」
 などと感心している間にようやくやたらと物々しい扉が男二人がかりで開かれる。
「うわぁぁ……すっごーい……」
 チェリオのマントをギュッと掴み、クルトは中をのぞき込んで目を丸くする。
 ふかふかの赤い絨毯。お城でしか使わないような豪華なシャンデリア。
 よく見ずとも家がまるまる一件買えそうな値段が付くだろう絵が十数枚は壁に貼られている。
「旦那様はコチラです。ご案内いたします」
 執事らしき老人が恭しく頭を垂れ、二人は案内されるまま屋敷の奥へと足を踏み入れた。
 


 枝道を数回曲がること約数分。
彼らが通された一室には一人の壮年の男性が革張りのソファーに沈み込むように座っていた。
「旦那様。チェリオ・ビスタ様がいらっしゃいました」
 執事の声にゆっくりと振り向く。
 見た感じなんのことはないただの中年男性。
 平々凡々な顔立ちで威厳も貫禄もない。町ですれ違ったとしても誰も振り向きはしないだろう。
「おお、いらっしゃいましたか。さあ、掛けてください」
 歓喜の声を上げ、屋敷の主人。ケビン・アルグレイスはチェリオをソファーへと勧めた。
執事が、お茶と菓子を置き、去ったことを確認して、改めてケビンはチェリオとその隣にいるクルトを見る。
「お待ちしておりました。チェリオ・ビスタ様……そのお嬢さんは?」
 クルトを見つめ、首を傾げるケビン。
 チェリオの子供にしては大きすぎ、兄弟にしては似ていない。
「ああ、コイツは……」
「あたし、クルト! ヨロシクね」
 チェリオの言葉を遮り、元気いっぱいクルトは声を上げる。
 実際のことは話すなとあらかじめチェリオから注意されている。
『お前のこと知ったら俺の信用に関わる。依頼がなかったことにされかねん。俺の妹ってコトにしてろ』
 と。
(……この男は人を何だと! ……そうだ)
 クルトはイタズラ心が芽生え、チェリオの続きを少しかえて大きな声で言い切った。
「あたし、チェリオの恋人なの」
 瞬間。
 確かに部屋の空気が止まった。
 クルトは満面の笑みでチェリオに腕を絡ませる。
身体が子供になったコトも彼女をここまで大胆にさせている原因だろう。
 チェリオは僅かに引きつった顔でクルトを睨み、
「いや、ちがう」
「違わないモン〜〜」
 否定するチェリオの言葉を笑顔で否定するクルト。
「いえ、好みは人それぞれですからお気になさらずに……私も昔そういう時期がありました」
【あったんか】
 二人は同時にケビンに心の中で突っ込みを入れた。
 どうやら完全に勘違いされたらしく、いくらチェリオが否定しようとも聞き入れてはもらえなかった。
「お前のせいで俺がロリコンの変態だって噂が立ったらどうしてくれる」
 チェリオは怒りを含む低い声でクルトに耳打ちする。クルトはしらっと、
「いいじゃない。あんま今と変わんないし」
「良くない。俺はお前よりはまともな生活してるぞ」
「ちょっと……どーーゆいみよそれ!?」
「まんまだろが」
 小さなささやきの応酬。なかなか激しい戦いだが、ケビンはそれすらも勘違いし、
「仲がよろしくて結構なことです。いや、確かにそちらのお嬢さんは愛らしい。
 アナタが気に入るのも分かります」
 そう言ってクルトを見つめる。熱い眼差しで。
(う゛…………)
 その瞬間クルトは背筋に悪寒が走るのを感じた。
「……で、何かその怪物『リトルサイレンス』についての心当たりはないか?」
 マントを涙目で掴むクルトを無視し、チェリオは嘆息してケビンに問う。
「いえ、詳しいことは何も……ただ、一つ伝承が」
「聞かせろ」

 ―――と言うわけでさっきの伝承を聞かされたのだが、やたらと長く、誇張された話で何の役にも立たなかった。
 さっきの文は延々一時間近く語られた内容を簡単に要約したものである。
 ロリコンと勘違いされ、おまけに収穫ゼロで長話。腹を立てるなと言う方が無理がある。
 チェリオとて気が長い方でもないのだ。
 苛立ちながら出された紅茶を口に含む。
まあ、当たり前と言えば当たり前だったが一刻程前に入れられた紅茶はすっかり冷め切っていた。
 横に座っていたクルトが首を傾げてケビンに問いかける。
「はいはい〜質問。何でチェリオを雇ったんですか〜?」
「おまえな……」
 脳天気なクルトの声に顔をしかめ、チェリオは彼女を軽く睨む。
「こんな性格最悪。デリカシー無し、無愛想で役立たずな人を雇っても意味ない気がするけど」
「……オイ」
 笑いながら悪口を連発する少女に呻くように突っ込みを入れる。
「ええ、(ちまた)では何を言われているかは知りませんが――」
「オイ、待て。何だその『巷で何を言われてるかは知りませんが』ってのは」
何のフォローもないケビンにチェリオは半眼で突っ込む。
「――チェリオ・ビスタと呼ばれる剣士はコチラの世界では有名ですよ」
 それを聞き流しながらケビンは語る。
「…………」
「乗り移られることなく魔剣を自在に操り、あらゆる存在を討ち滅ぼす。
 魔剣士チェリオ・ビスタ」
 それを聞いてクルトは眉を寄せ、
「…………魔物みたいな言われ方ね。それ」
「おぃ」
「ええ、強いが為に恐れられておりますよ。色々と」
「何だその色々ってのは」
「…………色々と」
 何やら微笑んで言葉を濁す。チェリオは「まあ良い」と肩をすくめ、溜め息を吐いた。
「あの、チェリオが魔剣士ってホント?」
 しばらくためらうように視線を動かした後、クルトはチェリオに尋ねる。
「さあな。そう言うことを言うヤツもいる」
「ええ、チェリオさんを雇いたがっている人はたくさん居ますよ。まさかあんな所にいるとは思いませんでしたが」
「…………」
 ケビンの言葉にチェリオは一瞬止まった後、黙したまま紅茶を啜る。
「あそこより給金の良いところは幾らでも」
「俺は別に金目当てで仕事を受ける訳じゃない。気が向いただけだ」
「…………小遣い稼ぎって言ってたんじゃなかったっけ」
 誰にも聞こえないような声でクルトはぽそりと呟きを漏らす。
 その言葉が終わる直前、
「……ま、たまには金目当ての時もあるが」
 と、訂正するようにチェリオは言葉を紡ぐ。
「――――……そ、そぉ(聞こえてたのかなぁ)」
 クルトは冷や汗を垂らして紅茶を口に含み、素知らぬ顔をして誤魔化した。
『ちょっと』
  ふと、思いつき、チェリオの脇を肘でつつく。もちろん小声で。
『……(何だ)』
目線で返答してきた。
(……な、なかなか器用なコトするわね……)
 気を取り直し、続ける。
『魔剣士って……あたしにいつもやられてるじゃない。
アンタが魔剣使った所なんてあたし見たこと無いわよ! こないだだって盛大にやられてたじゃないの!』
一瞬クルトの言葉に顔をしかめるが、
『……お前剣抜く暇与えずに攻撃してくるだろ。
ソレに教室、密閉空間で広範囲型の攻撃呪文を唱えるとは普通考えないぞ』
 ため息をつきながらやや不機嫌そうに小声で反論してくる。
『いやーあのときはちょっと失敗したわ。教室丸焦げだし、熱いし、何かバックファイヤーであたしも死にかけたし』
『…………阿呆。そのぐらい計算しとけ』
 呆れたようなチェリオの声。
 まあ、当たり前だが。
「で、行方不明になったヤツ、と。それからそいつ……『リトルサイレンス』が出たのはどのぐらい前だ?」
 軽く頭を振った後、チェリオはもうたくさんと言うような表情で別の話題をケビンの方に振る。
「え、ええ……それは」
いきなり話を振られたケビンはやや面食らいつつも――語り始めた。






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