りとるサイレンス-2





 ヒュプノサ学園。カルネのモーシュ村にある田舎にしては大きな魔導学園。
 要するに魔導師の卵が集う学園でそれは始まった。
 余談だが、カルネは水晶の宝庫として有名である。
「ん? チェリオなにそれ」
 ヒュプノサ学園の生徒の一人、クルト・ランドゥールは首を傾げて目の前の剣士を見つめた。
 彼は教室の壁により掛かり、手紙らしき紙に視線を走らせている。
「…………」
 剣士は彼女の問いかけに答えず、手に持っている紙に目を通している。
「……どれどれ……」
 クルトはトコトコと剣士の側により、ひょいっと紙をのぞき見る。 
「『リトル・サイレンス。 
 目的・その他は不明。空を飛ぶ姿は目撃されているが間近での目撃証言はない。
 その強さは折り紙付きである。根城の場所はクルスシティ近くの遺跡跡。
 是非貴殿に討伐していただきたく――――』」
 ソコで剣士の溜め息と共に紙が畳まれる。
「……何してる」
「え? 読んでるんだけど。もうちょっとみせてよ〜」
  彼は心なしか憮然とした表情で、頬を膨らませるクルトを睨み付ける。
「……そんなに見て楽しいモンでもない……依頼書なんかな」
「依頼? どっかいくの?」
「まあ、手持ち金も尽き掛けてるし。アルバイトだ」
 ……物騒なアルバイトである。
「ねぇ、校長から護衛料貰ってるんじゃ」
「そうだな」
 クルトの問いに頷いて答える。
(……護衛料貰ってるのに何故アルバイトする必要が……)
 クルトの頭の中を疑問符が飛び交う。
「それに俺じゃないと駄目らしい。久々に楽しめるか」
「……学園の護衛は?」
 クルトはポツリと漏らす。
 彼。チェリオ・ビスタは学園でも特殊な生徒の部類にはいる。
 まあ、突き詰めて言えば生徒とは言えない。
 何しろ、彼は校長から生徒護衛のために雇われた剣士なのだから。
 魔導師が居る学園に何故護衛が要るかというと、答は簡単。
 ここは魔導師の卵が集う学園。しかし、全員が全員まともに魔導が扱えると言うわけではない。
 初歩の魔法もろくに使えない生徒もいる。
 そして、生徒達の実力を計るため、ここの学園では試験の度に遺跡や洞窟へ向かわせる。
 学園側で事前に調査は済ませているが、予測できない事態というのはいつの時代にもある。
 1週間前は平凡だったダンジョンに突如として凶悪な魔物が出現する……
 と言うことはこの世の中さして珍しいことではない。
 生徒達はあくまでも魔導師の卵。魔法攻撃が出来ても一部の生徒を除き、反射神経、体力などは並以下である。魔導師ではあっても剣士ではないのだ。
 そして、物理攻撃をはじく鋼の獣もいれば、魔法を寄せ付けぬ魔の獣も世の中には存在する。
 そう言うわけで万に一つの危機を予防するべく、剣士を護衛に雇うという予備対策が取られている。
 チェリオは小さく「ぁぁ」と呟き、
「ここしばらくは護衛の必要のある試験はないらしい。
  二、三週間位は俺も暇だからな。暇つぶしには丁度いい」
 そう言うと、笑みのカタチに唇をつり上げ、額に掛かった栗色の髪を無造作に掻き上げる。
 チェリオは顔が顔だけに普通はキザか、芝居っぽく見えるこういう仕草がヤケに決まる。
 と言うより似合いすぎていて、それを見ている相手がムカッとくる。
 現にクルトはムスッとした顔で彼を見ていた。
  思わずしばし見とれてしまった自分に腹が立つらしい。
「そぉ……試験がここしばらく無いのはあたしとしても嬉しいわね」
「まぁ、勉強嫌いのお前は嬉しいだろうな」
「よけーなおせわよっ!! ……って、二、三週間!? そんなに遠くなの?」 
 クルトの言葉にチェリオはしばし沈黙し、
「いや、地図上では近道をすれば二日ほどでつくはずだ。
 往復五日ほど見れば十分だ。ただ――――――」
(ただ……その魔物の活動範囲を通らないといけないな……)
 地図を見たところ、僅かだがその『リトルサイレンス』とか言う魔物の活動範囲に接触している。
 遠回りすれば避けることは出来るが……遠回りすると倍はかかる。どうしたものか。
 チェリオが思案していると、クルトが好奇心に目を輝かせ、聞いてくる。
「ただ?」
「…………何でそんなことを聞く。お前には関係ない」
 チェリオは少し顔をしかめ、呻く。  
「関係大ありよ! だってあたしもいくし!」
 それに胸を張ってサラリとクルトは答える。
「ああなるほど、おまえもいくのか」
「そう!」
 チェリオは思わず頷いて納得し――――
「って待て。何で俺がお前を連れていかなきゃならないんだっ!?」
  ハッとしたように顔を上げ、突っ込みを入れる。
「だってあたしも行ってみたいんだもん」
 悪びれもせずにクルトは言いきる。
「却下」
 それをあっさりと拒むチェリオ。
「ぇぇぇぇぇぇっ! いいじゃない!」
「駄目っつったら駄目だ。この仕事は俺が受けたお前は邪魔だ」
「ひっど〜い!!」
 キッパリと邪魔と言われ、クルトは頬を膨らませる。
「甘く見るな。遊びじゃない。お前が来ると足手まといになる」
「あし、足手まとい……」
 淀みなくそう断言され、クルトは口をパクパク開くのみ。チェリオの追撃は更に続く。
「足手まといだ。付いてくるな。この仕事はお前には荷が重すぎるぞ。忠告はしたからな。
 絶対に付いてくるな。じゃあな」
 果たしてクルトに背を向け、去るチェリオが気づいたかどうか。
 その言葉がクルトの行く気を更に煽ったことに。
「な、何よ何よ何よ! なんなのよ……アイツ……
 よ、よりによってあたしを足手まといと言いきるなんて! 実技はこうみえても優秀なんだからね!!
  見てなさい! こうなったら意地でもついてってやる!」
 クルトは拳を握りしめ、堅く胸に誓った。

 
 あの馬鹿……付いてきてるな――――
 旅に出て二日目。チェリオは分かれ道に佇み、心の中で嘆息する。
 後ろから、クルトのモノとおぼしき気配が付いてきている。
 まあ、一日目からチョロチョロと気配が付いてきていたのは知っていたが、
 諦めるだろうと思い、わざわざ険しい道を選んでここまで来たのだがキッチリと後を付いてきている。
 クルスシティに着いたら引きずり出して皮肉の一つ二つでも飛ばすか。などと思いつつ歩みを進める。
  歩いていく内、遺跡の欠片とおぼしき岩や、石塊。
 魔物の犠牲者の白骨などが散らばっているところに出た。
 遠くには遺跡跡が見える。
 ……ここがヤツの活動範囲ギリギリのところか……出くわす確率は低いが用心するに越したことは……
 そうひとりごち、後ろを振り向く。
 茂みが揺れ、慌てたように気配が引っ込む。
 アイツあれで隠れてるつもりか。
 思わず苦笑を漏らし、
 
  ひゅんっ!
 
 黒い影と共に風を裂くような音が耳元を通り過ぎる。
「!?」
 異様な気配に素早く身構える。 
 その黒い影は数メートル先でユラユラとチェリオの頭二つ分ほどの高さで滞空した後
 トカゲの尻尾のようなものをこちらに向ける。
  その尾の先は白い光に包まれ、心臓の鼓動のようにゆっくりと明滅する。
「…………」
 チェリオは剣の切っ先をそちらに向け、睨み付ける。
「お前か? リトルサイレンスとか言うヤツは……」
 黒い影はチェリオの問いに答えず、真っ直ぐ飛ぶ。
 構えるチェリオ。しかし影は彼を素通りする。
「何だ!? ……しまった!」
 彼を通り過ぎ、向かう先は―――
 後ろにいる少女!
 黒い影に集中していたチェリオは後ろにいる彼女のことを失念していた。
「クルト伏せろ!!」
「え、あ!? きゃっ」
 チェリオの声それに驚いたクルトの慌てる声が響く。
 慌てる彼女をあざ笑うかのように―――黒い影は尻尾で明滅している光を茂みにいる彼女へと投げつけた。
 くるぁぁぁっ!
『!?』
 魔物の耳鳴りのような奇声と共に視界が白一色で塗りつぶされ、かすかに聞こえる少女の悲鳴。
 そしてそれを見届けた後、黒い影はクルリと身を翻し、遺跡跡へと飛んでいった。
「ちっ」
 舌打ちをして、逃げる影を見送り、耳鳴りの残る頭を振って、かすむ目を凝らしながら茂みへと向かう。
「おい、大丈夫か!?」
 茂みをかき分け、少女の姿を捜す。
 チェリオは長身だが、その彼の顔近くまで草が生え、視界を乱す。
 なかなか小柄な少女を見つけだすことは容易に出来なかった。
「くそっ」
 小さく悪態を付き、視線を下に落とした彼は、彼女の着ていた衣服を発見した。
「ぅ……」
 小さなうめき声が上がる。どうやら命に別状はないらしい。
 チェリオは小さく安堵の息をもらす。と、同時に腹も立ってくる。
 人の忠告を聞かなかった彼女。そして魔物が来たことに気が付かなかった自分に。
 怒りも手伝い自然と声も低く、荒くなる。
「お前なっ! 付いてくるなってあれほど―――――」
「っ……あたまいた……何かガンガンする……何だったのよぉ……」
 そこでチェリオの言葉が止まる。
「…………何? チェリオ。どうしたの」
 自分を凝視したまま固まった彼を見て、クルトは首を傾げる。
 外傷もなく、口調も普通。紫の髪の毛と瞳はいつものように輝いている。
「…………」
 ―――が、
「お前……更にチビになってないか……?」
 チェリオは顔をしかめて口を開く。
「え? 何ばかなこといってんのよ! 更にって何! 更にって!」
 クルトは唇をとがらせ、叫ぶ。
 しかし、チェリオを見て目を丸くする。
「……そーいや……アンタでかくなったわね……それ以上でかくなってどーするの」
「お前が縮んだんだろ」
「そんなことあるワケないじゃない」
 笑いながらブカブカの袖を振る。
(ン? ――――ぶかぶか?)
 はたりと気づき、ゆっくりと自分の身体を見回す。
「……………………」
「……やっぱりガキになってるな」
 固まったクルトを見つめ、チェリオは小さく溜め息を吐いた。
 瞳と髪の色はそのままだが、ツインテールだった髪はゴムが抜け落ち、ストレートになっている。
 マントは大きすぎて脱げ落ち、スカートとシャツもブカブカで辛うじて身体に載っかっている。
 着ていると言うよりスカートは脱げ落ちており、シャツにくるまっていると言う方が正しい。
 クルトは元から童顔で、実年齢の十五歳より二、三歳ほど幼く見られることもままあるが今の彼女の容貌は十二歳を遙かに通り過ぎ、もはや十歳にも満たない少女になっていた。
「何コレぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 少女の絶叫が、遺跡跡にこだました。



  クルトの悲鳴が収まった後、チェリオは淡々と説明を始める。
「……ここのモンスターは『リトルサイレンス』と言う魔物でな。
 まあここまでは読んでいたな。更に続きがあるんだ。
 そいつに出くわした人間はみんな年を食われる。
 じいさんやばあさんみたいな棺桶に片足突っ込んだような連中にとっちゃありがたいかも知れないがな。
 しかし、お前みたいなガキが出くわすとたちまち赤ん坊に逆戻りってワケだ。
 更にガキだと消滅するらしい。お前も次は危ないんじゃないか?」
「でもあたしは赤ん坊まで戻ってないわよ」
 ムスッとしたクルトをみて、チェリオは嘆息しながら、
「俺が雇われたのは理由がある。一つはまあ、当たり前だが……腕が立つ。
 二つ目は何故だかしらんが俺にあの子供化の魔法が効かない。
 雇われた理由は後者が強いがな。
 本来なら後ろに居る俺もあいつの声を聞いた時点でガキになってるハズなんだが、
 この通り無事だ。お前がそのぐらいで済んだのは俺の側にいたせいだろ。
 ま、少し離れてたせいでガキになったが」
「何でアンタは無事なわけ!?」
「さぁな」
「…………」
 何となく釈然としない面もちで、クルトはチェリオを睨む。
 しかし、次の瞬間にはハッとした表情で、
「ま、まさか……実はアンタは見た目よりすっっごいジジィだから年とられても大丈夫とか!?」
 おののいたようにそう言ってザッと身を退く。
「…………勝手に言ってろ」
 チェリオはそう言うと彼女を呆れたように睨み付ける。
「で、あたし元に戻れるわけ?」
「知らん」
 クルトの問いかけに肩をすくめてチェリオは言う。
「ち、ちょっと! 何その無責任な言葉!!」
「言ったはずだぞ。コレは遊びじゃない。お前は足手まといだ」
 容赦なくチェリオはそう返す。
「…………」
「勝手に付いてきたあげく仕舞いにゃ子供になりやがって。
 ――だから言ったんだ付いてくるなと」
 沈黙したクルトにチェリオは溜め息混じりにそう呟いた。



「……大体お前が人の忠告聞かずに付いてきたのが原因だろ。大人しくしていろ」
 チェリオがクルトを睨み、強い口調で言った。
 風が吹き抜ける。
 涙目になったクルトはチェリオを睨み付け、
「嫌!! こうなったのもあたしのせいでもあるわ! あんたに任せて借り作るのなんて嫌よ!」
 ハッキリとした口調で言い切る。その瞳は十歳にも届かない少女の姿とは違い、強い意志を宿している。
「……分かった。ただし自分の身は自分で守れ。俺はソコまで面倒みきれん」 
 チェリオは嘆息し、呟く。
 クルトが破顔した。
「あったりまえよ!」
 満面の笑みでどんっと胸を叩く。だぼだぼのシャツという極めて様にならない格好だが。
「ンなガキになったら魔力も小さくなってるんじゃないか?」
「ふふーん。魔力は年齢には比例しないのよ。要は使えるか使えないか! 分かった?
 だから十分戦力になると思うけど」
 どーだ。と言うようにクルトはニッと笑う。
「……ふん。どうだか」
 心の底から信用してない。と言った感じでチェリオは呟く。
「ふーんだ。いいもんね! 実戦であたしの実力を思い知れば。さ! 行くんでしょ!!」
 ふんっと頬を膨らませ、チェリオを睨み付け、遺跡に向かって歩き始める。
「……待て」
「何よ。行かないの?」
 ぐいっと手を掴まれたクルトは顔をしかめ、チェリオをみる。
「いや、よく考えたら町で聞き込みしてないな。情報収集が先だ。焦ってもろくなコトにならない」
「ふーん。アンタもこういうときはまともなこと言うわね」
 クルトは感心したように頷く。チェリオはそれを見て、呆れたように腕を組み、
「――――それに、その格好で行く気か?」
「あ゛」
 冷ややかな視線を受け、クルトは自分の格好を改めて思い出したのだった。
 シャツが身体を覆っているとはいえ、彼女はほぼ半裸に近い。
 見た目と精神が同じなら何も問題ないが、幸か不幸か彼女の精神は十五のままである。
 結果……
「きゃーーーーーっ! エッチ! スケベ! 変態!
 こっちみないでーーーーーー!!」
 しゃがみ込み、足下の石を投げつつクルトは涙目で叫ぶ。
 ――まあ確かにンなガキ見てムラムラっとくるんならそれはそれで変態だが……と言うか俺がソコまで変態に見えるか。コイツは。
 首を動かしながら石を避け、チェリオはそんなことを思い、顔をしかめる。
「……ちっ」
 チェリオは舌打ちをしてやたらめっぽうに飛び交う石を避け、
 クルトの足下にあるマントをつかみ取り、彼女にかぶせる。
「わぷっ!? な、なななな何すんのコラーー!! いやーーー痴漢!」
「やかましい」
 怒鳴りながら、かぶせたマントで彼女をくるみ、片手で抱え上げる。
 この一部始終を見たら十人中十人が人さらいと答えるだろう。
 しかし、やってる本人は気が付いていない。
「ひーーーーとーーーさーーーらーーーいーーーーーー」
「誰がだ」
 ジタバタともがくクルトに憮然と言い返す。
 やはり自分の行動に気が付いてないらしい。
「じっとしてろ。町に着いたら降ろしてやる」
 文句を言い、激しくうごめくマントを片手で押さえつつ、チェリオはクルスシティへと向かった。

 




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