りとるサイレンス-22






「…………ココで突っ立ってても仕方がないな。行くか。
 きっと罠があるだろうがガンバって避けろよ」
「ぇ?」
 サラリと言ったチェリオの言葉にクルトは一瞬付いていけず間の抜けた声を漏らす。
「罠って、あの、ちょっと」
「お前運強そうだから……大丈夫だろう。多分」
 話に付いて来れないクルトを放っておき、無責任にチェリオは頷く。
「罠あるの?」
「無いと思ったのか?」
 おずおずと尋ねるクルトにあっさりと答えを返す。
「…………」
「…………」
「あるのね」
「何もないハズは無いだろう」
 前方を見つめる。
 半円球状のドーム。中央部分には見たところ何もない。
 見たところ、だが。
 奥は暗くてよく見えない。
「そうよね。大ホールには大親分が玉座に座り、あまつさえ冠かぶったあげく床には赤い絨毯敷き詰めて「愚かな冒険者め」とか叫ぶのよね!」
 最初の方は小さな声だったが、最後らへんになると両拳を握り、キラキラときらめく瞳でウットリと呟く。
 偏見が入ってるような気もしたが敢えてチェリオは突っ込まなかった。
(……ギャーギャー悲鳴上げられるより、マシと言えばマシか)
 マシと言えばマシなのだが、付き合っていると疲れるのは確かである。
 ふと、クルトは顔をしかめ、
「むぅ……でも前にあったアレは魚みたいだったし、玉座に収まらないわね。
 ついでに冠も似合わないわ」
 どーしても『親分は玉座で冠説』を捨てきれないらしい。
「……お前な、って ―――魚?」
「ん? うん。エイみたいだったよーな鳥みたいだったよーな……一瞬だから分からなかったけどね。白っぽいのは覚えてたんだけど」
 チェリオの言葉にクルトは首を捻りつつ曖昧に答える。
「ふむ……そう言えば確かにそう言う風にも見えたな」

 この間の光景がフラッシュバックする。
 トカゲの尻尾のようなものをこちらに向ける。その尾の先は白い光に包まれ、心臓の鼓動のようにゆっくりと明滅する。
 そして魔物の耳鳴りのような奇声と共に視界が白一色で塗りつぶされ、かすかに聞こえる少女の悲鳴。 

「リトルサイレンス」
 チェリオは口の中で小さく呟く。
「サイレンス……か」
 後ろの方でクルトが不思議そうに自分を見上げていた。
 チェリオの脳裏でピンッと何かがひらめいた。
「ちょっと耳を貸せ」
「ン? 何よ」
「……行く前に少し、小細工を、な」
 訝しむ少女に向かってささやき、小さく笑みを漏らした。

 

『準備は良いか?』
『おー!』
『攻撃されたら避けろよ』
『おーっ!』
『罠があったら引っかかるなよ』
『おぉーっ!』
『…………』
 無意味に元気な声を上げる少女を見つめ、チェリオの心に少し不安が募る。
(ホントに大丈夫か?)
 しかし躊躇(ちゅうちょ)している場合でもない。
『突入』
 スッ……とチェリオの指先がホールを指し示す。
『了解』
 クルトはこくりと頷くと、チェリオから少し離れてホールに向かった。
 後から少し遅れ、固まらないようにチェリオも続く。
 タタタタタタ。ピタ。
 何の問題もなく走っていたクルトが止まった。
 少女の眼前にふわふわと握りこぶし大の固まりが滞空している。
 それは赤く明滅していた。
 クルリときびすを返し、慌てて少女は火の玉に背を向けて走り出す。
 それから数秒またずに―――――

 どかぁぁんっ! どごっ! ドスドスっ!!

『だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
 炎は爆発、そして残った数個の火球はクルトに狙いを定め次々と飛来してくる。
 あるモノは弾け、あるモノは槍のように棒状になると少女を串刺しにしようと地面を抉る。
 流石にクルトも必死になり、悲鳴を上げながらもちょこまかと動きつつそれらをかわす。
「やるな」
 チェリオはクルトの身のこなしに感心して呟いた。
 その後ろからもまた火球が飛来してくる。
「……喧(やかま)しい」
 無表情で片手に持った魔剣をふわりとひるがえす。
 ゴウッ!
 ゆったりとした動作とは違い突風が生まれ、火球は吹き散らされ、後方で爆音がする。
『……きのせーか、チェリオの方が楽勝っぽいンだけど』
「……力量の差だ」
 肩で息をしながら恨みがましそうに見上げるクルトにチェリオは平然と言ってのけた。

 ザワッ。

 不意に――空気が変わった。
 突き刺すような不快感が体を覆う。
 僅(わず)かに背から登った悪寒にクルトは顔をしかめ、肩を抱いた。
 ある一点を見つめ、チェリオの瞳が一瞬鋭く細められる。
 クルトがチラリと見つめると無言で魔剣を握り直し、戦闘態勢を作っていた。
《ようこそ……我の城へ》
 くぐもったような言葉と共に、チェリオの視線の先の闇から溶け出すようにソレは言う。
 姿形は確かにエイに酷似(こくじ)している。
 しかし、ヒレの部分が白い羽毛に覆われた鳥の羽だった。
 ……エイと鳥をくっつけた。そんな感じの姿である。
「…………」
「…………」
 無言になった二人を見つめ、ユラユラと滞空したままで尖った尻尾で入り口を指し示し、
《……少し騒がしかったようだが……余興は楽しんでいただけたか?》
 ぴくり、チェリオの眉が僅かに跳ね上がった。
 表情こそ崩しはしないがチェリオの殺気が僅かに強くなった。
「お前がリトル・サイレンスか」
《…………そのようなものだ》
 しばし沈黙した後、リトルサイレンスは言葉を紡ぐ。
『魚じゃなくて……へんなどーぶつだったんだ』
 リトルサイレンスを見つめたまま動かなかったクルトがボソリと呟く。
《何?》
 リトルサイレンスの言葉に怒気が混じる。
(何挑発してるんだよお前は)
 クルトの言ってはならない一言にチェリオは心の中で頭を抱えた。 
『だって、鳥とエイがくっついたよーな姿だし。
 何で鳥魚がそんなに偉そうなのよ。
 へんなどーぶつ!
 フラフラ飛んでる身であたしに楯突くなんて10000000000万年早いわよ!!』
 チェリオの心の叫びも何のその。全然気が付かずにクルトは言葉を続けるとビシリと漂う魔物に指を突きつけた。
(万年……)
 チェリオは呆れ、ただただ絶句。
《おのれ……この…………》
 そこまで呻き、ふと思い出したようにクルトに尻尾を突きつけ、
《そうか……お前この間の娘か》
『う゛っ! そ、そーよ! 何か文句ある!? アンタのせーでこんなちんまい体に!』
 一瞬怯んだ後、瞳に怒りをたたえつつクルトはキッと魔物を睨み、
『あーしてこーして、もう嫌っってくらい後悔させてやるんだから! んふふふふふふふ』
 含み笑いをしながら宣言する。
 光源があまりないホール。含み笑いをしながら魔物を見つめる少女の姿は冗談抜きでトコトン恐かった。
《…………むぅ》
 わずかにだが、リトルサイレンスの身が引く。
「魔物に引かれてるぞお前」
「五月蠅い。ぜぇぇぇぇったぃ許さないもんっ!」
 呆れたようなチェリオの呟きに拳を握り、完全に据わった目をして少女は答えた。
《くっ……何だか知らないがとにかく、お前達の墓場はココだ》
『やかましい魚鳥ッ!!』
 やや迫力で押され気味のリトルサイレンスは最後の警告とばかりに告げる。
 しかし、クルトはソレを髪を掻き上げつつ一蹴した。
《…………こざかしい人間が…………》
 怒りを含んだ言葉が前方の魔物から漏れ出る。
 魔物の尻尾に小さな光が明滅する。
 そして、数日前クルトが喰らった光がホールを白く染め上げた。




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