くるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
ホールに魔物の鳥とも獣とも言い難い奇声が響く。
空気がビリビリ振動し、体の芯まで伝わっていった。
「…………っ」
クルトは目をつむり、光で目を潰されるのを逃れるため。そして前回の恐怖からも。
頭を抱え、しゃがみ込んで鳴き声が止むのをジッと待つ。
「…………」
しかし、チェリオは鳴き声が終わるのを待つ気はなかった。光に紛れ、魔物の気配を目を閉じて感じ取り、剣を振り下ろした。
ぎぃんっ!
鋼と鋼が打ち合う澄んだ音。
リトルサイレンスは微動だにしない。
「……っ」
彼の剣は魔物の尻尾で受け止められていた。
「……………」
「のぁービックリした!」
頭を押さえていたクルトは光と声が止んだのにようやく気が付き、大きく胸をなで下ろす。
手に足にそして体。全てをペタペタと触った後、納得したように頷き、
「何処も縮んでないわね。よっし!」
グッと拳を突き上げて、嬉しそうにガッツポーズを取る。
《お前達、我の声を聞いても何ともない……》
クルトの言葉に一瞬リトルサイレンスの注意が逸れた。
そこを見逃すチェリオではない。
「もらった!」
一気に振りかぶった魔剣が魔物の体を両断する―――ハズだった。
(何だ?)
ぐにり、と言う妙な手応えにチェリオは眉をひそめ、一息で飛びずさる。
彼の顔を掠め、魔物の尖った尻尾が通り過ぎた。
「…………斬れない?」
本気で切れば鉄さえ切断する事の出来る魔剣が?
……そんなことはあり得ない。
だが、実際に目の前の魔物は平然と滞空したままだ。
「何だ?」
良くは分からないが、また攻撃をしかけてみるのみ。
頭を狙う魔物の尻尾をかいくぐり、胴体に向かって剣を振り下ろす。
「はっ!」
ぐにっ―― またしても妙な手応え。
それを確認し、一跳びで一気に間合いを開ける。
ぶんっ。一瞬おくれ、尻尾が空を切った。
「…………成る程。リトルには違いないか」
小さく呟く。
彼は見た。
魔物の体が剣に触れられる直前、その形状を変化させるのを。
白いからだが薄く伸び、剣にまとわりつき、剣と一体化する。
そして、攻撃が止むと元の体に戻る。
これと似たような現象を自身で起こしたことがあった。
昔、好奇心でやったことだ。
『達人の剣は紙を両断することなく振れる』と、言うことを噂で聞いて。
確かに目の前の魔物は『リトルサイレンスのようなものだ』と答えた。
しかし、本体だとは一言も言っていない。
恐らくこの魔物はリトルサイレンスの体の一部か、影の様なものなのだろう。
「斬れないならこういうのはどうだ?」
剣を正眼に持っていき、意識を集中する。
「ルア・(フレアブレイクソード)炎砕剣 !」
呟きに呼応して炎が刀身にまとわりつく。
《…………我の正体を見抜いたか?》
「阿呆らしくて涙が出るがな!!」
称賛の混じった魔物の呟きにチェリオは怒鳴り返すと刃を叩き込む。
《……その程度の炎では傷もつかんな》
「くっ……」
リトルサイレンスの言うとおり、焦がすどころか切り傷一つ付いていない。
しかも、薄く伸ばした体で剣を絡め取ろうと巻き付いていた。
「……むー。見てなさいよ鳥魚。
あたしをココまでコケにしたんだから目にもの見せてやる……とか思ったけど動きが早すぎてついてけないわね。
そうだ……アレが使えるわね。多分」
チェリオの動きに追いつけそうもないクルトはふてくされた顔でブツブツ呟いた後、小さく口の中で呪詛を唱え始める。
「母なる風。我の力なれ! 風より速く駆ける力、我が力に!」
ふわりと少女の紫色のツインテールが一瞬浮く。
「風速脚!」
高らかに告げる少女の足下が僅かに緑色の光に包まれるが、それもすぐに静まる。
「成功! これでよし、っと……次は……」
確認するように頷き、次なる呪詛を唱える。
「力強き大地よ 我にその力を分け与えよ。
我は汝の子なり 大地よ! 我に力を!
砕腕掌!!」
言葉を解き放ちざまに地面に拳を叩き付ける。
ゴッ!
鈍い音を立てて地面がえぐれた。
「うんうん、これで準備万端っ」
満面の笑みでチェリオの居る方を見つめ、硬直する。
目前に迫った白い尻尾に気が付いて。
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